2016年10月26日 沈昭良写真展「STAGE」を見に・・・。

先週、土曜日に台湾の写真家・沈昭良写真展「STAGE」を台北駐日経済文化代表処 台湾文化センター にオープニングに行った。

沈昭良さんとの繋がりは長いもう12年は過ぎる。

 

沈昭良氏作家略歴。(1968年台湾・台南に生まれる)

写真作家活動の傍ら台湾・中央大学客員教授・台北国際当代芸術博覧会の呼びかけ人の一人。

写真集も数多く出版されている。

 

デットの2011年写真賞、2012年アメリカ国際写真賞プロゼクション・ドキュメンタリー写真部門グランプリン、2015中国大理国際写真展出版賞、2015台湾・呉三連賞を受賞。

 

沈昭良氏の写真作品シリーズは国内外に掲載されるだけではなく、アメリカ、カナダ、フランス、イギリス、スペイン、デンマーク、イタリア、ペルー、ブラジル、グアテマラ、日本、韓国、シンガポール、カンボジア、中国など美術館、写真フェスティバルなどに展示されるばかりではなく、世界の公的美術館に作品はコレクションされている。

 

沈昭良さんが台湾で写真集を出版される時に相談を受け出来る限りのアドバイスをさせて来て戴いた。

もう12年も過ぎるとお会いした時に沈昭良さんに言われ、そんなに長いお付き合いをと改めて感じた。

トークショーには雨にも関わらず、多くの人が会場を埋めて戴いた。

トークショーの相手は東京芸術大学教授の伊藤俊治教授。

とても素晴らしい作品展、トークショーでした。

トークショーが終わり、新橋の居酒屋に流れ沈昭良さん、伊藤俊治教授が中心となって写真談義にふけた。

フォトグーファーハルさんや北桂樹さん、長谷川操さん等々、多くの私の知人も参加して戴いた。

 

2018年にギャラリー冬青で写真展を行なうことで調整をさせて戴いている。

作品がとても高いのでどうするが台湾のAKIギャラリーと調整中です。

現在、半切で180,000円です。

 

写真展の内容は「北桂樹」さんが下記纏めて戴きましたので、原文のまま紹介をさせて戴きます。

「写真」と「作家のコレ」で「作品」を

冬青社の高橋先生にお誘いいただき、台湾文化センターで行われた沈昭良(シェン・ジャオリャン)先生の写真展「STAGE」のオープニングに行ってきた。

台湾の地方で今でも使われていて、荷台を展開して舞台として使う舞台車というトラックをモチーフにした作品の話を聞いてきた。

「作品」はどこか不思議であり繊細な空気感をもったイメージとして仕上げられていた。
プリントは美しく、見ごたえのある作品でした。

沈先生が1時間くらいご自身の「作品」のお話をされた。
その内容があまりにも素晴らしい構成でとても勉強になった。
大学のスクーリングか?という勢いでメモった。

<スタート>
舞台車というものが台南生まれの沈先生にとっては身近なものであった。
台湾の田舎の文化である。

<リサーチ>
舞台車の歴史と変遷。
現在の舞台車と社会との関わり方。

<エピソードの構築>
昔の手動の3.5tの話 

1990年ごろの原点となるクルマの捜索。
今も現役であるその舞台車の発見

>>ただの記録でなくなる

舞台車の中に台湾の文化を見出す>>「夢が見えてくる」

<モチーフの個性(魅力)>
同じようで時代時代の流行の装飾 

<表現方法>
スタートはイベント写真>>徐々に撮影方法が変わりモチーフへ集中していく(フォーカスされていく)

写真を通してでしか出来ないコミュニケーションの方法の選択

<発展>
「STAGE」に関連、発展させての作品を制作

↓↓対談相手の伊藤俊治さんによる
<<「STAGE」と鑑賞者の関係性の構築(評価)>>

特別な気配を感じる。
エキゾチシズム

もっとずっとご本人はわかりやすく説明をされていたが、
かいつまんでかくとこういった言った内容の話をされた。
「作品」は素晴らしいものだったので是非本物を観て感じてもらいたい。

何を言いたいか?というと。
「作品」がすばらしかったという話ではなく、「写真」が「作品」となっていく中で作家がどう関わってきたのか?ということの内容が完璧で、かつそのプレゼンがとてもわかりやすかったということ。

「作家」との完璧なまでの関係性が「作品」を発展させていることがよくわかる話だった。

なぜこれを撮っているのか?
なぜあなたが写真で表現する必要があるのか?
そもそもあなたじゃなきゃダメなのか?
作品にして何を伝えたいのか?
何を撮っているのか?(モチーフという意味ではなく)
この作品づくりは意味のある行為なのか?
社会とどう関わっているのか?
これからどうするのか?
鑑賞者に何を感じ取ってもらいたいのか?
※沈先生のもつ答えからではなく結果として。。。か?

「写真」が「作品」として成立していくために問われる多くの問いに対して「作家」が説得力のある完璧な答えを持っていることがよくわかる話だった。
この「作品」がただ単によく撮れた素晴らしいイメージです。ということではない。
(当然イメージが素晴らしいことは大前提として)

「作家」としてこういう風に「作品づくり」に向き合っていれば、「作品」としてチカラを持って人と関わっていることは必然だと思った。

「作品」に関して「観る側」としての伊藤俊治さんの話もまたすばらしかった。
他人の「作品」を観てここまで表現出来ることがうらやましく思えた。
僕はまだまだ稚拙で幼稚な言葉しかもたないので上手くは表現が出来ない。

しかし、今回は何よりもその多くの言葉を引き出す「作品」と「作家」の関係がとても学ぶ点が多かった。
作家のひとりよがりでもない。単に美しいだけという作品でもない。

稚拙な文章でわかりづらいと思うので、後日見直す自分のためにもきたないメモも付けておく。

「写真」はこうやって「作品」になっていくのです。
ということを見せられた内容であった。

【STAGE 沈昭良写真展】

日程 |2016年9月24日(土)~10月28日(金)
会場|台北駐日経済文化代表処 台湾文化センター 〒105-0001 東京都港区虎ノ門1-1-12 虎ノ門ビル2階
TEL| 03-6206-6180
WEB| http://jp.taiwan.culture.tw
開館時間| 10時-17時 土、日曜と祝祭日休館


北桂樹さんのメモノートです。

image

 

※明日27日・28日は村越としや写真作品集、印刷立ち会いのため、ブログはお休みさせて戴きます。

 

■下記、コマーシャルは冬青社、ギャラリー冬青、高橋国博のブログとは全く関係がございません。


2016年9月23日 白井里美さんブレダから帰国報告。

下記、白井里実さんより、ブレダフォトの帰国報告を戴きました。

会場の写真や私達が運河遊びを楽しんだことが、昨日の様に思い出されます。

ブレダは古都でコンパクトなとても素敵な街です。

次回は2018年に開催されます。

一人でも多くの写真家の方々が展示されることを願っています。

今年のタイトルは「YOU」です。

果たして、2018年のタイトルはと今から夢が広がります。

 

下記、白井里実さんの報告と送って戴いた写真を掲載させて戴きます。

 

盒狭馭 様

こんにちは。オランダから戻りました。
出発前に返信お送りできず、申し訳ありませんでした。

今回の滞在はとても楽しく有意義でした。
他の参加フォトグラファーやキュレーターと食事会や展覧会場で会って話をしたり、センターで来場者やキュレーター方々にポートフォリオを見ていただけたりしました。
5日間ホテルから自転車を借りまして、展覧会や市内を見て、また郊外へサイクリングしたり、興味あったロッテルダムの建築物を見に行ったり、とても忙しかったです。
バス教授がいろいろと話してくださったり、連れて行ってくださったので大変助かりまして、とても感謝しております。

フェスティバルの大きな図録を5冊もいただきましたので、1冊はバス教授にお渡ししまして、盒桐佑砲發爾劼渡ししたいと存じます。
もしご都合に差し支えありませんでしたら、来週か再来週にギャラリーに伺ってご報告させていただけたらと思います。図録もその時に持参いたします。
ギャラリーにいらっしゃる日時をお知らせいただけましたら幸いです。

バス教授からのメールでご覧になっていらっしゃるかもしれませんが、私の作品はこういう感じ(以下添付)で展示されていました。
会期終了後は、難民キャンプのテントに使われるべく寄付されるか、カバンの生地として生まれ変わり販売されるそうです。前回の作品たちがカバンになって部分的に売られていたので、もしも自分のがカバンになったら買いたいなと思いました。

冬青社でのポートフォリオ レビューが機会で、ブレダフォト フェスティバルに参加することができて本当に嬉しく感謝しております。
大変ありがとうございました。

今後ともよろしくお願いいたします。
白井里実




2016年9月21日 野島康三写真集をついに手にいれた・・・。

今から7年前位(多分2009年)になると思う。

渋谷区・松濤美術館で野島康三写真展があった。

その時、写真集を買いそびれてしまった。

欲しいと思っていた・・・。

 

1年位過ぎて一度、神田の古書店で見つけたが他の写真集を買い買えずじまいでいた。

ときたま、あの時に買っておけば良かったと思い出し、心残りしていた。

それが、先週ブックフェアーに訪れた時、目の前に現れた。

 

慌てて、買い求めた。

昔の友人に再会した時の気持。

家に帰り、写真集を開き松濤美術館の展示風景も思い出しながら時間を掛けて見いった。

ゴム印画、ブロムオイル印画技法による作品の表層は写真と言うよりも油絵を感じ、重量感あふれる作品群。

凄まじい表現方法だと改めて感じた。

後に野島康三はストレートな表現方法を求め移行していくのだが、高橋としては初期のゴム印画、ブロムオイル印画技法による作品が好きだ。

何とも言えない風格がある様に思えて、見えて仕方がない。

 

とても満足している。

やっと出合った野島康三写真集、今、我が家の本棚の中央に面出しで鎮座している。

暫くは、このままに。

出合った時に無理しても求めるべきだと改めて思った。

反省をしている。

 

 

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2016年9月20日 キャメロン展を見に・・・。

先週の金曜日、予定していたスケジュールがキャンセルになり、見に行きたい、見に行きたいと思っていた写真展、キャメロン展を北桂樹さんを誘って見に行った。

正式には写真家の名前は「ジュリア・マーガレット・キャメロン」。

三菱一号館美術館で7月2日〜9月19日まで開催された。

見に行けたのはギリギリでした。

 

技法はガラス甲板。

48歳の時、カメラを娘さんからプレゼントされ独学で写真術を勉強されたとのこと。

 

戴いたカタログの一部にはこう書かれています。

「本展は、キャメロンの生誕200年を記念し、ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館が世界6カ国を回る国際巡回展であり、日本初の回顧展です。キャメロン絶頂期の極めて貴重な限定オリジナルプリント(ヴィンテージプリント)を始め、約150点の写真作品や書簡などの関連資料を通じて、キャメロンの制作意図を鮮やかに際立たせつつ、彼女が切り拓いたあらたな芸術表現の地平を展覧します」。と記されている。

 

1839年が写真の期限と一応はされている。

ドガが印象派の仲間たちシャガール、モネなどを室内で3時間〜4時間かけて撮影をし、仲間たちから嫌がられたとの有名な話が残されている。

 

この時代のネガの感度はとても低く恐らく屋外の撮影でも1時間や2時間を費やしたと考えられます。

キャメロンの作品を構図主義と一言で言えば身も蓋もないと考えます。

フレームワークは確かに絵画を意識するものであることは間違いない。

ポーズを決め、シャッターを開ける。

アプローチは絵画の技法と変わらないが、写真表現のもっと厄介なことは被写体が動けない、絵画のモデル以上に動けないことだ。

 

キャメロン展を見て不思議なことを体験、体感した。

正直に告白すると「構図主義」と思って見始めると途中で飽き始めた。

もう十分だと途中で思い始めた。

しかし、書簡などの関連資料が展示してあるコーナーに来た時、その緻密な取材記録、各種データの記録を見た瞬間、キャメロンはただ者ではないと感じた。

 

慌てて始めから作品を見直した。

被写体の人物の生活レベル、環境が強く、熱心にえぐり撮られていることを気づかされた。

 

ポートレート写真の大切な要素の一つには被写体の人物の生活感、生活スタイル、価値感、哲学までが影響されると私は以前より思っていた。

強く思っている。

フォトグラファーハルさんとはモデルはクラブで探すのではなく、被写体を選んで欲しいと語り合って来た。

来ている。

 

キャメロンの写真には作品には品格があり、威厳があり、荘厳さがせあった。

なによりも被写体の人生観まで伝わって来る、見事な作品であり写真展であった。

 

無論、技術的には多少の問題もあるが、それよりも何よりも「被写体の人格を写したい」「その人の人生観を写したい」「その人の生活環境を写したい」「ポートレートを通して、今の社会環境を撮りたい」とキャメロンの作品からは強い意志とメッセージが伝わって来る。

 

見事までに写し出されているキャメロン作品、ついつい見入ってしまった。

もう少々、早く見に行っておれば、もう一度訪れることが出来たのにと思いました。

 

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2016年9月16日 フォトグラファーハル写真作品集が・・・。

フォトグラファーハル写真作品集「FLESH LOVE RETURNS」(フレッシュ ラブ  リターンズ)を凸版印刷さんに3日前に届けて戴いた。

1ページを捲るとインクの香りがプーンとする。

印刷立ち会いの日、第一回目刷出しが校正室に持ち込まれた。

校正用のライトを付け、刷出しを見た、ハルさん直ぐさまにOKですと。

満足ですと。

 

バランスはとても良いのだが何か足りない・・・物足りなさを感じた。

作家が喜んで居られるのだからと思いながら、何かがもう一つ???。???。

そごで、ハルさんに色を多少乗せてみたいのですが・・・。

その結果を見て、もし違えば元に戻して戴きますのでと・・・。

 

ハルさん。

そうですか???。

と。

 

多少、青のインクを多めに(黒は控えめ)各色をそれぞれに出して戴いた。

20分位すると新たな刷出しが届けられた。

以前より格段に良い。

ハルさんもオー!!と声をあけた。

いいですね。いいですね。

と。

 

しかし、この調子だともう一つ上に行けるなと直感した。

オペレーターの方はもう限界ですと言いかけられたが・・・。・・・。

横目でAD担当の杉山さんの顔を見させて戴いた。

杉山さんは何時もの調子で、涼しげに「どうぞ」と言わんばかりのお顔。

そこで安心して、良し行けるぞ、行くぞ・・・。

墨を除く各色をそれぞれに違った分量を乗せて戴いた。

それから15分位すると刷出しが校正室に運ばれて来た。

 

ハルさん、良く成りましたね、良く成りましたよ!!。

オペレーターの方、もう限界限界です。

裏うつりが始りますと・・・。

 

しかし、しかし、もう一歩。

オペレーターの方に最後にお願いして、わずかに墨色だけを乗せて戴くことにした。

ハルさんえっ!!。

と、いう顔。

 

10分位するとわずかに乗せられた墨色。

素晴らしいインクの色気が鮮やかに「FLESH LOVE RETURNS」は表現された。

 

ハルさん満足げに、最終刷出しにサイン。

GO!!。

 

その繰り返しを2日間させて戴いた。

 

素晴らしい出来栄えです。

ページを捲るごとにインクの香りが致します。

最初に見れるのは編集者(とても恐ろしい瞬間でもあります)の特権。

 

とくに、真空バックにされた人肌には苦労をした。

今迄のシリーズとは違い、この度の「FLESH LOVE RETURNS」は黄色面が多い。

黄色は美しい色だが、出し過ぎると必ず濁り始める。

印刷の濁りの殆どは黄色の出しぐあい。

墨色・青色・赤色・黄色と順番に色を乗せて行くのだが、黄色のコントロールが一番神経を使う。

(たまに、作品に寄っては赤色と青色の順番も替えることがある)

 

この度もADを担当して戴いた、杉山幸治さんに大変なご苦労を掛けたことは言うまでもございません。

 

フォトグラファーハルさんには未だ、お見せしていない早くお見せしたい。

明日、写真作品集「FLESH LOVE RETURNS」はフォトグラファーハルさんとご対面。

インクの香りが漂い色気が鮮やかな写真作品集「FLESH LOVE RETURNS」。

フォトグラファーハルさんの第一声が聞きたい聞きたい気もするが、恐ろしさも・・・。

 

 

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2016年9月15日 アートは時代とともに・・・。

アートは時代とともに少しずつ変化していくと思われます。

又、普遍的に私達に感動を与えてくれる作品もあります。

しかしながら、今に生きる私達は世の中の変化を敏感に受け止めることが、求められているのではないでしょうか。

世の中の変化に気づくことが大切だと思います。

 

もし気づけば、そのことの本質をリサーチ、リサーチ、更にリサーチすることが大切。

時代の変化に気づき、本質まで迫り表層として現れた作品はその根源となるものが見る側にも強く伝わって来る筈です。

それにはリサーチが必要。

 

写真表現で一番恐ろしいことの一つは、知らず知らずの内に誰かの作風に似てしまうことだと思う。

その理由は大きくは3つあると思われる。

1.その作家が好きである。

好きであれば、その作家に似てしまうことは、写真表現で仕方がないことと思われるが、しかしその作家を超える覚悟がなければ無意味だと思う。

その覚悟をして徹底的にリサーチをし研究をし自身のものにしていかねば意味がない。

見る私達に伝わってこない。

 

2.意識して作品を制作する。

私達は多くの写真集や写真展を見ます。

ヒントを得る。

先ずはそのヒントを元に自身の作品へと変化、或るは別の作品へと増幅させることが大切。

 

3,無意識の内に似てしまった。

  A.リサーチ不足・勉強不足

  この現象は語るべきもない。

  B.そこから脱皮しょうと試みる

  似てしまったと気づけばそこから脱皮する勇気(ソフト面・ハード面)が必要だと思う。

 

時代への変化は単にアイデアや思いつきの作品ではないことは言う迄もありません。

どうみてもアイデアや思いつきの作品、作風が多く取り上げられ持てはやされていることに一抹の不安を覚えます。

 

私達は生身の人間として今に生きています。

時代の変化を吸収しながら自身の確信に迫り表現出来ればこんな幸せなことはないと考えます。

作品は自身の分身であるべきだと思います。

アイデアや思いつきは自身の分身ではないことを気づくべきです。

 

堅固として保守的と思われている作品でも、時代の変化ということが起こっていることが作品から伝わって来ます。

読み取ることが出来ます。

 

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2016年9月14日 ブレダフォトからの便り・・・。

バス教授よりブレダフォトビエンナーレの展示風景が届きました。

今年、ブレダフォトに行くかどうかとても悩んでいました。

結論はアメリカから帰って来て決めることにして、アメリカに出立致しました。

帰国後、今迄に経験をしたことのない、時差ボケに直面しブレダフォトに行くことを諦めました。

 

今年は招待作家として白井里実さんの作品が展示されます。

白井里実さんはブレダフォト・オープニングレセプションに参加されるため本日、日本を発たれます。

このオープニングレセプションが実に素晴らしい。

中世期の晩餐会を彷佛させるような、レセプション会場はデコレーションされ全員着席でフルコースの料理が出されます。

レセプションは「写真家による写真家」のためのレセプションで関係者と言えども入れません。

が、2014年には私はバス教授のお陰で特別に席を用意して下さいました。

 

この度、白井里実さんは招待作家であることから、飛行機運賃、ホテル費(全ての食事付き)、制作費、額装費は全てブレダフォトが負担をして下さいました。

2014年にブレダフォトに訪れた時、先ずはブレダの街の方々のボランティア活動に胸を打たれた。

そればかりではない、とても親切に接して戴いた温もりはいまも忘れることはありません。

 

ニューヨークで活躍されて来た、白井里実さんブレダには初めてとのことフェスティバルもそうだが、街の人々に接し高橋が感銘を受けた時の様にキット感動するに違いないと思っています。

 

ギャラリー冬青として、ブレダフォトビエンナーレにチャレンジをして3度のポートフォリオをさせて戴いた。

2014年度にはフォトグラファーハルさんがグランプリを、2016年には白井里実さんが招待作家として招かれた。

次回は2018年度。

ギャラリー冬青にとっても時期的に微妙な時期。

と、考えると今年ブレダフォトに行けば良かったと多少悔いが残っています。・・・???。

 

コマーシャルギャラリーは何を成すべきかと何時も自身に問いかけています。

ギャラリー冬青は意識的に他のコマーシャルギャラリーとは一線を画して来た積もりです・・・。

まだまだ、その役割りを確立したとは言い切れません。

2018年一つのタイムリミットの中で懸命に試行錯誤をして参らなければならないとは思っていますが・・・。

 

バス教授からの写真を添付させて戴きます。

 

Hello Takahashi san,
Everything Ok with you?
The preparations for the festival are almost finished. The pictures from Satomi san are enlarged and looking beautifull. The pictures for the Camerajapan festival, nagata san's pictures, are on the website from the festival also. So I do hope they both will get a lot of attention.
Greetings, Bas 

 

カメラジャパンのURLも送って下さいました。

オランダのシアターで永田陽一さんの作品が展示をされています。

http://camerajapan.nl/event/star-of-the-stars/

 

■下記コマーシャルは冬青社・ギャラリー冬青・高橋国博個人とは全く関係がございません。

 


2016年9月13日 今日は冬青社の誕生日。

今日から33年目を向かえる冬青社。

北新宿の公団のマンションの一室で32年前産声を上げた。

冬青社とは私の友人の小説家の長谷川卓氏が付けて下さった。

冬青とは「もちの木」(「そよご」とも読む)

「モチノキ科の常緑低木。山地に自生。葉は楕円形で堅い。雌雄異株で、6月ごろ白い花が咲く。実は丸く紅色に熟す。葉から褐色の染料をとり、材でそろばん珠などを作る。ふくらしば。」

 


 

 

成長は遅いが一年中アオアオと茂り、6月下旬から実をつけ始め1月位に最高に熟す。

食べ物が一番ないころに、その熟した実を小鳥達が啄ばめに来る。

高橋が目指している出版社らしくと長谷川卓氏が付けて戴いた。

もっとと言うべきか、良くここまでと言うべきか、いやいやこれからだと言うべきか33年目を迎えた冬青社。

今日が冬青社の誕生日です。

 

良くここまでと言う気持といやいやまだ遣り残しがあるとの気持が交差する日々が続いています。

世界一、美しい写真集を作りたい、歴史に残るような美しい写真集を作りたいと60歳の時に5年間限定で、原点に戻り再スタートをした。

それからでも13年間が過ぎる。

今では、凸版印刷さんのご協力、特に杉山幸治さん、猪野直貴さんのご努力を持って世界のどこへも出して恥ずかしくない写真集が表現されている。

 

拘りを持てば、拘りを持った方々が集まって来て下さる。

私の体験、体感をしているとこです。

 

「写真作品集を芸術の花束として世に送りだしたい」

私の変わらぬ気持、決意。

 

土田ヒロミさんの言葉、世界で一番、解りづらく不便な場所のギャラリー冬青と。

ギャラリー冬青のオープニングには土田ヒロミ写真展「新砂を数える+俗神」を飾って戴いた。

一人賛成して下さったのは今は亡き、ツァイトトフォトサロンの石原悦郎さん。

土田ヒロミさんのことを申し上げると石原さん曰く、だからこそ面白いんだ。

高橋さんの企画次第だねと。

様々なことが頭を走馬灯の様に巡っている・・・。

 

我が家の小さな庭の隅に32年前に植えられた一本の「冬青の木」がある。

 

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2016年9月12日 写真は写真でなくなりつつあるのだろうか。

最近の美術館の写真展、特に展示方法を見ていると、インスタレーションの展示が多くなった。

写真表現は自己解体へと進んでいるのではと一抹の不安を覚える。

様々な表現方法を取り入れ許容することにおいて、写真表現の枠が広がるとの見方、考えかたもある様に思わないわけでもないが、昨今の展示には自己完結的に見えてしまう。

 

寧ろ、写真表現の行き詰まりさえ感じることもある。

ネット上から自由に画像をダウンロードし新しい写真表現として確立されつつある。

写真表現にとどまらず、新しい表現方法を模索する時、その方法論に対して定義となる根拠が求められることは言うまでもない。

 

写真表現のあり方は、一部の写真家が写真界をリードして行った旧来のあり方から脱皮し新しい表現方法を試みる、試みたいという事を理解出来るが、そこには「なぜなのか」と言う根拠が求められなければならない。

 

ドイツのヨーゼフ・ボイスが「社会彫刻」としてアートの英雄主義からの決別を大胆に提案し今日もなを強い影響力を持っている。

アイデアや思いつきだけでは見る側の私達とアーチストの会話のツールは見いだせない。

成立しない。

 

新しい表現の試みを完全否定する積もりはない。

「なぜなのか」かと言う根拠がなければ見る側の権利も奪いかねない。

アーチストは見る側の私達にも権利が生じていることを理解すべきではなかろうか。

「なぜなのか」かと言う根拠が気薄に感じられる。

 

デジタルカメラとその周辺機器の発達により、思いがけもしない作品が現れて来ている。

私達はその現象をどう受け止めるべきなのかを考えると同時に、暗室作業から作り出される作品もまた、貴重性をもって受け入れられ続けられることであろうと確信を持っている。

 

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2016年9月9日 「東京8×10」写真展を・・・。

昨日「東京8×10」写真展を見に目黒区美術館区民ギャラリーへ行った。

正式には「TOKYO8×!0 EXHIBITION 2016」

参加者は8×!0の機材を使い撮影することが決まりごととして、あるとの話をお伺いした。

 

それ以外の表現方法は各人自由。

フォーマットも自由。

技法も様々でとても楽しめる写真展。

約25人位の方が参加され展示をされていた。

展示会場に入った瞬間に、オー!!。写真展だと思った。

オー!!。写真だと思った。

どこか安心した。

安堵し落ち着いて作品を見れた。

 

現在、インスタレーション、インスタレーション的作品の展示が多い。

必要以上に持てはやされている様に思えて成らない。

「写真」と言う概念から飛び出し「現代アート」として見れば面白いと感じられるものもある。

・・・かも知れないと思う作品もある。

写真表現の特に展示方法がインスタレーション的写真展は、「流感」に掛かった様に至るところで展開されている。

その勢いは増し、私達に迫って来ている。

どう、向き合えば良いのか高橋は戸惑っていることも確かです。

 

本当に、本当に写真表現の枠の中で良いのかと感じ、体感しているのは私だけなのだろうか。

インスタレーション的展示が謳歌していることに、一抹の違和感を持っているのは私だけなのだろうか。

 

私が親しくお付き合いをさせて戴いている、現代アートギャラリーのオーナーの言葉が忘れられない。

「現代アートはバカバカしいほど面白い」

 

目黒区美術館区民ギャラリーで行なわれている「TOKYO8×!0 EXHIBITION 2016」は写真の原点を体験、体感できる貴重な写真展だ。

「8×!0 」と言う機材はとても扱うのに不自由で確りとした技術、美的感覚、美意識が求められる。

それらに裏打ちをされて表層として現れることにより、評価も厳しく、瞬時に問われる。

 

特に「星野寿一」さんの仏像を写されている作品、技法(ティンタイプ 湿版)、センスには言葉を失った。

素晴らしい。

一点、とても欲しい作品が有ったのだがプライスを聞くのが恐ろしく(とても高いのではと想像出来るからだ)聞けなかった。

 

久しぶりに写真展らしい写真展を見せて戴いた。

明日、土曜日もう一度、時間を見つけて出かけてみようと思う。

 

一見、一見の価値、多いにあり。

 

会場=目黒区美術館区民ギャラリー

会期=9月11日迄

時間=10時〜18時(最終日の11日は15時30分迄)

 

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