2020年4月 浦川和也写真展「Reconstructed」本日より。

浦川和也写真展「Reconstructed」本日から始ります。

Reconstructed=再建。

浦川氏は大阪市立大学工学部建築学科(一級建築士)を卒業され建築事務所で設計やまちづくりに参画されて来ている。

 

浦川和也氏の作品は一見すると多重露光の様な作品に見えるのだが全く違う。

一つの建物を違った角度(二方面)から見据え「6×7」フイルムで撮影し、その基本となる2枚のフイルムはデジタルにより、1枚のインターネガを作製する。

その違った角度の二方面からの映像は重ね合うことで作品「Reconstructed」は三次現的に私たちの視覚に訴えて来る。

写真表現の「キュビスム」と言って良い仕法だと思う。

 

写真表現者・浦川和也氏は私たちは日常の生活の中で見落としてきた商業ビル。

仕事や生活として利用し、あるいは情報の発信基地として存在感を私たちに示して来たビル・ビル、ビル。

私たちにとっては当たりまえの日常のビル。

ビルそのものを楽しむこともなければ、鑑賞することすらなかった。

一度や二度はあったかも知れないが永続的にはなかった。

ビルの形や生い立ちの記憶は薄れて行く。

 

写真表現者・浦川和也氏は私たちの通り過ごしていたビルに息吹を吹き込みアートの領域まで見事までに引き上げた。

その仕法は三次元的であり、立体的である。

正に写真表現の「キュビスム」と言って良い。

私も長年写真を見続けてきた積もりではあった。

この「キュビスム」的、写真表現は写真表現に新たな革命を及ぼすかも知れない。

新たに写真表現の領域の可能性を秘めている。

ギャラリー冬青に飾られた作品28点。

 

浦川氏は語る。

特にヨーロッパ諸国では何百年と続く街の姿。

何世代にも受け継がれ系譜されて来た建物への文化、思い。

日本では50年足らずで立て替えられてしまう。

一方ではそのことが日本の高度経済を支えてきたことも事実である。

私たちの生活も確かに豊かになった。

 

果たして、心は豊かになったのか。

今、私たちは豊かな心を持ち得ているのか。

経済性、効率性ばかりが求められ再開発を余儀なくされる日本の街並。

当事者の一人として、浦川氏は憂うる。

組織の中に身をおく者として歯車を止めることは出来ない。

 

しかし自身の中の格闘の末、見出したのが写真における表現だ。

単なる意味ある建造物や歴史的建造物をフイルムに納めているわけではない。

 

写真表現者・浦川和也としてコンクリートと言う建物に、新たな息吹を吹き込むことにチャレンジした。

そのチャレンジは見事までに成功している。

誰しもがなし得なかった三次元的・立体的、キュビスムの仕法を巧みに取り入れ後世に建造物の印象とともに、作品「Reconstructed」は残り伝えられると思う。

 

※コロナウイルスに負けずにギャラリー冬青は通常通りでございます。

時間短縮・閉館の場合、ブログにてお伝えさせて戴きます。

 

本日、浦川和也氏×北桂樹氏のトークショーは東京都都知事の要請に基づき中止とさせて戴きます。

変わりまして浦川和也氏×北桂樹氏のライブ配信を4月3日(金曜日)19時からさせて戴きます。

 

作家在廊予定日3月3日(金)終日・4日(土)終日・11日(土)終日・15日(水)終日・18日(土)終日・24日(金)14:00〜・25日(土)終日
 

●下記、コマーシャルは冬青社、ギャラリー冬青、高橋国博のブログとは全く関係がございません。

 


2020年4月2日 愚作・・・。

愚作の愚作。

一世帯に2枚の布製のマスクを郵政を使い5.000万枚を配布をするとのこと。

一世帯に2人、3人、4人更には5人いればどうなるのか・・・。

郵送するのに梱包時間、梱包材も必要。

その費用は全てず税金。

無策としか言いようがない。

そんなマスクに時間や税金を使う位なら別な用途に使って欲しい。

無策。

愚作、無策。

愚作、無策、愚作。

愚作、無策、愚作、無策。

本当に愚作、無策。

 

「自粛して下さい。」

「お願いします。」

「この様なことを考えています。」

「必要になると思います。」

「実行に移つしたいと思います」

何を何時迄するのか・・・。

何か出来て、何が何パーセントまでで、何時迄にという具体的な行動が全く伝わってこない。

何一つ、国民の皆様に、都民の皆様にこのようなことを実行しました。用意を致しました。

と、いう記者会見や指示、報告が全くない。

 

今、オーバーシュートの原因は若い人の軽傷者が問題だと言われている。

その軽傷者を隔離するスペースが求められている。

 

日本に帰国した人、外国の方々は入国してから2週間隔離されることになっている。

国会で野党からではどの施設でどのような交通手段はと問われた菅官房長官。

返答がこまり成田、羽田空港近くのホテルでと・・・。

一般の宿泊者もいるのかと問われると、はい、そうです。

移動に公共交通手段は使用しないで下さい。

安倍総理、菅官房長官の言葉。

公共交通手段は使用しないで下さい。と、言うばかりで具体的な施策はない。

無作為ぶりに驚くばかり。

 

本当に医療崩壊がおきかねない日本国と先ずは東京と大阪。

その前に東京をロックダウンをすべきである。

 

コロナウイルスの軽傷者は自宅待機という話がニュースやTVで当たり前のように流され始めた。

その理由が医療崩壊にならないようにと言うことらしい。

自宅待機と言う前に病院がだめなら公共施設を用意すべきである。

世界では広場の至る所で先ずはベットを置くスペースを作っている。

 

なぜ、発表しないのか政府の機関の施設、各行政機関の施設、自衛隊施設、自衛隊の駐屯基地、東京都の施設、区の施設、町の施設、さまざまな保養所などなどの研修施設や宿泊施設

国立大學だって立派な施設を持っている。

使われなくなっている小・中・高校校舎。

私の近く(中野区)使われなくなっている廃校の小・中の校舎がある。

使われなくなっている政府や東京都の建物があるはず。

活用しようと思えばいくらでもある。

1年間使わなくなったオリンピック施設。

2021年7月のオリンピックよりも私たちの今の命を救って欲しい。

コロナウイルスで閉鎖に追いやられたホテルや旅館。

ツインタワーの東京都庁、本当に必要なのか。一方だけで空けておけばと考えます。

議員会舘や議員宿舎、霞ヶ関の役所ビル、区役所にも本当にスペースはないのか。

首相官邸は新・旧の官邸は必要なのかと勘繰りたくもなります。

一時話題になった都知事官舎は・・・。

マスコミも一切、このようなことは報道をしないのは何故かと考えさせられます。

 

なぜ、株価だけを日銀も政府も上げようとするのか解らない。

日銀が膨大なお札を刷り吐き出すように株を買い支えている。

全てが私たちに跳ね返ってくる。

最終責任は国ではなく、私たち個々人だ。

 

全く政策が見えてこない。

 

●開催されます浦川和也写真展「Reconstructed」。

浦川和也氏×北桂樹氏のトークショーは東京都都知事の要請に基づき中止とさせて戴きます。

変わりまして浦川和也氏×北桂樹氏のライブ配信を4月3日(金曜日)19時からさせて戴きます。

 

作家在廊予定日3月3日(金)終日・4日(土)終日・11日(土)終日・15日(水)終日・18日(土)終日・24日(金)14:00〜・25日(土)終日
 

●下記、コマーシャルは冬青社、ギャラリー冬青、高橋国博のブログとは全く関係がございません。

 


2020年4月1日 なぜ、発表しないのか政府機関の施設・・・。

コロナウイルスが世界に蔓延するなか・・・。

スペイン・イタリアを始め、パリ・ニューヨークなど多くの都市がシャットダウンしているのに何故、東京をシャットダウンしないのか不思議である。

安倍総理大臣、小池都知事の無責任さ、無能力さが良く理解できる。

 

東京でも必ず起きるパリやニューヨークなどの現象。

水際、水際さらに水際と聞かされて来た私たち。

何がどう水際対策だったのかと考えさせられる。

 

大声で記者会見をする安倍総理大臣、小池都知事。

大声だけが虚しく聞こえてくるのは私だけなのか。

マスクは供給が始りますと記者会見を何度も繰り返した菅官房長官。

早朝よりドラックストアーに並んでもマスクは買えない。

 

病棟・病室・ベット数など足りないとは私たち素人でも解る。

危機感ばかりを煽る安倍総理大臣、小池都知事、政府関係者。

冷静に考えでみよう。

「中国・武漢」から帰国した方々をホテルだけではなく一時、待機させた政府機関の施設、行政機関の施設。

 

なぜ、発表しないのか政府機関の施設、行政機関の施設、自衛隊施設、自衛隊の駐屯基地・東京都の施設、区の施設、町の施設、さまざまな保養所などなど。

活用しようと思えばいくらでもある。

1年間使わなくなったオリンピック施設。

コロナウイルスで閉鎖に追いやられたホテルや旅館。

朝霞駐屯地の膨大な土地には自衛隊の個室は無論の事、病院や食堂、グランド、娯楽施設、ヘリポート、運送トラック、送迎自動車、各種運搬手段を持っているとのこと。

コロナウイルスで休業においやられたホテルや旅館。

活用出来る施設を今の内に改良、改築を急ぐべきである。

 

当たり前のことを誰も声を出さない。

繰り返します。

政府機関の施設、行政機関の施設、自衛隊施設、自衛隊の駐屯基地・東京都の施設、区の施設、町の施設、さまざまな保養所などなど。

ニューヨークではセントラルパークに入院施設を作っているとニュースが流れた。

東京ですら多くなスペースが沢山あります。

 

必ず起きる東京のシャットダウン。

大声はもう良いです。安倍総理大臣、小池都知事。

 

●開催されます浦川和也写真展「Reconstructed」。

浦川和也氏×北桂樹氏のトークショーは東京都都知事の要請に基づき中止とさせて戴きます。

変わりまして浦川和也氏×北桂樹氏のライブ配信を4月3日(金曜日)19時からさせて戴きます。

 

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2020年3月30日 画技・・・。

「画技」とは絵を描くときの技法のこと。

「画技」とは筆の使い方やノミの使い方の技術てきなことではなく、技法的なことを意味致します。

例えば印象派とキュビスムの技法=画技が違うように、もっと正しくは自分なりの技法=画技が必要であると言うこと。

表現者には・・・。

 

「画技」=「写技」(造語です。)

「画技」と言う言葉があるのであるから「写技」があっても良いではと思っております。

特に写真表現は装置を使わざるを得ません。

「写技」は必要不可欠なことだと思います。

「写技」を確立させなければ可視化された作品はスタイルだけの違う作品に成りかねません。

私たちはスタイルの違いを求めているのではなく、個性を求めていると思います。

 

先人のアーティストは自分なりの「画技」を見出し、身に付け描き出す迄にどれほど苦難の道を歩んだことか。

少のアートシーンを顧みても理解出来ます。

特に写真の装置の開発、発達により誰しもが何時でも可視化されます。

利便性がとても良くなりましたね。

今迄、不可能と思える映像までいとも簡単に可視化されます。

装置の技術的なことを幾ら学んでも、利便性を使いこなしても「写技」が身に付くことはありません。

「画技」とは「写技」とは自分なりの美意識に基づくものだと理解を致しております。

自身のイメージを自身の美意識に基づき可視化するための「画技」であり「写技」でなければなりません。

 

であるからこそ自分なりの「写技」を見出すこと、身につけることが求められているのではないでしょうか。

表現者には・・・。

それが個性だと理解致します。

 

●4月3日から開催されます浦川和也写真展「Reconstructed」トークショーのお知らせをさせて戴きます。

※浦川和也氏×北桂樹氏

浦川和也氏の写真展の内容・作家歴などの詳しくはギャラリー冬青のホームページをご覧下さい。

 

※日時=4月3日(金曜日) 19時〜21時

※先着30名様

※会費1.000円

 

※お申し込みはギャラリー冬青 <gallery@tosei-sha.jp>のメール、電話03-3380-7123にてお願い申し上げます。

 

●下記、コマーシャルは冬青社、ギャラリー冬青、高橋国博のブログとは全く関係がございません。


2020年3月28日 作品の価値は・・・。

マルセル・デュシャンはこのような言葉を残している。

「芸術はアーティストが生み出す作品だけで完結するのではなく、鑑賞者が創造的行為に加わることによって作品が完成する」

「作品を生み出すのはアーティストであるけれども、後世に作品を残していくのは鑑賞者という第三者なのである」。

名言だと思います。

 

しかるに、その答えは鑑賞者の行為によって、あるいは評価によって最終的作品の価値は評価されることになる。

アーティスト自身がいくら力んでも意味がないことになる。

アーチストはいやがうえにでも市場メカニズムを抜きには生きていけないことを意味している。

アーティスト自身がこのことを理解致さねば、表現の場と言うステージからも取り除けさせられてしまうことになる。

アーチストと市場メカニズムをリンクさせるのはキュレーターやギャラリストの役目、役割りたとは心得ているつもり。

しかし、最終判断はコレクターの方々や鑑賞者の役割り経て後世に作品として残って行く。

 

東京都写真美術館のような専門美術館は世界でも数館である。

特に写真表現におけるコマーシャルギャラリー、中でもプライマリーフォト・ギャラリーはとても少ない。

ワークショップ・専門学校・大學・大学院から毎年排出されるアーチストの卵たち。

先ずは編集者やキュレーターやギャラリスト、中でもプライマリーフォト・ギャラリーを探さなければと考えます。

 

2021年度ギャラリー冬青の公募企画、本当に日本の写真家の方々が少なかったことに、ギャラリー冬青がプライマリーフォト・ギャラリーとして行ってきた行為そのものが問われているようで、落ち込んでしまいました。

それを救って戴いた方々が海外の写真家であり、海外のギャラリーでした。

 

アーティストが素晴らしい作品を作ることは当たり前です。

黙っていては市場メカニズムに乗ることもありませんし、アートシーンすら残り得ません。

天才パブロ・ピカソがキュビスムが評価されるまで20年の歳月を要しています。

 

も一度繰り返します。

「芸術はアーティストが生み出す作品だけで完結するのではなく、鑑賞者が創造的行為に加わることによって作品が完成する

 

ワークショップ・専門学校・大學・大学院生やアーティストの方々へ・・・。

自身の作品に向き合うがごときに、鑑賞者の方々に編集者やキュレーターやギャラリスト、中でもプライマリーフォト・ギャラリーを探さして下さい。

 

※緊急のお知らせ。

3月28日(土曜日)東京都都知事の要請に基づきギャラリー冬青は閉館とさせて戴きます。

4月3日より通常通り展示公開をさせて戴きます。

 

※3月27日(金曜日)19時より竹谷出写真展「陰ほとのなか」のクロージングパーティーを開かせて戴きます。

 是非、ご参加下さいますよう。

 

●4月3日から開催されます浦川和也写真展「Reconstructed」トークショーのお知らせをさせて戴きます。

※浦川和也氏×北桂樹氏

浦川和也氏の写真展の内容・作家歴などの詳しくはギャラリー冬青のホームページをご覧下さい。

 

※日時=4月3日(金曜日) 19時〜21時

※先着30名様

※会費1.000円

 

※お申し込みはギャラリー冬青 <gallery@tosei-sha.jp>のメール、電話03-3380-7123にてお願い申し上げます。

 

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2020年3月26日 勘違いをしていないか・・・。

「作品の価値はアーティストがつけるものではなく、鑑賞者という第三者なのである」

もの派のグループの立体作品は殆ど残つていない。存在するのは言葉、理論だけ。

 

今から約100年前、ニューヨークのアンデパンダン展という、誰でも参加できる公募展が開催にマルセル・デュシャンが男性便器にR.MATTというペンネームと言うより偽名で応募をした。

なぜ偽名だったのか・・・。

この公募展の作品は落ちることはない展覧会であったこと。

審査委の一人がマルセル・デュシャン本人であったこと。

しかし「なんじゃこりゃ!こんなもんはアートじゃないっっ!」と他の審査員たちから罵倒される。

このことはデュシャン予想していたいなかったと思われる。

返品された作品「泉」は怒って、デュシャン本人がハンマーで叩き割ったとのこと。

作品は存在しません。

つまり現存する「泉」はデプリカです。

ではこの「泉」がなんで、現代アートの世界で最重要作品の1つに位置づけられているのかというと、この作品はアート作品の観方、或いは考え方を呈示したことに意味があるのです。

一石を投じたことに意味があります。

「泉」(デプリカ)そのものに価値があるわけではありません。

サインを入れた男性便器「泉」そのものが素晴らしいと評価、話をする人達が多くいますが問題です。

それは間違いです。

 

その一例としての事件、2006年、パリ・ポンピドゥー・センターでガラスケース内に展示されていた「泉」が、企画展「ダダ展」に移されケース無しで展示されていた。企画展終了の数日前、一人の男がこの「泉」をハンマーでたたき、国立近現代美術館所有の「泉」は破損した。警察発表によればこの男は「自分のやった事は芸術的パフォーマンスであり、デュシャンも理解したはずだ」と述べたとの供述調書があります。

なんとなくうなずけられる話です。

 

デュシャンは次の言葉を残している。

「芸術はアーティストが生み出す作品だけで完結するのではなく、鑑賞者が創造的行為に加わることによって作品が完成する」

「作品を生み出すのはアーティストであるけれども、後世に作品を残していくのは鑑賞者という第三者なのである」。

何と重い言葉なのか。

(明日でもアーティストにとって、アートシーンにとって、後世に作品を残すことについて書きたいと思います。)

 

私たちはマルセル・デュシャンと言えば「泉」。

「泉」と言えばR.MATTとサインを入れたマルセル・デュシャン。

「泉」そのものが価値があるかの様に語る人も多いがそうではありません。

今迄のアートに対しての触れ方、考え方、見方を示したことに価値があるのです。

 

現代アートとはそのような「もの」かも知れません。

 

※緊急のお知らせ。

3月28日(土曜日)東京都都知事の要請に基づきギャラリー冬青は閉館とさせて戴きます。

4月3日より通常通り展示公開をさせて戴きます。

 

※3月27日(金曜日)19時より竹谷出写真展「陰ほとのなか」のクロージングパーティーを開かせて戴きます。

 是非、ご参加下さいますよう。

 

●4月3日から開催されます浦川和也写真展「Reconstructed」トークショーのお知らせをさせて戴きます。

※浦川和也氏×北桂樹氏

浦川和也氏の写真展の内容・作家歴などの詳しくはギャラリー冬青のホームページをご覧下さい。

 

※日時=4月3日(金曜日) 19時〜21時

※先着30名様

※会費1.000円

 

※お申し込みはギャラリー冬青 <gallery@tosei-sha.jp>のメール、電話03-3380-7123にてお願い申し上げます。

 

 

●下記、コマーシャルは冬青社、ギャラリー冬青、高橋国博のブログとは全く関係がございません。


2020年3月25日 「芸術は進歩はない、変化があるだけ」

「芸術は進歩はない、変化があるだけ」とはパブロ・ピカソの言葉。

ピカソは天才画家と幼いころより称されていたことは周知の通りです。

王立サン・フェルナンド美術アカデミーですら「とび級で入学」をしている。

そのアカデミーの画家であり、教授でもあった父親は我が息子ピカソの天才ぶりを見て画家を止めて教授に勤しんだとは余りにも有名。

ピカソはアカデミーで学ぶことはないとの理由で入学早々に退学をしている。

パブロ・ピカソの作品点数の多さはギネスブックに記載されているほど・・・。

 

キュビスムの創設者と言われているピカソですら、キュビスムを一時は閉じ込め「ゲルニカ」で本格的に復活するまで20年間を費やしたと言われている。

そのピカソを持って「芸術は進歩はない、変化があるだけ」と言わしめている。

ピカソだから言える言葉かも知れない。

 

技量は努力をすればある程度は着実に進歩する。

進化すると思っている。

そう思わなければ努力する意欲、手段すら放棄したくなる。

「画技」「写技」の上達を諦めたり、捨ててしまえばわれわれ凡人は何を持って励めば良いと言うことになる。

「画技」「写技」の上達することに置いて、今迄見えて来なかった景色や喜びを私たちは幾度も体験してきた。

 

キュビスムが世中に認められるまでピカソですら大変な苦労と努力をしている。

キュビスム以前の多くの印象派の画家の面々も同じ。

 

表現者を志す者は今、努力すべき目標があるに違いない。

理解をしているに違いない。

その努力のプロセスにおいて「芸術は進歩はない、変化があるだけ」とのピカソの言葉の一部分が理解出来るのかも知れない。

努力する者だけが味わえる境地があるに違いない。

と、ピカソの本を読みながら思った。

 

「芸術は進歩はない、変化があるだけ」ピカソの言葉。

そのピカソがセザンヌのことを芸術家の父親であり、モダンアートの先駆者だと語っている。

この意味の深さ、広さ、大きさを感じる。

 

※作家在廊日=3月25日〜28日の13時〜19時

 

※3月27日19時より竹谷出写真展「陰ほとのなか」のクロージングパーティーを開かせて戴きます。

 是非、ご参加下さいますよう。

 

 

●4月3日から開催されます浦川和也写真展「Reconstructed」トークショーのお知らせをさせて戴きます。

※浦川和也氏×北桂樹氏

浦川和也氏の写真展の内容・作家歴などの詳しくはギャラリー冬青のホームページをご覧下さい。

 

※日時=4月3日(金曜日) 19時〜21時

※先着30名様

※会費1.000円

 

※お申し込みはギャラリー冬青 <gallery@tosei-sha.jp>のメール、電話03-3380-7123にてお願い申し上げます。

 

 

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2020年3月24日 主観的&客観的・・・。

自身が被写体に向かうとき、可視化を致すとき、テーマを考えるとき、思いつきなどは「主観的」であるべきだと考えます。

見方、感じ方が「主観的」どうかと、表現者は自ら検証を致さねばならないと思います。

他者からも常に求められている感じます。

 

真の「主観的」な行為は個性、自分自身そのものと考えるからです。

では真の「主観的」とは何かと言えば、「主観的」はまぎれもない個性であり個性として、可視化出来るまでの意識、技術、方法論を持ちえているかどうかが大切な要素になると思われからです。

 

意識、技術、方法論もなくして「主観的」に被写体を解剖したり、テーマを深く構築できないと考えられます。

「主観的」に物事を察知し、考察し被写体を解剖したりすることが出来るには、それなりの技量・熱量が伴わなければならないと考えます。

ですから、表現者自らが被写体やテーマを、更には自身の作品を「客観的」に観ても意味がないことになります。

 

可視化をされた自身の作品は他者が「客観的」に観て判断を下すことになります。

この他者の「客観的」な眼線、心線、知識はときとして励ましだけではなく、厳しいものが予想されます。

・他者の客観性は次のことが挙げられると感じます。

1.賞賛の言葉(少数だと考えられます。)

2.単なる評価(眼線をはとても冷たいもの)

3.悪意を持った眼線、心線、観る側の知識のはけ口。

などなど。

作品の「客観性」「分類」「分析」は他者に委ねることになります。

その他者の一言、一言の言葉を論破するだけの技量、知識、経験を表現者は求められます。

 

観る側はとても「客観的」です。

残酷までに「客観的」だと思われます。

「客観的」に観て責任が伴わない判断を下します。

歴史的にアートシーンを観れば「主観的」な立場(芸術家たち)、「客観的」な立場(スポンサー・評論家・キュレーター、ギャラリストなどなど)に別れ、エゴとエゴのぶつかり合いでアートは発展して来たことが理解出来ます。

 

表現者が「客観的」になることは危険であり難しいと思います。

表現者はあくまで「主観的」であるべきと考えます。

「主観的」と「主体的」とは若干違う気が致します。

(別の日でも・・・)

作品の「客観性」は残念ではありますが他者に委ねるべきだと考えます。

 

※作家在廊日=3月21日・25日〜28日の13時〜19時

※3月27日19時より竹谷出写真展「陰ほとのなか」のクロージングパーティーを開かせて戴きます。

 是非、ご参加下さいますよう。

 

●下記、コマーシャルは冬青社、ギャラリー冬青、高橋国博のブログとは全く関係がございません

 


2020年3月19日 ありがとうございました。

ありがとうございました。

感謝申し上げます。

2021年度ギャラリー冬青の展示に付きましては公募形式を取らせていただきましたが・・・。

本日・午前中を持ちまして応募は締め切りとさせて戴きます。

 

本当に多くの方々に応募を戴きました。

心より感謝申し上げます。

特に海外作家の方々の応募、海外ギャラリーのオファーが多かったのには我ながら驚いています。

 

日本人作家より遥かに多かったのは何故なのかと今日も思っております。

それは一つには教育の問題もあるかも知れませんね・・・。・・・。

海外の大學のカリキュラムの中には、必ずと言って良いほどコマーシャルギャラリーの売り込みがあると聞きます。

毎年、ワークショップや専門学校、大學、大学院から排出されるアーティストの卵。

少なくなりつつあるコマーシャルギャラリー。

アート界には反比例が生じております。

排出されるアーティスト予備軍、減少するコマーシャルギャラリー。

展示するスペースの確保の問題は大変な死活問題。

アーティストに取って死活問題なはずではと、当事者の一人として考えさせられることも・・・。

海外作家の熱烈なプロフィールやステートメント。

強烈な作品のこと。

なかには何故、ギャラリー冬青で写真展を行いたいのか、何故、ギャラリー冬青であらねばならないのか、などなど心に沁みるメールを戴きます。

お手紙だけではなく、作品までお送り戴いております。

正直、日本人作家の緩やかなことに理解出来ないでいます。

どうして、どうした日本人作家・・・。

 

2021年度は海外作家は一切致さないと決めておりましたが・・・。・・・。・・・。

フランス・パリ「ギャラリーVU」のオーナー、キャロリンさんから強い、強い、強いしかも熱心なアタックを戴き今、考え直しを致しております。

写真展を致さねばと・・・。

もうお一人、海外作家の方をと思い始めております。

で、あることから2021年度は、最終的には3人の日本人作家の方々をお断りをさせて戴くことになると存じます。

写真展をさせて戴くとの最終ご返事をさせて戴かなくて、良かったと胸をなでおろしています。

 

苦言を呈しさせて下さい。

日本人作家の方々へ。

「棚からぼたもち」は決してありません。

自らが足を棒にするぐらいでも足りないと存じます。

モット、真剣に自身の作品を愛して下さい。

モット、モット真剣にコマーシャルギャラリーを探して下さい。

コマーシャルギャラリーは少なく、プライマリーコマーシャルギャラリーはもっと少ないはずです。

 

私が大好きな写真家・渡邉博史氏。(アメリカ・ロス在中)

始めてニューヨークのギャラリーへ写真展に売り込みに行ったときの話。

とても有名なギャラリーへ。

作品を見せると・・・。

なぜ、私のギャラリーに来たのか!!。

オーナーの女性の方から、貴方の顔を二度と観たくない!!。

と、追い返されたそうです。

でも、今ではそのギャラリーがメインギャラリー。

 

2021年度ギャラリー冬青の展示、公募形式でしたが、顧みて・・・。

日本人作家の少なかったことに悲しさすら覚え始めています。

2021年度ギャラリー冬青の展示は熱意のある方にお願いをさせて戴くことに致しました。

海外作家の方も含めて。

3人の日本人作家の方々には申し訳なく思っております。

お詫び申し上げます。

 

また、多くの方々に応募戴きましたことにも深く、深く、心より感謝申し上げます。

 

※作家在廊日=3月19日・21日・25日〜28日の13時〜19時

 

●下記、コマーシャルは冬青社、ギャラリー冬青、高橋国博のブログとは全く関係がございません。

 


2020年3月18日 本日は・・・。

本日は仕事に忙殺されているためブログはお休みさせて戴きます。

明日も休ませて戴くかも知れません。

 

※作家在廊日=3月19日・21日・25日〜28日の13時〜19時

 

●下記、コマーシャルは冬青社、ギャラリー冬青、高橋国博のブログとは全く関係がございません。

 


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