2017年9月26日 作品制作にはしぶとさが必要なのでは・・・

作品制作にはしぶとさが必要なのではないかと最近感じています。

特に私達、日本人が好きな印象派。

印象派と称されるグループ展を開催したとき、観客から浴びせられた悪罵(「無能者」「アナキスト」と酷評)は相当なものだと伝えられています。

当時のフランスアカデミーからは「堕落した作品」「モラルの衰退」と言われた話は誰しもが知る有名な話です。

印象派の画家たちがこのような仕打ちを受けたのは、アカデミーや観客が抱いていたそれまでの芸術の常識から逸脱していたからでした。

 

私達はひとたび浸ってしまつた芸術観をはじめとした社会観をなかなか変えられない保守性を無意識のうちにもってしまっているのではないでしょうか。

つまるところ、支配的アート観・社会観はその時代、時の社会が生み出したものであり、それに抗する存在が生まれてくると、軋轢が生じるのは古今の習いともいえると思います。

 

でも、支配的アート観は永遠ではなく、いつかは別のものにとって代えられていきます。

その証に、19世紀末にあれほど酷評された印象派は日本人ばかりではなく、世界の人々に賞賛をされ受け入れられています。

現在ではアカデミズムの一翼を担っています。

 

印象派以降のアート運動を起こした未来派、キュビズム、ロシヤ構成主義、抽象主義などなどの前衛アートは、印象派とは違いアカデミズムに取り組まれることはなく様々な形で社会に一般市民に受け入れてました。

しかし、残念なことに彼らは大多数の市民レベルでは印象派ほど受容されているとはいいがたいと思っています。

 

彼らがアートシーンの歴史に刻まれたことは確かです。

共通して言えることは理論武装がなされていたことです。

仲間内で激しい論争を繰り返しながら理論が形成されていきました。

日本でも1960年代末から1970年代中期まで続いた「もの派」(作品そのものは殆ど残っていません)はまさに理論武装の集団だったといえるでしょう。

 

写真表現は写真装置というものを使わざるを得ません。

各、機器メーカは日進月歩に開発を急ぎ新たな表現の領域を広げています。

無論、クラシカルな表現者も多くいます。

だからこそ、写真表現には言葉を求められていることは確かです。

クラシカルな表現者も新たな装置の表現者も理論、言葉を求められていることは確かです。

 

しかし、この言葉が実に難しい。

ときには本人の意思とは全く違った伝え方になってしまっていることが多い。

真意はどこにあるのか、どう伝えれば良いのか写真表現者の命題に思えてなりません。

 

作品制作には自身を信じて作り、語り続けるしぶとさが大切に思えてなりません。

 

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2017年9月25日 また、一つ大切なことを・・・。

先週の木曜日・金曜日の両日、板橋区にある凸版印刷二平工場で田中聡子写真作品集「東京轍」の印刷立ち会いを行った。

この度の田中聡子さんの写真作品集は高橋にとって、久しぶりにコントラストの高い作品集です。特にライト側は飛ばなく、シャドー側は締め、更にはレンズの狙いの被写体の中心(中間部分)を一つ一つ切り抜き増や(ボリュームアップを)した。

 

印刷立ち会いの日迄には真逆な作業を行って置かなくてはならない。

そのためには作家の狙っている被写体の中心を切り抜きボリュームアップをして印刷版を作って置かなくではならない。

とても、面倒で時間のかかる作業。

何時もながらAD担当の杉山幸次さん、営業担当の猪野直貴さんには感謝をしてもしきれない。

強い黒を強調するためにインクのブレンドは下記の通りにした。

念のため申し上げますが、黒は締めているがディテールはどこまでも潰れていない。

 

※田中聡子写真作品集[インクブレンド表]

●墨の色 2種類 2色

■メガミインク 「スパーブラック」赤スミ系   50g 

■東京インク「888」青スミ系          50g

 

■東洋インク グレー色 5種類 6色

超光沢グロスニス               44.25g

グロスメジューム              44.25g  

黒色                    10.5g

青色                     0.5g

紅色                     0.2g

黄色(プロセスインク)            0.3g

 

編集、デザイン会議、テスト入稿、本番入稿、校正、校正戻し、印刷立ち会い。

一連の行程で写真家・田中聡子さんの写真への姿勢、想いを強く感じながらの進行であった。

田中長徳さんを師と仰ぎ、自身のポジョンを確立されて居られた。

それが故に自身の作品にブレがない。

決断が早い。

ご自身の作品制作の過程で努力を惜しまれない。

最後の最後まで作品を制作され編集会議に、印刷立ち会いにのぞまれた。

高橋とも向き合って下さった。

自身の作品のことを理解し、愛して居られることをヒシヒシと感じながらの日々であった。

だからこそ、印刷立ち会いの日のジャッジは早くイサギが良い。

 

写真家の方々は一枚として無駄な作品ない。

全てが我が子の様に可愛い。

編集者はその作家の方々の想いに、ただただ寄り添うだけ。

しかし、限られた予算、ページ数。

除いていかれる作品に痛みを感じることが大切であることを、田中聡子写真作品集「東京轍」を通じて改めて、写真家・田中聡子さんより教わった。

恐らく田中聡子さんはこの度の、写真作品集「東京轍」は倍位のボリームがあっても良いと思われていたに違いない。

 

編集者としてギリギリの線を求められ、突きつけらての編集作業であった。

改めて、編集者は作家に、作品に寄り添うことの大切さを教えて戴いた。

 

後は製本を待つばかり。

発売は10月の中旬位になります。

 

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2017年9月20日 作品は作家にとって点にしか過ぎない。

作品は作家にとって点にしか過ぎないと思って居ます。

人間は時代の申し子であることからは免れることが出来ない事実があります。

表現者は時代の申し子として意識、無意識の内に時代に影響を受けないとは言えず、自身がどう受けたかと言うことに付いて深く理解しておく事が大切に思えます。

 

自身が歩んで来たプロセス、努力し修得した美意識や技術、知識などが表層に必ず現れます。

表現者の人生そのものが、表現者の人間としての内容量・質が作品には問われていると思います。

と考える時、今、現実に見せている作品は表現者が歩んで来た人生の一部ではないでしょうか。

その人生の一部である作品は表現者にとって点でしかありえません。

 

しかし、見る側はその点から表現者の生き方、考え方、思想、哲学を求めようとします。

現在までのプロセスの全て迄をも、今の現実的作品から探ろうと致します。

何に影響を受け、どう制作に反映させ自身のものにしていったのかまでを探りたくなります。

 

根拠となるもの、ペースとなるものが曖昧であればその点(作品)はなんら価値がないものではないでしょうか。

先人達を読み解けば良く理解出来るように、いくら優れた表現者でも好不調があり、時代の声に、波にさらされながら表現を続けて参りました。

現在、私達に多くの感動を与えてくれる作品の数々。

その点(作品)を見ている内に無意識の内に作家の生き様まで探り、時として作家が生きた時代までさかのぼり、その時代に、その場にいたかなような錯覚に陥いった経験をされた方も多く居られると思います。

 

実はその点(作品)が大切なのです。

点と点の繋がり、点そのものの延長が作家の人生そのものだと理解をしています。

 

可視化された点である作品から私達は表現者の全てを探りたいとの衝動にかられます。

可視化された点である作品がそうであるように願います。

 

※明日から21日・22日は田中聡子写真作品集「東京轍」の印刷立ち会いためブログはお休みさせて戴きます。

 印刷所は板橋区にあります凸版印刷・二平工場で行われます。

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2017年9月19日 オリジナリティーとは。

私達は多くの作品を見たり、写真集を見たり致します。

トークショーで作家やキュレーターの話を聞くこともあります。

様々な方法や事柄からアートを学び身につけます。

 

多くの事を体験し学び身に付けることはとても大切なことであり、そうしないと自身のオリジナリティーも生まれてこないと考えるからであります。

学習をして行く中で強く影響を受ける作品、作家と出合うことが大切だと思います。

作家に作品に刺激を受け、影響を受けることは必然であり大切なことと考えます。

その上で自身はなぜこの作品に作家に刺激を受けたのかと、分析をすることを忘れてはいけません。

 

刺激や影響を受けて分析をしないまま、作品を作り続けると自然と作品が似通って来ます。

とても恐ろしいことです。

良くワークショプが終われば作風はその先生に似通っている話は良く聞く話です。

私達は誰のために作品を作っているのかと言う原点に常に立っているこが大切です。

モノマネだけに留まり、その作家、その作品を超えて行くことは不可能に近いからです。

もはやオリジナルな作品とは言いがたいものと言わざるを得ません。

 

学び、体験をし、刺激を受け、影響を受けた分だけ、脱皮することを求められ脱皮した分だけ自身のオリジナリティーは確立されて行くと考えます。

 

「学び体験をし、刺激を受け、影響を受ける」ことを「分母」と致しますと「分子」は自身の「思考力、思考回路、美意識、意志」などなど自分自身を形成するものと考えられます。

「分子」を形成するには「分母」を大きく脹らまし豊かなものにしなければ、「分子」そのものは形成されないのではと考えます。

可視化された作品には「分母」は事実上見えませんが、表層に現れた「分子」(作品)にはオリジナリティーが現れているものと信じます。

始めから、何もなきところからオリジナリティーな作品など有り生ません。

存在も致しません。

 

オリジナリティーな作品は、学び・刺激を受け・影響を受け、脱皮してこそ可視化されたものと信じます。

 

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20217年9月15日 写真を見た!!。「平敷兼七展」

昨日、今、写大ギャラリーで行われている「平敷兼七展」を見に行った。

久しぶりに「写真を見た!!」と思った。

実は一昨日、写真家・山下恒夫さんが夕方にギャラリー冬青にこられた。

その折に今、写大ギャラリーで「平敷兼七展」をされているとお聞きし早速昨日、見に行った。

第一回目は約1時間位掛けて平敷兼七さんの作品を見終えた。

ギャラリーのドアーを開け階段を居りかけたが何となく気になり、またギャラリーに戻り作品を拝見した。

二回目の行動です。

 

見終えてギャラリーのドアーを開け階段を居り一階のロビーに来たとたん、見落としていないかと気になり三度、ギャラリーに戻った。

三回目の行動です。

こんな行動は私には余り無い。

 

タイトルは「平敷兼七展」沖縄、愛しき人よ、時よ。

1960年時代〜70年時代、各大學のキャンパスは安保一色だった。

多くの大學は荒れ休校になっていた。

多くの写真家、写真を学ぶものも学生運動にカメラを向けた時代。

写大に入学された平敷兼七さんは一人郷里り戻り沖縄の離島を中心に写真を撮り続けられた。

この時代(安保一色)だからこそ、沖縄の人々の生活を写真にのこすべきであると生涯のテーマを見つけられたと記されていた。

以降も一貫して沖縄で写真を撮り続けられ享年61歳で他界さる。

 

この度の写大ギャラリーの「平敷兼七展」は1970年〜80年代に撮影された、東京拍江市にある沖縄出身大學生のための寮「南灯寮」を合わせて展示してある。

 

平敷兼七さんのレンズの向こうの被写体は多くは人に向けられている。

ファインダーから覗からた被写体を切り取るのではなくどこまでも自然体である。

平敷兼七さん自身が被写体化しているように感じた。

 

無理が無い。

狙いが無い。

虚威が無い。

力み(りきみ)が無い。

ただ目の前の時間や出来事などなどの被写体を記憶、記録に残す、残しておきたいとの思いだと見受けられたが・・・。

 

素晴らしい被写体との関係性。

被写体の方々と言葉が行き通っている。

シャッターチャンスが素晴らしい。

子供の好奇心と大人の探究心が交差された平敷兼七さんの作品。

 

ギャラリーに入った途端に写真だ!!。と思った。

平敷兼七さんの作品に言葉は入らない。

 

多くの人に見て欲しい。

 

場所=写大ギャラリー

会期=10月29日迄。

時間=10時〜20時迄。

 

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2017 年9月14日 アイデンティティを持つには学ぶことから。

ここ2.3日はアイデンティティのことに付いて書いていますが・・・。

アイデンティティは自然発生的に生まれたり、いきなり確立することはあり得ないと思います。

大きな出来事や衝撃を受けたとき、その拍子で自身の価値感が変化したり、生まれる時があります。

それは本当に自身のアイデンティティなのでしょうか。

ゼロとは言いませんが無いと思った方が正しいと思います。

 

自身のアイデンティティを持ち保ち続けるには先ずは、様々のことを学ばなければと思います。

学んだ量だけ他から多く刺激や影響を受けることになります。

その刺激や影響が素晴らしいことなのです。

そこで大切なのは、モノマネに陥らないように意識することです。

モノマネは自己表現ではありません。

モノマネはアート表現でもありません。

 

刺激を受けたことや影響されたことを意識し、そこを根源的な源として自身の表現を確立して行くことが大切に思えてなりません。

刺激や影響から脱するには学ぶことしか方法はないと思います。

「聞くは一時の恥、聞かざるは一生の恥」と言う言葉があります。

知らないことは「恥」ではないと思ってます。

知らなければ、知識ある人からや様々な文献から知識を得ることです。

学び、刺激や影響を受け、また学び、刺激や影響を受けるといった繰り返しが、自身のアイデンティティを確立するには必要なことだと思います。

 

学び、もがき、苦しみ、悩みに至った分の量に比例して、確たるアイデンティティは確立されていくのではないでしょうか。

自身のアイデンティティは増幅し強固なものへと変化して行くと思われます。

それは常に学び刺激や影響を受け、もがき、苦しみ、悩みその上に生まれて来る、真の自己への愛だからだと認識しています。

その真の自己への愛(決してエゴでありません)こそが自身のアイデンティティではないでしょうか。

真の自己愛が大きければ大きいだけ、他の人やものに対しても愛を注ぐことが出来ると思います。

 

アイデンティティ。学ばなければ確立出来ないと考えています。

己を知るためにも、己を愛するためにも。

学ぶことが大切に思えてなりません。

 

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2017年9月12日 昨日、アイデンティティについて書きましたが・・・

昨日のプログの不足部分を今日は書かせて戴きます。

欧米の作風を学ぶことは良いことですが、日本人のアイデンティティを抜きには意味がないと言うことだと思ってます。

日本人には日本人としてのアイデンティティがあるはずです。

 

西洋の近代美術史の基点を印象派としたとき、その歴史はたかが150年ほどです。

日本の場合、18世紀江戸美術を基点とすると(明治時代中断したとは言え)200年以上の歴史があります。

現在、日本の至る所でフォトアートフェアーが開かれ、また立ち上がろうとしています。

共通して言えることは有名な写真家やキュレーターを呼びレビューを致します。

 

レビューを受け、学ぶことは良しとしても余りにも一喜一憂をしすぎです。

過剰反応をしすぎです。

日本には大正から昭和にかけてヨーロッパから美術思潮が洪水のごとく流れ込んで来ます。

懸命に学び、学びとりますが、行き着くところは日本人としのアイデンティティ何か・・・。

自分自身のアイデンティティは何んであるかでした。

先人達は悩み、苦しみ、もがきながらも日本人としてのアイデンティティ。自分自身のアイデンティティを確立して来ました。

 

先人が形成してくらた芸術文化と言う確りとした土台があることを、私達日本人は忘れてはいけないのでは無いでしょうか。

繰り返します。フォトアートフェアーなどで、しかも20分足らずのレビューに一喜一憂する危険性を感じます。

しかし、学ぶ機会があれば多いに学ぶべきです。

学ぶことをお進め致します。

しかし自身で学習することの方がもっと大切かも知れません。

学んだものをそのまま受け入れようとせずに、一度立ち止まり検証して見ることが大切に思えてなりません。

誰かの作風に強く影響を受けたとしたら、その強さの倍ぐらいの強さで脱皮することを意識することが大切に思えてなりません。

そうしなければ自身のアイデンティティは生まれてこないと思います。

 

日本人には日本人としての美意識があり、個々人にも個々人としての美意識が存在しています。

日本人のアイデンティティとは。

自身のアイデンティティとは。

立ち止まって考え、検証してみては如何でしょうか。

 

キット素晴らしいテーマが見つかり、作風が確立されると信じます。

 

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2017年9月11日 日本の近代美術の起点・・・。

日本における近代美術の起点を18世紀江戸美術から始ると言っても、過言ではないと私は考えて居ます。

無論、それ以前に様々な文化や芸術が華開いらいて居たことは衆知の通りですが、それはある階級の文化であり一般大衆の文化ではありませんでした。

 

江戸時代に入り、江戸を中心に町人文化として発展していきます。

特に文化文政時代(1804年-1830年)最盛期をむかえます。

浮世絵や滑稽本、歌舞伎、川柳などなど、一般に現代に知られる江戸期の町人文化です。

これら文化、芸術を現代海外で受け入れられているばかりではなく、現代では人気を博しているのはご存知のとおりです。

浮き終えに至ってはゴッホを始め多くの芸術家に、衝撃を与え、影響与えたことは皆さんも知る処です。

その文化が幕末・明治にみごとまでに中断してしまいます。

 

町人文化を華ととらえずに充分に近代性があったととらえるべきだと考えます。

明治後半、大正から昭和にかけて、ヨーロッパの美術思潮が時をおかずに入って来ます。

 

※今日のブログの本題はここからです。

わたしたちの先人は必死になってそれらを学びとろうと致します。

ただ学びとるだけではなく日本人の自分自身のアイデンティティの確立にもがき、悩んでいく歴史があります。

 

写真は厄介なもんです。

私が度々書きますが富士山は誰が撮っても富士山です。

同じ被写体を、同じようなイメージを多くの写真家が撮っています。

動物、植物、ポートレートなどなど。

写真装置を使わざるを得ない写真家。

写真装置そのものに委ねることが大である写真家。

 

それが故に日本人としての(きめ細かさや思いやり、侘び寂びなどなど)自分自身のアイデンティティを、確立致さねばならないことを他の芸術文化より強く、強烈に写真家は求められていることを認識することが大切に思えてなりません。

 

日本人として、自分自身のアイデンティティを確立なくして形や雰囲気をイメージしてもだめだと思う。

近年、各メーカーのデジタルカメラとその周辺機器のもの凄い開発により、意図も簡単に表現出来ようになってしまいました。

だからこそ自分自身のアイデンティティは何であるかと言うことを、日常的に考えておく必要性にかられていると思います。

日々のあり方、過ごし方にも言えることと思います。

仕事でも、プライベートでも自分自身のアイデンティティを求めている人は、写真表現をするに至った時、必ず表層として現れると信じます。

 

アイデンティティ大切にしたい言葉、思いです。

 

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2017年8月6日 明日は印刷立ち会い日・・・。

明日は大木啓至写真作品集「Qualia」の印刷立ち会いの日。

この度の写真作品集はデザイナーの白岩砂紀さんも交えて装丁の打ち合わせから始まり、様々なアイディアが出されたが最終的にはシンプルな方向に治まった。

編集を何度か繰り返し、テスト入校、刷だし、用紙の決定、初校と順調に来ている。

 

この順調に来ているとき程、印刷立ち会いの日に何かが起る。

この度の写真作品集「Qualia」は微妙な色合いにも関わらず、初校は驚く位素晴らしいものが出された。

作家の大木啓至さんも高橋も初校を見て驚いた。

その素晴らしい初校に。

 

大木啓至さんと凸版印刷・ADの杉山幸次さんへ原稿を入稿する際、何時もは平然と構え受け入れて戴いている杉山さんが、難しいでいね!!。とても難しいと弱音を吐かれた。

この様な杉山さんは本当に珍しい。

それ程、難しい微妙な色合いだ。

高橋も最も苦手であり、緊張を余儀なくされる分野だ。

 

素晴らしい校正出しだけに何かが起きるのではと、昨日から緊張の度合いは上がっている。

同じ様なことが過去にも体験があるからだ。

 

写真作品集は本当に難しい。

無限の彼方に向かって居る様で確たる最終的目標が定まらない。

一つ、一つ階段を上がっているのは確かだ、10年前と5年前いや3年前から見ても進歩している。

冬青社の写真作品集を見れば解る。

それなのに最終的目標地点が定まず、不安が募り益々増大している様に感じている。

それは私の根本的な身体的な要素も大きな問題として含まれていると思う。

 

現在は本機校正(各印会社さんは本機校正をして戴くところは本当に少なくなった。)といって、印刷立ち会いの日とほぼ同じ印刷機で、校正を出して戴くのだが本番の日とは違い一味も、二味も違う。

細かい指示を印刷立ち会いの日には求められる。

当初はオペレーターの方も戸惑われたが、冬青社の高橋がやること言ってご協力を戴いている。

 

写真作品集の印刷立ち会いが終わる度に、もうこれが最後、もう写真作品集には携わりたくないと何度も思って来たことか。

最後、最後と・・・。

でも、時が立つといつの間にか写真作品集の編集に取り掛かっている。

 

私自身にも解らない。

 

とにかく明日は大木啓至写真作品集「Qualia」の印刷立ち会いの日、全神経を、全力をと思うばかり。

 

※明日7・8日は大木啓至写真作品集、凸版印刷二平工場印刷立ち会いのためブログはお休みをさせて戴きます。

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2017年9月5日 伊藤計一写真展「茶碗の中で」

伊藤計一写真展「茶碗の中で」の写真展が先週金曜日(9月1日)からギャラリー冬青で始った。

写真作家・伊藤計一さんはこの度の写真展を「茶碗の中で」と表現された。

茶室は基本的には四畳半が決まり。

 

「天王山の合戦がおこり秀吉が山崎に、陣を敷き陣中に千利休を招き二畳の茶室を作らせた話は有名」。

どちらにせよ、とても狭き空間。

暗き暗黙の世界。

その狭き暗き空間、暗黙の世界から宇宙を感じせられる。

お手前の茶器道具以外なにもない。

その暗き空間、暗黙の世界から聞こえて来るのは亭主のお手まえをする音だけ。

 

茶室は見事までに削り取られた空間。

外観と遮断された空間なのになぜ世界を宇宙を感じさせられるのか。

この度の伊藤計一さんの作品は茶室という狭き空間より、もっと絞り込み「茶碗」だけに焦点を当てられた。

そのことで寄り宇宙感を感じさせられる。

どこまでも広がり続ける宇宙。

狙いを縮めれば、縮める程に宇宙を感じさせられる。

 

それに相反して意識的に寄り世界に飛びたして行こうとする、写真作家・伊藤計一さんの野心的作品も展示されている。

盆栽の作品とでも言えば良いのか・・・。

しかし、盆栽は盆栽に有らず世界を宇宙の雄大さを表していると聞く。

その意味では伊藤計一さんの29点の作品は共通しているとも言える。

「世界感を宇宙感を」そう見せながら、とてもミクロの世界をも感じる作品もある。

そのミクロを感じさせられる作品があるが故に「もの」としての「茶器」は、手のひらの中に鎮座する位の大きさだが、より宇宙へと繋がりを見せる。

「茶器」は作家の意図、意志が明確に見る私達に伝えてくれる。

 

伊藤計一さんはこの度の作品を制作するために新たに40茶碗を収集されたとのこと。

その中に名器があるかどうかはお聞きしていないが、この度の写真展はそのようなことに捕らわれず、捕らわれてもいない。

「茶碗」をただ無邪気に楽しめば良い。

写真表現者・伊藤計一さんの宇宙感を楽しむ写真展である。

茶の湯を通し茶室よりもっと小さく修錬、集約された「茶碗」。

ミクロの世界から宇宙へ。

 

写真表現家・伊藤計一さんの「世界感、宇宙感」が広がる。

 

※現在国内には国宝の茶室が三棟あります。「待庵、犬山の如庵、大徳寺の密庵」利休の作として伝えられる確かなものは「待庵」のみとされていています。

 

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