2018年5月23日 二川幸夫「日本の民家」から学ぶもの・・・。

二川幸夫氏は、今まさに失われつつあった日本の民家建築を全国にたずねて撮影をし残したことは、優れた業績として知られています。

写真集「日本の民家」からは、各地で腕を発揮した名もなき職人たちの精魂を込めた作品ともいえる技術の美が伝わって来ます。

 

撮影当時、ゆうに100年は以上は経過していた超えていたであろう、見事な構造的安定感をつくりあげた職人たちの心意気が時代を超えて伝わってきます。

これを見て、私はとてつもない職人技術の歴史を持っていることに恐ろしさを感じました。

日本の各地のどこにも、職人たちの建築技術の部厚さがつい最近まであったという誇りであるとともに、それはほとんど失われました、「日本の民家」を見ているうちに慚魂の念が生じました。

新しい技術の発達より、より安価で、より早く、日本の風土に関係にく建築は進化してきました、真実、事実は後退していると思われます。

日本の風土とはほど遠い建築物が・・・。

 

印刷技術も全く同じことが言えます。

技術の進化により、より安価で、より早くが徹底されています。

私から言わせれば「安かろう悪かろう」と言えます。

東京の下町にも、地方にも以前は個性的な印刷所が沢山存在していました。

腕利き、腕自慢の職人さんが沢山いました。

注文でも付けたら逆に、職人さんから叱られたものです。

中央(東京)、大手の下請けが殆どとなり均一化され、安価で大量の印刷へと印刷機器、その周辺機器も発展して来ました。

 

本当に腕利きの職人さん達がいなくなったことは事実です。

姿が消えました。

平均化され安価とスピードを求めるあまり、酷い印刷物が増えたことも事実です。

写真集という美術品、工芸品まで衰えを見せています。

とても残念です。

 

私たちのチーム。

凸版印刷さんの営業担当・猪野直貴さん、AD・担当の杉山幸次さん、デザイン担当の白岩砂紀さん、編集担当・高橋国博は数少ない、職人集団だと思ってます。

※営業職人の猪野直貴さん

※AD職人の杉山幸次さん、

※デザイン職人の白岩砂紀さん、

編集職人の高橋国博。

 

いつまでも書棚に置いていたいと言う写真作品集を表現したいと思い、一冊毎にチャレンジをしている積もりです。

営業職人の猪野直貴さん、AD職人の杉山幸次さん、デザイン職人の白岩砂紀さんがいなければ現在の冬青社の写真作品集の表現はありえません。

技術を残したい・・・。

何時迄も私たちは「職人集団」であり続けたいと思う。

 

「写真作品集を芸術の花束として 世に送りだしたい」変わらぬ職人集団である私たちの思いです。

 

二川幸夫氏「日本の民家」から改めて「技」の大切さを学びました。

 

●下記、コマーシャルは冬青社、ギャラリー冬青、高橋国博のブログとは全く関係がございません。


2018年5月22日 編集者としてのプライド・・・。

6年前、サンタフェのキュレーターのお一人、ローランさんが「素晴らしい写真集を作りたいなら」、「素晴らしい編集者を見つけなさいと」、六甲国際写真フェアーのおりに、参加者に向かっての第一声だったことを今でも鮮明に覚えている。

 

鳥肌がたった。

高橋は如何なる者かと・・・。

今でもローランさんの声が耳から外れない。

 

編集者は編集者としてのプライドがあり、美意識もある。

編集作業において写真家の方々と正面からぶつかることもしばしばあった。

土田ヒロミさんの「新・砂を数える」は制作に5年間を費やした。

その殆どが「新・砂を数える」に対してのディスカッションであったことを思い出す。

編集者と作品(テーマ)、作家・土田ヒロミ(コンセプト)のディスカッションであったことを思い出す。

 

作家と編集者の関係はこのことに尽きると思っているが、なかなか難しい。

作家の作品への不自覚体、自覚体。

作家の編集者への不自覚体、自覚体。

編集者の作品への不自覚体、自覚体。

編集者の作家への不自覚体、自覚体。

が、あることを始めから理解していることがとても大切に思えてならない。

 

ディスカッションを行うことにより作家の不自覚体を自覚体へと、編集者の不自覚体を自覚体へと共有することが出来る。

人は等しく不自覚体が存在している。

その不自覚体を共に共有できるかどうかが最大の問題、課題として写真作品集の制作過程すべてに存在している。

 

不自覚体の理解、発見こそが写真作品集の正否にかかっていることを、写真家も編集者も常に理解をしておくことが大切に思えてならない。

 

編集者のブライドとは作家の不自覚体をどこまで言語化し、説明し、納得いくまで持っていけるかにに掛かっていると思える。

それには「とことん」作家に寄り添はなければ作家の不自覚体に触れることはない。

作家に寄り添うことこそが必要だと特に最近、思い始めている。

そうしなければ互いの、不自覚体を見出すことは出来ないと思っている。

作家に寄り添うということは迎合することではない。

 

作家の真意、本質を理解することだと思う。

作家を愛することだと思う。

 

続きはまた別の日でも・・・。

 

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2018年5月21日 中国・上海の一条TVからハルさんへ取材。

以前に中国・上海の一条TVからハルさんへ取材をしたいとの連絡が入り、昨日ギャラリー冬青で取材を受けた。

「一条」と中国では毎日一本の動画を配信するとのこと。

こんにちは

初めまして、
私は中国上海のメディア会社、
一条TVの編集者蔡です。

https://www.youtube.com/watch?v=VKYp8c2RkcM

弊社は2014年にインターネットメディア会社として設立されました。

私達は世界中のクリエイター、建築士、芸術家、職人などを取材しており、
毎日様々なビデオサイトでライフスタイルに関する映像を掲載しています。

 

一条TVはネットでクリエイター、建築士、芸術家、職人などを取材し配信する会社。

5人一組のクルーが30組いるとのこと。

ディレクターの「蔡」さんは上海の芸術大學を卒業後に日本大学芸術学部の大学院(写真)を卒業された才女。

365日毎日、配信され中国ではこの分野では最もアクセス数が多く、一番注目をされているとのこと。

それが故に、中国政府の検閲も非常に厳しいとディレクターの「蔡」さんはこぼしていた。

準備に約2時間、インタビューに約1時間、撮影に1時間、3時間を超えた。

ディレクターの「蔡」さんはフォトグラファーハルさんのことは中国でとても有名で、関係者の人は殆ど知られていると語っていた。

知名度の高さは東松さん、須田さん、土田さん、石内さんより遥かに浸透しているとのこと。

 

鋭い質問がディレクターの「蔡」さんからハルさんへ投げかけられる。

ディレクターの「蔡」さんのフォトグラファーハルさんへの下調べは完璧を記していた。

ハルさんもタジタジの場面もありながらも、「蔡」さんのフォローも素晴らしく、約1時間のインタビューは無事に終えた。

1時間のインタビュー中、私が感じたことは作家とギャラリーのキュレーターの役割りは当然だが、ディレクターとしての役割りの必要性を強く感じた。

 

特に、コマーシャルギャラリーにおいては、キュレーターの役割り、ディレクターとしての役割を常に認識をしておくことが大切であることを、この度の取材から学んだ。

 

フォトグラファーハルさんは「愛」について約1時間語り続けた。

自身の苦しい(くるしい)、甘い、そして苦い(にがい)経験も含めて「蔡」さんのインタビューを受けながら、ハルさんの素直な、率直な「愛」を聞いて、改めて真空バックの真意を知ることになった。

高橋にはとても、素晴らしい、貴重なぬ時間であった。

改めて、キュレーターとして、ディレクターとして、更には編集者として、写真表現家・フォトグラファーハルさんとの密接な関係が構築出来ると思う。

深まると思う。

世界に飛びたして行きたくなった。

 

動画配信時間は5分間〜7分間。

6月上旬のこと。

「蔡」さんから連絡が入り次第、皆さんへも連絡をさせて戴きます。

 

金曜日・土曜日の印刷立ち会い、日曜日のインタビューと休みが全く取れない私。

何かを考えなければ、決断をしなければならないと思う。

考える・・・。・・・。・・・。・・・。・・・。・・・。

 

 

●第7回目の=『作家の頭の中見せます』-「本棚か語る作家の素顔」を開催致します。

 今回の本棚はの大山葉子さんの本箱の一部を切り取ってお持ち戴けることになりました。

※貴重なはなしや写真集がきっと見れて体感できるはずです。こぞって参加して下さい。

 

●先着10名様まで 会費、無料。(後名2様)

 5月23日(本日)午後19時〜21時まで

※お申し込みはギャラリー冬青 <gallery@tosei-sha.jp>のメール、電話03-3380-7123にてお願い致します。

 

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2018年5月17日 昨日のブログについて、オリジナリティの大切さ。

昨日、アマチュア写真家とプロの写真家について書きましたが、大切なことを書きます。

私自身はアマチュア写真家とプロの写真家は相違は全くないと思ってます。

自身の作品にオリジナリティがあるのか、存在しているかに掛かっているとことが大切だと思ってます。

「モノマネ」ではだめです。

 

骨董の世界に良く言われることの一つに「カネに目がくらむとニセモノをつかむ」という格言めいたものがございます。

その真意は、良くできたニセモノをそれと知らずに購入しそ名品が安く手に入ったと思い、それを売ってあわよくば儲けたに与りたいという底意は見透かされ、まんまとしてニセモノをつかまされる、という話です。

儲けたいという俗心で目がくらんでしまうというわけです。

日本の国立博物館で開催された展示会の中にもニセモノがあったことや、怪しい骨董が重要文化財に指定されてしまったこと、国立西洋美術館ですらニセモノをつかまされてしまったことは有名な話。

 

プロの道を進もうと決意、決断、意識したとき観る側からの強い視線を感じざるを得ないことになります。

アマチュア写真家であろうと、プロの写真家であろうと自身の作品にオリジナリティを持てるかが大きな問題だと思います。

表現者は美術から芸術への道のりは(印象派から第二次大戦まで)如何にアートシーンに軌跡を残せるかにが表現者の命題であったのに対して現代アート、コンテンポラリーアートはマーケット重視の傾向が強いと思われます。

 

どちらにせよアマチュア写真家であろうと、プロの写真家であろうと現在のアート市場を抜きには語れない。

それが嫌であればアマチュア写真家で自身のオリジナリティを模索して行けば良いことだと思います。

プロの写真家でありたいと決断したときアート市場を抜きには語れないと考えます。

それゆえ、モノマネはだめです。

 

自身の「オリジナリティ」とは一度考えて見ては如何でしょうか。

 

※明日18日・19日は関口真路写真作品集印刷立ち会いのためブログはお休みさせて戴きます。

 

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2018年5月16日 アマとプロの違い・・・。

良く聞かれることの一つに、アマチュア写真家とプロの写真家の違いはどこですかと・・・。

どうしたらプロの写真家になれますかと聞かれます。

返答にとても困ってしまいます。

本当に困ってしまいます。

それなりのことを説明するのですが、いつも釈然致しません。

写真で生活をしている人・・。・・・プロ???。???。

サラリーマンやOLや自由業の方々などなど・・・。・・・アマチュア???。???。

釈然と致しません。

 

命を削り出し作品を制作している方々・・。・・・プロ???。???。

余暇で作品を制作している方々・・。・・・アマチュア???。???。

釈然と致しません。

 

では、アマチュア写真家とプロの写真家の違いはどこですかと聞かれると答えがありません。

私には答えようがありません。

究極は自身がプロの写真家なのか、アマチュア写真家なのかと意識していることに尽きるのでないかと思います。

私に言わせればプロの写真家もアマチュア写真家もそれ程変わりはないことだと思ってます。

自身の意識がブロの土台の上に立っているのか、アマチュアの土台の上に立っているのか、自身の認識、意識と決断の相違ではないでしょうか。

 

ただし、私はプロの写真家だと宣言をしたときから、自身の作品に対して責任が伴うことは言うに及ばすです。

写真表現を行うとき自身との凄まじい戦いを強いられることを理解すべきだと考えます。

自身が何ものかであることを認識、意識と決断の末、凄まじいハード、ソフトともに研磨して行かねばならないことは想像を絶します。

その結果としてプロの写真家として表現者として世の中に受け入れられると信じます。

 

植田正治さんは自身のことを生涯、アマチュア写真家だと称していましたが、植田正治さんの作品をアマチュア写真など見る人は1人もいません。

日本を代表する写真家のお1人です。

植田正治さんのことを良く、偉大なアマチュア写真家だ語る方がいられますが、間違いだと思います。

 

それはアマチュア写真家もプロの写真家も境目が存在しないからです。

繰り返します、自身の意識の問題です。

ハードの発達に可視化することが容易くなりましたが、プロの道はそんなに甘いものではありません。

 

自身で切り開いて行かねばならないことだけは確かです。

 

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2018年5月15日 内藤正敏写真展へ・・・。

昨日、東京都写真美術館のオープニング、内藤正敏写真展を観に行った。

●プリントワークの素晴らしさ。

●フレームワークの素晴らしさ。

●視野かいピントの素晴らしさ。

正に三位一体の作品が186点飾られている。

 

1938年生まれの内藤正敏さんは早稲田大学理工学部で化学を専攻されたこともあり、初期の作品は宇宙・生命をテーマとした「SF写真」に取り組まれた。

25歳のとき即身仏に出合ったことをきっかけに、羽黒山の入峰修行に入られた。

「写真集には「婆 東北の民間信仰」「出羽三山と修検」「遠野物語」など多数の写真集がある。

また、多数の研究所・論文を発表するなど民族学者でもある。

 

久しぶりに重力のある写真を拝見した。

SF写真的写真が超リアリズム写真までテーマの幅の広さには1日や2日では観るのがモッタイナイと感動した。

また、近々に見に行きたい。

これまで、東京都写真美術館で展示が行われなかったことが不思議だと言う気持と、よくもこの時期にと感謝が交差しながら作品に吸い込まれていた。

 

内藤正敏さんの作品からは「何を撮る」のではなく「何を撮りたい」のかが明確に観る私たちに迫って来る。

レンズはとても短いレンズを使用されている。

ストロボも使用されていることから直のこと、プリントワークの素晴らしが伝わって来る。

無駄なものを極限まで消し去り、情報を消すことにより私たちは知らず、知らすの内に内藤正敏の世界に酔いしれている。

 

写真表現は例えば35丱侫ぅ襯爐埜世┐24×36弌

こんな小さな世界に寄り多くの情報を取り入れる(多くはこの手法を学ぶ)方法と、極限まで情報を取り除く方法がある。

私の好きな土田ヒロミさんも余分な情報を消し去る方法論だと見ている。

そこを、ここを見て欲しいと言うことよりも、内藤正敏は私は今、ここを見ているのだと言うことが可視化されている思えた。

体感できた。

 

久しぶりに重力のある写真展である。

 

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2018年5月14日 新しい先に新しさはない・・・。

写真表現に留まらず、様々に研究分野、日常生活も含めて、新しい先に先はないのではと思う。

過去があり、現在があり、そうして未来が生まれて来るのではないでしょうか。

 

写真表現もそうだと認識しています。

特に写真表現はハード、ソフトとそう言えると思います。

特に写真表現におけるハードの発達は先人たちの、より美しく、より的確に、より多く記録として残しておきたいとの思いが、今日のデジタル時代まで進んだのではないでしょうか。

表現スタイルは変わったとしても、先人たちの思いは変わらずに系譜されているのではないでしょうか。

 

表現スタイルも過去の経験、情報の蓄積。現在の表現領域の広さが、未来の表現へと期待を持たせるのではと考えます。

それが故に新しい先に、新しさは生まれてこないと思われます。

コンテンポラリーアートも過去の表現スタイルの反動からかも知れません。

先人の表現スタイルがあったからこそ、コンテンポラリーアートは生まれたと考えることが正しいように思えます。

過去の表現スタイルなくして、コンテンポラリーアートは生まれてこなかったのではないでしょうか。

と、私は考えています。

 

自身の過去、現在の蓄積度によって未来(新しさ、新鮮さ)の表現の領域も広がりを見せ、新たなテーマと遭遇することに繋がると思います。

実篤の言葉に「努力、努力、努力すればこそ、奇跡は生まれる」とあります。

これを写真表現に置き換えれば「過去の知識の蓄積、現在の知識の蓄積、拘りを持てば持つほど奇跡は生まれる」とでも言えるのかも知れません。

「ローマは一日にして成らず」とも言えるかもしれません。

日常の生活スタイル、マナーにおいても同じことが言えるのではないでしょうか。

過去から現在までの生き様が未来への良き、楽しき環境へと繋がっていくのではないでしょうか。

 

未来ばかりを考えていても、新しきものは決して生まれてこないと考えます。

自身の経験、現在のありようのうえに未来へ繋がるのではないでしょうか。

 

新しさを求める前に、現在の自身の足下、現在おかれている環境を確りと認識すれば、キット新しい世界が生まれてくると信じます。

全てのことに言えるのではないでしょうか・・・。

 

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2018年5月11日 大山葉子写真展「Adagietto〜プダペスとそしてプラハ〜」

大山葉子写真展「Adagietto 〜プダペスとそしてプラハ〜」が本日からスタートです。

ギャラリー冬青では4回目となります。

※2010年「Bhuana(ブアナ)

※2012年「メフィストの調べ 〜ブダペスト〜」

※2015年「Humoresque 〜ボヘミアより〜」

※2018年 「Adagietto 〜プダペスとそしてプラハ〜」

 

リストのピアノやデスク、羽ペンやスメタナの眼鏡。ドウォルジャークの水筒(シルバー)やベルトラムカー(別荘)モーツァルトが「ドン・ジョヴァンニー」を作曲したと言われる、石のテーブルなどなど貴重な作品がギャラリー冬青の壁には飾られています。

1人、静かに見ていると音楽が音痴な私でさえ、何かオーケストラの演奏が聞こえてきます。

 

写真家・大山葉子さんは20代の大半をハンガリーの首都ブタペストで過ごされた。

無論、音楽の勉強のため。

ハンガリー国立リスト音楽院(ヴァイオリン科)に留学

1985年〜88年、新星日本交響楽団(現、東京フィルハーモニー交響楽団)第一ヴァイオリン演奏者として活躍をされていた。

 

なぜ、音楽家から写真の道に人生の舵を切られたのかは、恐ろしくてまだ聞けていない。

私が余りにもあっさりと音響研究室から出版の道に進んだ経験から、まだ写真家・大山葉子さんには聞けていない。

今月23日のイベント「本棚か語る作家の素顔」で、誰かが聞いて戴ければ高橋としてはとても、ありがたいと思ってます。

 

写真家・大山葉子さんの作品には音楽家としての造詣の深さからの調べか伝わって来る。

写真の深さが伝わって来る。

時代の時間のハーモニーが伝わって来る。

音楽家としての経験、知識の上に写真表現者としての意識が表層に見事までに現れている。

作品からは素晴らしい調べが伝わって来る。

写真表現の奥行きの深さ、幅の広さを充分に体感することの出来る作品、27点が展示されている。

 

写真表現の強さ、美しさを改めて認識せずにはいられない。

ただ、レンズを向けシャッターを切ることの空しさを感じざるを得ない。

写真家・大山葉子としてのコンセプトの上に、可視化されたテーマ「Adagietto 〜プダペスとそしてプラハ〜」です。

プリントの美しさとともに写真とはを考えさせられる「Adagietto 〜プダペスとそしてプラハ〜」です。

 

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2018年5月10日 表現者にはフィロソフィーが必要・・・。

フィロソフィーとは直訳すれば「哲学」ですが・・・。

『〈哲学〉という言葉は,明治初年の段階で,西周(にしあまね)によって,英語の〈フィロソフィーphilosophy〉の訳語として作られた。〈フィロソフィー〉は,ギリシア語の〈フィロソフィアphilosophia〉に由来し,〈知恵(ソフィアsophia)を愛する(フィレインphilein)〉という意味の言葉である。』と記載されています。

 

表現者には自身なりのフィロソフィーを持たなくては成らないと考えます。

また、観る側からも作家のフィロソフィーはと、求められていることを認識しておかねばなりません。

「哲学」と直訳してしまえば、解ったような解らないような話になってしまいます。

 

私はフィロソフィーは自身の生き様、生き方、行動、思考などなど人それぞれに違って当たり前だと思っていますが、責て70%位の人々に理解されなけならないと思ってます。

表現者が自己満足型で終わってしまえばこんな哀れなことはないと考えます。

表現をするということは一方には広く、深く、さらには暖かく理解して欲しいと作家の願いがあるのではないでしょうか。

芸術表現で自己満足型で終わる人は、恐らく「哲学」すなわちフィロソフィーを持ち合わせていない人だと思われます。

フィロソフィーは知識も含まれることは当然ですが、その前にその人の生き方そのものだと思います。

 

自身なりのフィロソフィーを構築していくなかで、表層に現れてくるイメージは多くの方々を巻き込みながら常に新しいテーマへと繋がりをみせると信じます。

自身のフィロソフィーとはと常に回帰現象を意識的に起こして置くことが必要に思えてなりません。

 

下記「JALフィロソフィー」を唱え、見事に日本航空の再建に成功した京セラ会長、稲盛和夫氏のことが紹介されていました。

 

『稲盛和夫氏の人生哲学を盛り込んだ「京セラフィロソフィ」は、「すばらしい人生を送る」「より良い仕事をする」「リーダーとして大切なこと」「心を高める、経営を伸ばす」「新しいことを成し遂げる」などの項目に分類されています。

これらは稲盛氏自身の人生哲学を従業員に示し、規範として掲げたものです。人生哲学は人それぞれであり、価値観も生き方も分かれます。ただ、京セラという大企業を生み育て、日本航空再建にも成功した稲盛氏の人生哲学であれば、他の人にとっても、人生を生きる上でも企業を経営する上でも大きな教訓になることでしょう。

稲盛氏に限らず、著名な経営者の多くはそれぞれの人生訓やポリシーを企業理念や経営哲学に反映させてきました。そして、経営者自身がそうした人生哲学や経営哲学を日々の仕事や生活の中で実践し、失敗や困難を乗り越えて成功に結びつけてきました。』

 

自身なりのフィロソフィーを自覚して置くことは表現者として当たり前の行為ではないでしょうか。

 

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2018年5月9日 作品を可視化するとしにはリアクションが必要・・・

作品(テーマ)を可視化するとしにはリアクションが必要ではあるまいかと考えます。

例えば「真っ赤な夕焼け」を見たと致します。

美しい、素晴らしい風景だと思いレンズを向け、シャッターを切ります。

何だか、物足りなくありませんか。・・・。・・・。・・・。

 

なぜ「夕焼けが奇麗なのか」、「真っ赤に色が奇麗なのか」自分にとって夕焼けと花にか・・・。

年配の人々とってはは「真っ赤に染まった夕焼け」を見て、戦争時のことを思い浮かべる人もいるかも知れません。

 

自分自身にとって「赤とは」「夕焼け」とは何の意味があるのか。

自身のどこに「赤に」「夕焼け」に反応したのかを検証する必要があるに違いないと思います。

で、なければ単なる奇麗な「真っ赤に染まった夕焼け」写真です。

誰でもが撮れてしまう意味がない写真です。

 

「真っ赤に染まった夕焼け」をどうして奇麗と思ったのかと言う、自身の内面、人生の積み上げて来た経験、学んで来た知識、歴史感などなどまで探らなければ単なる記念写真に過ぎません。

多くの戦争映画にも「真っ赤に染まった夕焼け」の場面が出てまいります。

全てが美しく、奇麗なシーンばかりではありません。

苦しみや、悲しみ、未来に希望を繋ぎたいなどなど人それぞれの思いを込めてフイルムは回されています。

 

作品(テーマ)を可視化するときリアクションを自ら起こさなければ、無意味な記録写真さえもなりえません。

山田洋次監督の「寅さん」にも度々、夕焼けのシーンが出で参ります。

確かに奇麗なシーンです。

しかし、見ている私たちには万感迫ってくるものがあります。

私だけではなく、観客のなかにもハンカチで目頭を押さえている光景を幾度も目にして参りました。

 

山田洋次監督は戦争、安保闘争、高度成長時期、バブル、バブル崩壊などなど様々なことを経験、体験され、あの夕焼けのシーンを撮られていることが、見る人の年代を超えてそれぞれの意味を持って伝わって参ります。

正に山田洋次監督は自身のなかで常に、リアクションをされているに違いありません。

リアクションされているから、こそあの「夕焼けシーン」が必要であり、年代を超えて観る私たちに何かを語りかけてくれているに違いありません。

 

「奇麗な夕焼け写真」や「スナップショット写真」・「珍景」や廃墟」などなど、なぜレンズを向けたのか、シャッターを切ったのか

自分自身にリアクションを起こさねば無意味な作品に成らざるをえません。

 

作品(テーマ)を可視化するとき、自分自身にリアクションは欠かせない行為だと信じます。

作品(テーマ)は観る私たちに「語りかけ」が必要です。

自身のコンセプトそのものがが問われていると思います。

 

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