2017年11月21日 申し訳なさと・恥ずかしさと・ここまでと・まだまだと・・・。

昨日、亀山仁写真作品集「Myanmar」を昨日、凸版印刷さんより届けて戴いた。

1ペーシを捲って唖然とした。

その出来栄えに・・・。

 

3年前、写真家・亀山仁さんの写真作品集「Thnaka」冬青社で制作をさせて戴いた。

その出来栄えの差に唖然とした。

亀山仁さんと相談をさせて戴き前作品の「Thnaka」と色合いは合わせすることにした。

この度の「Myanmar」と「Thnaka」は色味は変わらない。

 

しかし、この度の「Myanmar」は「Thnaka」と比べてページごとのボリーム感、人の表情が素晴らしく、人物の丸み、立体感が豊かで、もの凄い迫力で迫ってくる。

全体の深みが全く違う。

3年前の「Thnaka」も高い評価を戴き、亀山仁さんにも喜んで戴き、私たちも素晴らしい出来栄えと思って居た。

ADの杉山さんも含めて。

 

しかしのしかしである。

この度の「Myanmar」は亀山仁さんのプリント自体が全体的に暗く、重いプリントの仕上がりであったが、しかしのしかしである。

前作品の「Thnaka」と比べると異次元の仕上がりになっている。

 

直ぐさま凸版印刷、ADの杉山さんへお電話をさせて戴いた。

杉山さんも既に「Thnaka」と見比べて下さっていた。

この度の「Myanmar」素晴らしい出来ですねと開講一番の杉山さんの言葉。

色々なことをお話をさせて戴いた。

一番の違いは高橋社長の感性が豊かになったことではありませんかとの言葉を戴いたが・・・。

 

「写真作品集を芸術の花束として 世に送りだす」高橋の変わらぬ気持と常に言い続けてきましたが・・・。

前作品「Thnaka」を見ながら亀山仁さんと作品集「Thnaka」に「申し訳ない」との思いと、良く3年前とはいえ、これで満足をしたとの「恥ずかし」さが入り交じり複雑な気持で一杯。

この度、写真家・亀山仁さんより同じテーマを戴き、制作をさせて戴いた「Myanmar」その作品集をADの杉山さんと喜びを分かち合いながら、ようやく「ここまで」来たとの思いと、いやいや「まだまだ」努力を致さねばならないことを教えて戴いた。

 

一日も早く写真家・亀山仁さんにも観て戴きたいとの思いと、恐ろしさ、恥ずかしさが入り乱れています。

亀山仁さんへは23日の午前中に凸版印刷さんより届けられる。

 

※タイトル=『作家の頭の中見せます』-「本棚か語る作家の素顔」

■先着10名様まで会費、無料。(後4名様まで)

 11月23日午後3時〜5時まで

本棚はその人の思考を創り出してきた知識の源泉です。 会場に持ち込まれた本棚には持ち主である作家の「アーティスト思考」を育てた「種」が そこにあるはずです。 参加者のみなさまにはその想像力を働かせていただき、本棚の中にその「アーティスト思考」を育てた。 「種」を見つけていただけたらと思います。 そして、作家やほかの参加者とのディスカッションを通して、ぜひその「種」を自分自身の中でも 芽吹かせて「アーティスト思考」の木を育ててみてください。

 

■9年前より冬青社、ギャラリー冬青、高橋国博の年賀状はとり止めをさせて戴いております。

 皆様におかれましても、ギャラリー冬青・冬青社・高橋国博宛ての年賀状はご無用と存じます。

 ブログ上で大変恐縮でございますが、何卒宜しくお願い申し上げます。

 

●下記、コマーシャルは冬青社、ギャラリー冬青、高橋国博のブログとは全く関係がございません。

 


2017年11月20日 アート作品に賞味期限はあるのか・・・。

アート作品に賞味期限はあるのかと考えるときがあります。

それは書店さんの棚を見たときに思うことです。

文庫本の棚の前であったり横に、出版されたばかりの文庫本がうず高く積まれている光景を私たちは見ます。

珍しい光景ではありません。それが物語るのは初版部数が数万部以上というのは当たり前で、その何冊かは短期間のうちに版を重ね、数十万部というベストラーの証だと思います。

しかし、時間というのは残酷なもので、殆どのベストラー小説には賞味期限に限りがあることです。

時間とともに読者が他の小説家に移っていくからだと考えます。

そこには新しい小説家が次々に現れて読者の交代が促されるからではないでしょうか。

思います。

 

その理由を考えたとき、ほとんどの小説家が持つ「味」が一つしかないのではと思われます。

小説家が材料を替えたものを作ったとしても結果が同じ「味」・「味加かげん」の新作であったなら、読者からは飽きられてしまいます。

当然のことです。

読者は違う舞台の中でいつも小説家の「味」を楽しんでいるのではないでしょうか。

ですので、いくら材料や調理法がちがつてもその元となる「味」が同じであれはいつしか飽きられるのではないでしょうか。

 

私たちは美術館で様々な絵画や彫刻を繰り返し見ます。

同じ絵画や彫刻であっても新たに発見があったり、喜びを感じます。

芸術には普遍的な芸術であったり、そうでない芸術があるように思います。

しかし、普遍的な芸術であっても同じ作品ばかりを常に見せられたら何時かは飽きてしとます。

 

表現者はテーマとは何(「味」)かと常に考えることがとても大切に思えてなりません。

表現者は自身の個性(人間力=コンセプト)に裏打ちされたテーマ(可視化された作品)の「味」をいつも確かめてる宿命を負わされていると感じます。

 

芸術に賞味期限があるか否かは自身の個性に裏打ちされたテーマの問題だと考えます。

 

今、ギャラリー冬青で展示をさせて戴いている大木啓至作品「Qualia」は良く「カエルと彼の人生について」と撮っているものは同じ、スタイルも似ていると言われる言葉に高橋には正直抵抗があり、納得がいきませんでした。「味」が全く違うことに昨日気づきました。「Qualia」と「カエルと彼の人生について」は全く違う「味」が致します。

取次ぎの窓口のKさんが「Qualia」を見て「臭いが」するとの言葉が、とても印象強く残っていますがヒョトしたら「味」のことではないかと思い始めています。

 

※タイトル=『作家の頭の中見せます』-「本棚か語る作家の素顔」

■先着10名様まで会費、無料。(後5名様まで)

 11月23日午後3時〜5時まで

本棚はその人の思考を創り出してきた知識の源泉です。 会場に持ち込まれた本棚には持ち主である作家の「アーティスト思考」を育てた「種」が そこにあるはずです。 参加者のみなさまにはその想像力を働かせていただき、本棚の中にその「アーティスト思考」を育てた。 「種」を見つけていただけたらと思います。 そして、作家やほかの参加者とのディスカッションを通して、ぜひその「種」を自分自身の中でも 芽吹かせて「アーティスト思考」の木を育ててみてください。

 

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2017年11月17日 自分自身が少数派であることに耐えられるか?

「自分自身が少数派であることに耐えられるか?」。と言うことに制作者側として観る側も含めて、耐えられるか?。と言うことは共に命題だと思えてなりません。

 

流動しているアートシーンの中で、アートウォッチャーの端くれでいる高橋がどこに立っているのかの判断は正直、生やさしいことではありません。

高橋自身が決して中心に位置しているなどと到底思えません。

どこにいるのだと問われると分かりませんと答えるしかありませんが・・・。

そう答えたのでは身もフタもありません。

 

一人の人間がアートの全体を見渡すことすら、そもそも不可能なことだと思います。

しかしながら自身の不安定さをなくすには大ざっぱに「この辺かかな?」ということを自覚するように致しています。

 

さりながら、現在の日本のアートシーンを考えると、多数派という部類はたしかに存在致します。

このようなことを関係者の一人が言いますと業界・界からはじき飛ばされるかも知れませんが、あえて申しますと既成の画壇や写真表現で言えば○○流と呼ばれる集団、方々です。

 

私は決して多数派の表現者を排除するものではありませんが、出来る限り少数派の方に私の立つ位置を見出したいと思っています。

ではなぜ高橋が少数派の位置に立ちたいのかと申し上げれば、少数派の中こそ起爆力を持ったアーチストや作品があるからだと信じているからです。

多数派の中にいることは、安定していて気持の良いことかも知れませんが、いずれ歴史の中に埋没していかざるを得ないという宿命を自らの内にビルトインされていると、思っているのは高橋だけなのでしょうか。

 

それに比べて少数派は、未来を築いていく可能性が潜んでいるように思えてなりません。

もちろん全てとは申しませんが、少数派の方々の存在には高橋が賭けてみようという気概を感じさせて戴けます。

では少数派に位置する自分を信じるに耐えうるものは、何かと言うことを自ら常に検証することが大切に思えてなりません。

少数派、少数派と叫び甘んじている高橋も時として恐ろしさを感じます。

もし、少数派と思うのであれば表現者とともにキュレーター(編集者)は起爆力となる種を見出して行かねばなりません。

その種を起爆させるには何を持って身につけなければならないのかと、常に自身に問いかけ続けなければなりませんがそう生易しいことではありませんね・・・。・・・。

 

少数派の中にこそ未来のアートシーンを席巻する作品があると信じます。

それには表現者、キュレーター(編集者)は継続することが大切に思えてなりません。

表現者は作り続ける、キュレーター(編集者)は観続ける。

更にはコレクターの方々に発信し続けることが大切な気が致します。

高橋が2020年まで続けて見たいと思ったことの一因です。

 

継続、継続をしなければ多数派から抹消されかねません。

「継続は力なり」だと思います。

 

※お知らせ

11月17日(金曜日)19時より大木啓至写真展にともないトークショーを開催させて戴くことになりました。

大木啓至&北桂樹、司会進行・湯本愛(ギャラリー冬青)

是非、ご参加下さい。

先着30名様。

※お申し込みはギャラリー冬青 <gallery@tosei-sha.jp>のメール、電話03-3380-7123にてお願い致します。

 

※タイトル=『作家の頭の中見せます』-「本棚か語る作家の素顔」

■先着10名様まで会費、無料。(後5名様まで

 11月23日午後3時〜5時まで

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2017年11月16日 アートに触れることはステータスのためではない・・・。

だれが、何時、どのような環境のもとで解りませんが「アートの話のできる人はステータスが高い」といわれています。

この問題になりますと、決まって「欧米では」というマクラ言葉がつきます。

実際に「欧米では」そうなのかどうかは知りませんが、どういうわけか、それが日本では信じられているようです。

 

なぜ、そう信じられているのかを考えるとき、確かな根拠が存在致します。

そこには「芸術神聖神話」説という考えがベースにあるからだと思われます。

「芸術神聖神話」の根拠の基づくものです。

つまるところ、近世ヨーロッパで正教分離という大変革が起こり、宗教が後景に退いていきます。空位になったところに、新しい「神」としてその地位にすわつたのが「芸術」(アート)だったからです。

 

このことから、欧米では新しいアートの話ができる人は、ステータスが高いいということになったと思われます。

欧米ででそうなるのは、ある意味では必然といえるものですが、果たして日本人のわれわれが、そのまま引き継いでいいのかとなると、私は必ずしも「そうだ」とは思えません。

 

アートを楽しむことはステータスの向上のためではありません。

結果として、そのように受け止められることがあるかもしれませんが、そのような目的のためにあったらと致しましたらペンタチックな、お飾りにしかならないと思います。

アートは、そういうつまらない自分を取りつくるための道具ではないということです。

しかし、悲しいことに私たちのメンタリティは、虚栄心に踊らされてこととは無縁ではないことを肝に命じつつ「アートの熱源」としていく道があることを掲げていくことが大切なことではないでしょうか。

 

アートは自身の心や環境、生活を豊かにするための一つのツールです。

自身の目線、体験、知識でまずはアートを楽しむといった習慣を付けることが大切に思えてなりません。

「アートは楽しい」と思えた瞬間が一番大切なのではないでしょうか。

私的には一番楽しい瞬間です。

 

アートは私たちの生活を豊かにするための大切な、一つのツールであることは間違いないと思います。

 

※お知らせ

11月17日(金曜日)19時より大木啓至写真展にともないトークショーを開催させて戴くことになりました。

大木啓至&北桂樹、司会進行・湯本愛(ギャラリー冬青)

是非、ご参加下さい。

先着30名様 会費1,000円

※お申し込みはギャラリー冬青 <gallery@tosei-sha.jp>のメール、電話03-3380-7123にてお願い致します。

 

タイトル=『作家の頭の中見せます』-「本棚か語る作家の素顔」

■先着10名様まで会費、無料。

 11月23日午後3時〜5時まで

本棚はその人の思考を創り出してきた知識の源泉です。 会場に持ち込まれた本棚には持ち主である作家の「アーティスト思考」を育てた「種」が そこにあるはずです。 参加者のみなさまにはその想像力を働かせていただき、本棚の中にその「アーティスト思考」を育てた。 「種」を見つけていただけたらと思います。 そして、作家やほかの参加者とのディスカッションを通して、ぜひその「種」を自分自身の中でも 芽吹かせて「アーティスト思考」の木を育ててみてください。

 

■9年前より冬青社、ギャラリー冬青、高橋国博の年賀状は止めさせて戴いております。

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2017年11月15日 写真作品集は作家の代弁者。

写真作品集は作家の代弁者だと高橋は認識している。

大木啓至の写真作品集「Qualia」の編集から印刷・製本まで全てを冬青社が担当させて戴いた。

 

出来上がった「Qualia」を大木啓至さんがカメラオブスキュラのメンバある写真家・パトリックさんに送られた。

(パトリクさんの展示は弊社でも二度展示をさせて戴いた。)

「美しさに溢れている」とコメントを戴き、早速にカメラオブスキュラのディディエさんの処へお持ち戴いた。

(1月10日からドイツ・フランス・スイスのギャラリーを回る。目的は日本人の写真家の写真展をして戴く交渉。今迄のギャラリー冬青のコネクションがある方々へ)

 

ディディエさんは大木啓至さんの写真作品集「Qualia」の美しさを見出し、1月みんなで会いましょうとのメッセージを戴いた。

食事もともに・・・。

カメラオブスキュラでの展示も夢物語ではなくなって来たような気がする。

スイス・ドイツのギャラリーからも暖かく迎えてくれるとの連絡を戴いている。

 

「写真作品集は作家の代弁者。」

 

写真作品集は作家の代弁者として、観る人の心を揺り動かすことが出来ることを、大木啓至写真作品集「Qualia」通して改めて思いました。

今迄の私達の努力が間違いがなかったことを改めて実感致します。

写真作品集は作家の方々が制作するプリントより、美しく、なければならないとのモットとして今迄、努力、研磨してきたと思う。

ただプリントより美しければ良いと言うわけではない。

作家の思いを魂を乗せて写真作品集は表現されなければ意味がない。

 

プリントを制作された方であれば実感されていることだと思う。

テスト・テスト・テストを繰り返して最終作品が選び出される。

でも、その最終作品であってもまだ不安、不満が残っているはず。

それだけに編集者は作家の方々の思いをどこまで汲み取れることが出来るかが、大きな問題としてのしかかって来る。

作家不在の写真集であれは全く意味がない。

作家の方々の思い、作品への愛情を理解した上での、写真作品集であらねばならないことを、編集者は常に肝に銘じておくべきである。

 

写真作品集は作家の方々の最終作品の不安、不満を解消し、写真作品集としての芸術作品として表現されなければならない。

それがゆえにプリントより美しき印刷表現でなければならない。

このようなことを許して戴き、研磨、努力をして戴けるのが凸版印刷さんであり、冬青社の担当して戴いている営業の猪野さん。

AD担当の杉山さんである。

 

このお二人がいなければこの様な美しい写真作品集の表現は出来ない。

渡部さとるさんがアルルに写真作品集を持って行かれたときもそうであったが、作品集を見て驚かれた。

その美しさに。

 

写真作品集はどこまでも美しくなければならない。

プリントを超えて美しき印刷表現でなければならない。

印刷そのものが芸術。

大木啓至さんの写真作品集「Qualia」の担当をさせて戴いて良かったと要約、安堵致することが出来た。

 

カメラオブスキュラのパトリックさん、ディディエさんの反応、コメントを戴き、この写真作品集「Qualia」に関係して戴いた全ての方々に改めまして感謝を致します。

 

「写真作品集を芸術の花束として世に送りだす」

私の変わらぬ気持。

 

「写真作品集は作家の代弁者。」

 

そのトークショーが下記スケジュールで行われます。

多くの方々に参加して戴きたい。

 

お知らせ

11月17日(金曜日)19時より大木啓至写真展にともないトークショーを開催させて戴くことになりました。

大木啓至&北桂樹、司会進行・湯本愛(ギャラリー冬青)

是非、ご参加下さい。

先着30名様 会費1,000円

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2017年11月14日 ジャンルを超えて見ることが大切に思えて・・・・

ジャンルを超えて観ることが大切に思えてなりません。

ジャンルはなんでも良いと思います、新しい表現と出合うことが大切だと思います。

まだまだ世界には私達の知らない才能が驚くような作品つくりを、つづけている表現者がいると確信しています。

 

どんな分野の作品でもあろうとも「感動ある作品」を探すことをお勧め致します。

実際には出合うことは少ないことですが、先ずはマスコミの賛辞の文言を信じて、仮にそのたびにがっかりすることがあったとしても、必ずあると信じて見つづけて行くことが大切なことだと思います。

 

刺激を受けることは表現者はとても必要です。

過去の作家がそうであったように刺激、否定、反抗などなど、自身へのダメージも含めて刺激を求め受けることが必要な気がしてなりません。

 

刺激は自身の観る、聞く、触れる、味わう、考えるなどなどどのそれぞれの部位でも構いません。

その刺激を受けた部位を掘り下げ発展させて行くことが大切なのではないでしょうか。

その部位から広げていくことが大切に思います。

自身が何かを感じることが必要です。

 

いささか古いことですが、イランの映画作家アッバス・キアロスタミの「友だちの家はどこ」(1987年?)を観たときの衝撃は今もって忘れることは出来ません。

極めて単純なストーリーなのですがキアロスタミは、ひとつとして前衛的な手法を使ったわけでもないし、有名な俳優が出ているわけでもありません。

主人公も無名の少年。他の出演者もほとんどはアマチュアで構成されていたにもかかわらず、制作者の意図が明確に伝わってくる稀有りな作品でした。

私の映画の観る枠を確実に広げてくれた映画だと言えます。

 

自身のジャンルだけに拘らす、時には意識してジャンルを超えたり、身体を動かして新しい表現を探されてはと思います。

 

※お知らせ

11月17日(金曜日)19時より大木啓至写真展にともないトークショーを開催させて戴くことになりました。

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本棚はその人の思考を創り出してきた知識の源泉です。 会場に持ち込まれた本棚には持ち主である作家の「アーティスト思考」を育てた「種」が そこにあるはずです。 参加者のみなさまにはその想像力を働かせていただき、本棚の中にその「アーティスト思考」を育てた。 「種」を見つけていただけたらと思います。 そして、作家やほかの参加者とのディスカッションを通して、ぜひその「種」を自分自身の中でも 芽吹かせて「アーティスト思考」の木を育ててみてください。

 

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2017年11月13日 コンセプトこそが豊かな写真表現が可能・・・。

コンセプト=人間力

コンセプトととは人間力そのものだと私は理解しています。

コンセプト(人間力)を豊かならしめなければ作品のテーマは充実しないばかりか、最悪の場合、何を撮れば良いのかとテーマ探しの旅が始じまります。

 

私の人間力が如何程のものかと考え始めた切っ掛けがあります。(一つの基準にしているかもしれません。)

ドイツの詩人ライナー・リルケ(1875〜1926年)が若いときに綴つた「マテルの手日記」この本のなか(23ページ6行目から)

約700字ほどの固まりとなつたエッセーがあります。「一行の詩をつくるには」(中見出しはありません。)

この一節は直前の内容とは違い突然に現れてきます。

『一行の詩をつくるには、さまざまな町を、人を、物を見ていなくてはならない。』

とても意味深い言葉だと思いました。

リルケは私達に(高橋に)様々な現実の今の、今を見なさい、感じなさいと語りかけているのではと思います。

 

高橋が「さまざまな町を、人を、物を見た」とき、今の現実をどのように受け止め、感じ、どのように受け入れることが出来たのかと思うようになりました。

では、何を感じたのかを自身に問いかけるようにしています。

 

リケルが語るように「さまざまな町を、人を、物を見た」として受け入れる側は人様々に、自身の人間力(IQ・EQの高さではありません。寧ろ邪魔をすることすらあります。)が豊かな人ほど多くのことが見え、感じるのではないでしょうか。

自身の中に(高橋の中に)どの程度、定着し受け入れられたのかを検証致します。

人間力が豊な人ほど「さまざまな町を、人を、物を見た」ときキット多くの五感に降れ、感動する度合いも多いのではないでしょうか。

高橋自身の貧弱さを感じることも多くあります。

 

リケルが語りかけるように『一行の詩をつくるには、さまざまな町を、人を、物を見ていなくてはならない。』を理解、実践出来れば、自ずと現実的なテーマが授かり、見え、テーマにアプローチし充実して行くことが出来るのではないでしょうか。

 

現実から逃避して、あやふやとした将来のことや、未来の(5年先・10年先・20年先)ことを語る人は、現実であるべき「テーマ」は生涯に渡り定まらないと思います。

特に写真表現は今と言う超現実的な表現手段だからです。

だからこそ、他にない面白い芸術表現だと思います。

 

私達は日々現実の今に生き、自身の今を他の人のため何を表現するのか、求められているよう気がしてなりません。

 

詩人ライナー・リルケ『一行の詩をつくるには、さまざまな町を、人を、物を見ていなくてはならない。』は、現実の今を見なければ、現実の今から学ばなければ「一行の詩」をも作ることは出来ないと、私達(高橋)に語りかけているように思えてなりません。

「さまざまな町を、人を、物を見たら」先ず一行の詩を作りなさいと・・・。

目の前の現実の一歩を検証しなさいと・・・。

 

写真表現におきかえたら「さまざまな町を、人を、物を見た」感じたことを先ずは一枚、シャッターを切りなさいと言われているような気がしてなりません。

 

最後に、詩人ライナー・リルケ『一行の詩をつくるには、さまざまな町を、人を、物を見ていなくてはならない。』は実は現実に生きている私達に、私達の今の今を大切にしなさいと語りかけているのかも知れません。

 

『今、ギャラリー冬青で展示をして戴いている、大木啓至写真展「Qualia」は「感じ」と言うことがテーマになって居ると今日のところは高橋は思っています。観て戴いた方々がどのように「感じ」て戴いたのか是非、高橋にお教え下さい。その意味で五感を研ぎすことが出来るとても良い展示だと思います。』

 

※お知らせ

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2017年11月10日 身近にディスカッション出来る人がいれば・・・。

私達はいろいろなところで、いろいろな作品に出合います。

出来るだけ自分のこととして受け入れることが大切に思えてなりません。

出合った作品と自分とは関係ないと思うことは自由ですが、受け止めるというアクションによって作品との対話の契機が生まれるのではないでしょうか。

その先には、やがて考えていくという次の場面へ移れるという図式に繋がると考えます。

 

以上の図式を繰り返していくうちに、いろいろな人との対話を積極的に行い、あるいは、資料や書物を読んだり、感じたり、考えたことをシャッフルしていくようにして行くことをお勧め致します。

その結果、何が生まれるのかは私自身判然といたしていませんが、このような運動を続けることが何ものかをもたらすのではと自身に期待を致しています。

 

身近にディスカッション(対話)に応じてくれる人がいれば「質を上げる見方」というテーマにとって力強い味方なのですが、残念ながら、そういう便利な人がいつもいるとは限りません。そういう場合はどうすればよいかといつも思います。

高橋の場合、自分自身の考えを出来るだけ客観化していくことを心がけています。

そう致しますと、私の考えをもう一人の高橋が検討していくという構図に不思議となります。

その結果として「貯えた言葉の使い方」で感動を言葉にしていく大切さを体験して参りました。

 

自身の考えは定型的であったり、場合によっては、非定型的であったりするものです。

ある核心は定型的であっても、他の人にとってはは必ずしもそうではないという非定型的の構図になっていると考えています。

つまるところ、高橋の考えは、いつもゆらいでいるという宿命にあるのだという思いの自覚が必要だと考えていますが・・・。

 

以上のようなことを考えをしたら、写真家・北桂樹さんから思いがけない提案を戴き、11月23日午後3時より下記内容でギャラリー冬青に集まる機会を作って戴きました。

今、会期中の大木啓至写真展「Qualia」。大木啓至さんの本棚の一部を切り抜いてイベントを行うことになりました。その本箱をスタートに「アート」を掘り下げるイベントです。

 

※内容は下記です。

 

タイトル=『作家の頭の中見せます』-「本棚か語る作家の素顔」

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 11月23日午後3時〜5時まで

 

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※お知らせ

11月17日(金曜日)19時より大木啓至写真展にともないトークショーを開催させて戴くことになりました。

大木啓至&北桂樹、司会進行・湯本愛(ギャラリー冬青)

是非、ご参加下さい。

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■9年前より冬青社、ギャラリー冬青、高橋国博の年賀状は止めさせて戴いております。

 皆様におかれましても、ギャラリー冬青・冬青社・高橋国博宛ての年賀状はご無用と存じます。

 ブログ上で大変恐縮でございますが、何卒宜しくお願い申し上げます。

 

●下記、コマーシャルは冬青社、ギャラリー冬青、高橋国博のブログとは全く関係がございません。

 

 


 

 


2017月11月9日 本日、大木啓至写真作品集「Qualia」の取次ぎ回りをした・・・。

本日午前中、大木啓至写真作品集「Qualia」の取次ぎ回りをした。

仕入れ窓口(日販・トーハン・大阪屋栗田)の反応が素晴らしいく良かった。

今迄、仕入れ窓口に訪れても、高橋さん。高橋さんも良く知っているように、写真集は売れないばかりか本屋さんの棚も狭くなり、無くなったりしていますからねと・・・。

でも、冬青社さんの写真集は必ず大手の本屋さんには届けるようには致しているつもりですがねと・・・。

事情が解るだけに、私も返す言葉がないこともしばし・・・。

 

どうしてか解らないが、本日の大木啓至写真作品集「Qualia」は仕入れ窓口の担当者さんの食いつき方が違う。

面白いですね。

なぜか解りませんが面白いですね。

どこを摑み取れば良いか解らないところがが面白いですね。

なぜか、何かを感じたり、臭ったりしませんか高橋さんと・・・。

 

特に日販の仕入れ窓口の方は、今日、始めて知ったのだが本人も写真を撮っているとのこと。

中判カメラで。

写真談義に華が咲いた。

窓口のKさんは、この「Qualia」を発表するには写真家はとても勇気がいることだと思いますよと・・・。

余程、自身に自信がなければ発表は出来ませんよねと・・・。

写真家に対してアンチテーゼですかねと・・・。

20分足らずの時間でしたが、よそ読み取って戴いた感性、目に脱帽した。

 

大木啓至さんは東京総合写真専門学校研究課卒業(4年間)で写真を学ばれた。

この学校は重森 弘淹(しげもり こうえん、1926年7月27日 - 1992年10月13日は写真評論家)が、写真作家育成のために創設された学校である。

コマーシャルカメラマンになるなど許されない学校であった。

恥ずかしい行為だと揶揄された。

ひたすら、作家になるべく教育を受ける。

思想まで。

多くの有名な写真家を世に送りだしていることでも有名な学校。

 

でも、生活のため隠れてコマーシャルカメラマンにならざる卒業生も・・・。・・・。

大木啓至さんもアシスタントから始められた。

現在は作家活動の他にベースとして物撮りをされている。

 

物撮りは大変な技術が要求される、実物よりリアルに撮らなければならない。

ビントやライティングの技術は当たり前。

どこまでもシャープに、物がカタログから飛び出そうとしたり、転び落ちそうになるぐらいリアルでなければならない。

その技術を持ち合わせているからこそ、この度の様な一見、何が写っているか解らないような「Qualia」が生み出せる。

職業写真(美しく・リアルに)とは全く真逆な「Qualia」

 

カタログの写真の様に見せる、見せたいのではなく「感じ」ることの大切さを、写真作家・大木啓至は観る私達に問いかけられていると思えてならない。

なぜ、なぜ、なぜ、どこまでファンタスティックな作品だろうと毎日、高橋は思って観ているがいるが答えが見出せないでいる。

こまった問題だ!!。

編集予備会議、編集会議、印刷立ち会いを終えて解った積もりでいたが、まだ、まだ隠されていることが多い気がしてならない毎日。

 

下記、記述でトークショーがあります。

ここで、写真作家・大木啓至さんの生の声、本音の声を写真家北桂樹さんが引き出してくれるに違いないと期待している。

私、高橋の「なぜ、なぜ、なぜ」が解明出来るかも知れない。

編集作業そのものが問われそうで怖い!!。

覚悟を決めて11月17日を向かえる。

 

※お知らせ

11月17日(金曜日)19時より大木啓至写真展にともないトークショーを開催させて戴くことになりました。

大木啓至&北桂樹、司会進行・湯本愛(ギャラリー冬青)

是非、ご参加下さい。

先着30名様 会費1,000円

※お申し込みはギャラリー冬青 <gallery@tosei-sha.jp>のメール、電話03-3380-7123にてお願い致します。

 

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2017年11月8日 アート(写真)は自身の根拠に入れるかが問題だと思う・・・

アート(写真)表現は自身の根拠に入れるかが問題だと思う。

表現者側においては被写体に対して「何をどのように」感じているのか。

また、表現者は可視化された作品に対して「何をどのように」感じたのが問われているように思えてなりません。

 

見る側もアート(写真)表現の最前線とどのように接したらいいのかを自身の根拠に入れられるかが、大切に思えてなりません。

混沌としているように見えるアート(写真)表現の最前線であっても、おぼろげながらの未来像を提示しているものも少なくはありません。

アート(写真)表現は見る側も、制作者側も、一つの方程式に当てはまらないのが面白く、楽しいのではと考えます。

方程式に当てはまるのであれば近い将来「AI」に席捲されかねません。

このことは等しく表現者側にも、見る側にも言えることではないでしょうか。

「AI」描く絵が成立する。「AI」が出した解説書が正しいアートの見方の教科書になるかも知れません。

楽しいでしょうか。

 

コマーシャルギャラリーを運営していて思うことは、「何をどのように」感じるかを知る一つの手段、手としてコマーシャルギャラリーで作品を観ることをお勧め致します。

コマーシャルギャラリーほど、身近で真剣勝負の場がないからです。

そのことはコマーシャルギャラリーでの展示は作家も、コマーシャルギャラリーの運営者が観る側の方々に勝負を挑んでいる場だかれです。

 

制作者は今、可視化された作品に思いを込め様々な技法にチャレンジし挑まれている世界、場なのですから。

また、コマーシャルギャラリー側は現在ばかりではなく、将来の「伸びしろ」を考え、思い、考え展示しています。

観て戴く方々への挑戦の場であり、実証される場だかです。

真剣勝負の場だと言って過言ではありません。

そんな場で間近に、時として作家とコミニュケーションが出来、作品を観れる場と考えればこんな有意義な場はありません。

 

特にギャラリー冬青のような若き表現者の方々へはコマーシャルギャラリーとしては、技術に裏打ちされた将来の「伸びしろ」を重きを置いています。

 

森山大道さんや荒木経惟さんらの展示。固定した地位、固定された概念の作品も観ることは良いことではありますが、若手の将来の「伸びしろ」を自身で感じながら観るのはモット楽しく、意味があることのように思えてなりません。

アート(写真)の楽しみ方は他の人から植え付けられたり、固定した概念など、知らず知らずの内に洗脳されたりせずに、意識して自分自身で何かを「感じ」とることが、アートをより楽しめることと思います。

 

コマーシャルギャラリーの場は制作者もギャラリー側も観て戴く方々への果し状の場かも知れません。

 

※お知らせ

11月17日(金曜日)19時より大木啓至写真展にともないトークショーを開催させて戴くことになりました。

大木啓至&北桂樹、司会進行・湯本愛(ギャラリー冬青)

是非、ご参加下さい。

先着30名様 会費1,000円

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