2017年6月27日 アートには答えはない・・・

私は学生時代から社会人、出版界に足を染めるまで工学(電気工学)の主に研究部門を歩んで来た。

基本的には足し算や引き算、掛け算や割り算、一定の法則の上や新たな法則を求めての生活であった。

振り返ってみれば基本的には目の前は有限の世界だと思う。

 

ところが芸術は宇宙のように無限に広がりを見せる、答えがない世界のように思えてならない。

答えがない無限の世界。

何が芸術で何が芸術でないのか、答えは見出せないのが芸術ではあるまいかと最近考えるようになっている。

柳宗悦がおこした民藝運動。

一躍、脚光を浴び芸術の世界まで・・・。

日常の生活道具の職人技に光が当てられた。

かと、思えば日本で生まれた「もの派」は理論だけが残され「もの」としては残されていない。

 

芸術論は芸術家のみならず、研究者、評論家などなど一般人も巻き込みながら、多く議論を重ね新たな表現手段が生まれてきた。

社会的要因も大きい、第一次世界大戦、第二次大戦を経験して芸術表現は劇的に変化を見せる。

何時の時代でも表現者は可視化されることを求められている。

可視化された「もの」に癒されたり、癒しを求めたりする。

「芸術」がイコール「癒し」と言ってしまえば身も蓋もむない。

 

見る、見せて戴く私達には表現者の「意志」・「技」・「理念」・「人格」まで探りたい、求めたい。

自然と無意識の内に求めているのではないかと思っている。

無限の世界に挑戦し続ける表現者。

目的のない道を歩ほど辛きものはない。

だからこそ、自身のコンセプトやテーマを一つの目標とし、技術的には何が必要なのかと検証を怠らず、進まなければ可視化された作品は人の心を動かすことはない。

取り分けコンセプト(人格)は大切な要素だと思う様になっている。

 

コンセプト(人格)の上に形成されるテーマ、技術力が相まって可視化された作品は見る、見せて戴く私達に何かを感じさせてくれ、日常の中に影響を及ぼしてくれると信じています。

 

今、可視化された作品群が「今の今」の答えかも知れない。

 

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2017年6月26日 先週の土曜日、京都造形芸術大學へ・・・。

先週の24日、京都造形芸術大學(非常勤講師)で教鞭をとらして戴いた。

昨年迄は「飯沢耕太郎」さんと、私の2人で同じクラス、同じ科目「写真批評」を担当していた。

今年からは「タカザワケンジ」さんと私の2人で同じクラス・科目「写真批評」を担当させて戴く。

 

一般の大學を卒業していれば3年生に編入入学が許される。

本人が希望すれば直ぐさま、卒展のための制作に入れる。

私達の授業は一応は様々な科目を修得した上で、始めて作品群として纏め方向性を定めるという授業。

その意味ではとても責任が重い。

 

私のスタンスは・・・。

●現在のテーマの充実度。

●現在のテーマの見極め方。

●現在のテーマの発展性。

●新たなテーマの発見。

を、主眼として行っている。

 

今年の生徒さんの殆どが3年生に編入入学された方々。

京都造形芸術大學に入学されて半年足らずで、自身の作品を纏めなければならない。

限られた時間の中で如何にテーマを見つめ直し、そのテーマを充実して行くことの大切さを伝えなければならない。

私にとっても責任の重い、重い授業。

資料を集め、纏め、解りやすく的確に授業に反映を致さねばならない。

前日は眠れない程、プレッシャーはかかる。

 

今年の生徒さんはとても意欲的に写真と向き合っていると思った。

京都造形芸術大學で写真を学びたいと思い、決意されている生徒さんが多い気がした。

京都造形芸術大學に行き始めて6年間が過ぎる。

毎年、毎年、新たな作品と出合えることの喜びを感じている。

午前9時30分から17時まで、昼休みの1時間を除いて立ちっぱなし、喋りぱなし。

体力、体力そうして知力の勝負。

とてもハードな授業。

 

授業が終わり、ロビーで希望者だけ、自身の作品を掘り下げたい、疑問を解消出来ない生徒、私に抗議をしたい生徒さんらを対象にコーヒーを飲みながら約1時間半程、補足をさせて戴いた。

 

生徒さん達が何かを感じて戴ければと願うばかり。

 

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2017年6月23日 写真は撮れてしまうから怖い・・・。

写真は撮れてしまうから怖いのではあるまいかと考える。

被写体を奇麗に、美しく撮ることは様々な雑誌の特集や書籍、或はワークショップ、学校などで情報や技術、知識の一部を知り得ることが出来る。

 

実は被写体を通して何を可視化したいのかと言うことを、自身に求めなければ、単に写真装置に誘導されていることになるまいか。

なぜ、その被写体に向かわなければ成らないのか、写し手は常に根源的問題を意識して置くことが必要である様に思える。

一見、写真装置ほどリアルにビジュアルに解りやすく、再現性を豊かに持った表現手段はない。

 

作品=「グランド・オダリスク・日本語名=横たわるオダリスク」で有名なドミニック・アングルは写真機が発明をされたとき、フランス政府に「われわれ画家の生活が脅かされる」と言い禁止する様にと、フランス政府に抗議の書簡を送っている程だ。

後にドミニック・アングルほど、写真装置を使った画家は居なかったとも言われている。

 

それ程、写真は再現性豊かに可視化出来る表現手段だからこそ、表層に現れたイメージだけに捕らわれて内面まで掘り下げる行為が薄らぐことが恐ろしい。

本来であれは自身の「意志」が存在しているはず。

なぜ撮らねばならないのかと言う意志。

撮りたいという意志。

 

その意志が表層に現れてこそ写真表現と言えるのだはと考えます。

写真は撮れてしまう。

デジタル化が進めば、進むほど撮れてしまう。

 

撮れてしまうから怖い!!。

撮れてしまうから面白くない!!。

 

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2018年6月22日 1839ギャラリーに居て思うこと、考えていたこと・・・。

現在6月17日〜7月16日まで、台湾・台北市にある「 1839ギャラリー」にて、下記の作家の方々の写真展が行われている。

伊藤計一
権平太一
渡部さとる
大木啓至
PHOTOGRAPHER HAL
北桂樹

「 1839ギャラリー」のオーナーの邱さんとは10年以上もお付き合いになる。

邱さんは日本大學の写真学科を卒業後、アメリカに留学され(修士課程)、その後に日本の芸大で博士号を取得され現在は、大學では写真学教授でもあられる。

 

オープニングも賑やかの内に終わり、一人ソファーに座り、この度の6人の作家の方々の作品を静かに見ていた。

胸から込み上げて来た。

込み上げてくる。

素晴らしい。

多くの方々に作品を見て戴けることに。

この異国の地で。

 

ギャラリー冬青で写真展をさせて戴いた方々がこうして、海外で写真展が出来ることに。

13年前、ギャラリーを立ち上げたとき、想像もして居なかった現実が目の前に。

多くの、とても多くの海外の方々に見て戴いている現実に・・・。

熱き、とても熱きものを感じながら一人ギャラリーにいた。

素晴らしい。

本当に素晴らしい。

 

この度の「 1839ギャラリー」の展示でPHOTOGRAPHER HALの作品がニューヨークのギャラリーの展示と、ニューヨークで4月に開催されるフォトフェアーに作品の出展が決定された。

この度の台北でAKIギャラリーの作家を2018年6月にギャラリー冬青で、また日本の作家をAKIギャラリーで展示することも決まった。

 

今、2018年9月にオランダのアンシーンフェアーにアタックするべくトライ中です。

一人でも多くの作家の方々をと海外にとの思いが脹らんでいます。

2018年1月にはドイツ・フランス・スイスのギャラリーを回るため準備中。

 

来月の7月4日には台湾で芸術を教えて居られる教授20人の方々が、がギャラリー冬青に来館される。

これらの全ての行為が、活動が、展開が写真家の方々のためになればと思うばかり。

 

コマーシャルギャラリーとしての責任を感じながら一歩、一歩前に進むしかない。

 

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2017年6月21日 台北・1839ギャラーより戻って参りました。

6月17日より台湾・台北市「1839ギャラリー」で写真展が開催されています。

「1839ギャラリー」は台北市のほぼ中心の繁華街にあるギャラリーです。

台湾にある唯一の写真専門のコマーシャルギャラリーです。

天井も高く、ギャラリー冬青の4倍位の広さのスペースです。

オープニングの日は雨の日にも関わらす多くの人が訪れて戴き、ギャラリーはとても賑わっていました。

PHOTOGRAPHER HALさん、大木啓至さんが挨拶をされ、最後に、この度の企画社(者)としてギャラリー冬青として私、高橋が挨拶をさせて戴きました。

来館者には台湾在住の欧米の方々も来館さりるとのこと。

幾つかのギャラリーのオナーの方も紹介をして戴き、将来に発展し広がりを見せ繋がって行けばと思ってます。

詳しくは、後日に・・・。

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下記はギャラリー冬青のフェースブックに上げさせて戴いた内容です。

 

本日より、台湾は台北、1839 Contemporary Galleyにて、ギャラリー冬青の作家6名によるグループ展"Beyond the Visibility"が始まりました。
17日、初日のトークショーに、出展作家の大木啓至さん、PHOTOGRAPHER HALさん、そして冬青社代表の高橋國博が出席いたしました。

 

本日6/17〜7/16の1ヶ月。
お近くの方、台北にご旅行の予定がある方、よろしくお願いいたします。

出展作家:
伊藤計一
権平太一
渡部さとる
大木啓至
PHOTOGRAPHER HAL
北桂樹

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Beyond the Visibility−見えるものの向こう

写真は、目の前に存在するものや出来事を写し取ることができます。
写真機の機能ゆえに、写真はこうした目に見えるものを情報として伝達する機能を担ってきました。

一方で、わたしたちは生きる上で、目には見えないものも必要として生きているように思えます。
例えばそれは、感情、愛、時間、心理的な距離、エネルギー、その土地が持つパワーや、あるいは過去や思い出といったものかもしれません。

こうした世界の中で、写真は本当に目に見えるものしかそこに写し取ることができないのでしょうか。

むしろ、写真家は、日常の世界でわたしたちが見逃している「見えないけれど、確かに必要な何か」を、見えるものの中に見出し再認する手段として写真を選択することもあります。
それは、レンズを通して世界を注視し、目に見えないがゆえに見過ごされている何かを拾いあげ、それを新たなイメージとして昇華する行為です。

ここに、ギャラリー冬青より6人の写真家の作品を展示します。
ここに写るものは、皆さんに何を想起させるでしょうか。

「何が写っているか」ではなく、「写っているものが何を意味しているか」に答えはありません。

彼らの観察力と創造力は、写っているものや出来事を超えて、「見えるもの」に内在している「見えないもの」への想像力を喚起する契機となるのではないでしょうか。


ギャラリー冬青

The group exhibition of 6 artists from gallery Tosei at 1839 Contemporary Gallery in Taipei starts on today!

Exhibition title:
Beyond the Visibility

 

artists:
Keiichi Ito
Taichi Gondaira
Satoru Watanabe
Yoshiyuki Oki
PHOTOGRAPHER HAL
Keiju Kita

 

Statement:
"Beyond the Visibility"

Pictures can copy things and events that exist in front of you. Due to the function of the camera, the photograph has been shot for the visible things as information.

On the other hand, we seem is what we see in live and need through our eyes. However, such as an emotion, love, time, psychological distance, energy, power of the land, past or memories can be photographed only truly visible ones?

Now, we are exhibition the works of six photographers from Japan, Gallery Tose to show the photographs are not only “what they can see” but it’s beyond what is shown.

 


2019年6月16日 考えると言うこと・・・

昨日、7月の写真展の作品を筑紫拓也(父・ニュースキャスターの筑紫哲也さん)さんにお持ち戴いた。

約2時間近く写真談義をさせて戴いた。

筑紫拓也さんはアメリカ生まれで、ニューヨークの大學で写真を学ばれた。

 

学生と教授の関係はとてもフラットな関係だと。

学生が教授に貴方の作品は面白く無い、貴方から学ぶものはない。

教授の中には生徒の批判、評価に絶えきれず退官する教授も少なくないとのこと。

教授が写真展を行うとき批評に戦々恐々としているとのことなど教えて戴いた。

 

しかし、学生には自分自身を考えることは強く求められるとのこと。

ロジカルに自身の考えを持つことを求められる。

この「考え」とは「テーマ」のことではなく自分自身を考えると言うことについてである。

この話はとても共感を覚えました。

 

実は私も以前から何故、貴方は写真なのと多くの写真家の方々にお聞きしたかったからである。

無論、昨日、筑紫拓也さんにもお聞きした。

(後日ブログにて)

ポートフォリオレビューや写真展、写真集に添えるテキストはあるのだが、そのテキストですら悩んでいる方々がとても多い。

ここで言う「考える」とは、己がなぜ写真で表現をしたいのかと言う、根本的問題をロジカルに求められていることです。

彫刻や絵画、版画や音楽などなど幾らでも己を表現する手段はあるのに何故、写真なのかと言うことです。

 

この思考の大切さは器機の発達、(フイルムカメラも含め)特にデジタル化に置いては、美しく写すということは容易く誰でも美しく撮れてしまう。

写真装置が古ければ古い程、人間の感性、理論、理屈がなければ技術の裏付けとはならない。

デジタル化の開発、発展により「撮れてしまう」と言う現象が起き、何故、写真でなければならないのかと言う思考が停止してしまっているのではないかと・・・。

筑紫拓也さんと写真談義をさせて戴いた。

 

帰り際に筑紫拓也さんが、だからといってロジカルに自身のことを語れたからと言って、面白い作品になるかどうかは、多いに疑問が残るところですねと・・・。

 

明日から台湾・台北にある「1839ギャラリー」で、ギャラリー冬青で展示して戴いた方々の6人の写真家・写真展のオープニングに行って参ります。

20日までブログはお休みさせて戴きます。

 

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2017年6月15日 北村ケイ写真作品集「世界の解剖」の印刷立ち会いが・・・。

北村ケイ写真作品集「世界の解剖」の印刷立ち会いが13日・14日の両日、何時もの凸版印刷さんの二平工場で行われた。

北村ケイさんは九州・福岡生まれで福岡に在住され、作家活動を行われている。

私も同じ福岡と言うこともあって、冬青社としては全く異次元の作品であったがトライさせて戴くことになったが・・・。

 

モデルに成られた方々への作家のイメージのメークが凄まじい。

モデルを見て、イメージをここまで脹らまして全身にメークを施すのかと・・・

一番最初に作品を見せて戴いたのは約2年ぐらい前だと思う。

そのときの第一印象は「痛々しい」作品だと・・・。

 

執念とも思える作家の作品へのイメージの拘り。

そこには「モデル」として存在をしているのではない。

作家の「造詣物」として存在をしている。

私は様々な事柄から、お断りを致そうと「案」を思案していたが作家・北村ケイの強い意志、熱意と同郷であることからトライをさせて戴くことにした。

ここまではフォトグラファーハルさんと類いしているとフット思った。

 

無論、冬青社には白岩砂紀さんと言う素晴らしい、デザイナーが居られることが重要な要素として考慮させて戴き、出版を引き受けた。

約、2年間の時を経て13日・14日の両日、何時もの凸版印刷さんの二平工場で行われました。

デザイナーの白岩砂紀さん曰く、高橋社長でなければこんなに、根気よく待ち、リードし完成まで導かれなかったと、二平工場に向かう車の中で語って下さった。

途中で頓挫したり、中断したり、様々なこともあり、幾つもの谷を超え、山を超えて、この度の北村ケイ写真作品集「世界の解剖」の印刷立ち会いを終えた。

後は製本を待つばかり。

 

デザイナーの白岩砂紀さんの二平工場からの帰りの車中で「良くここまで!!」との言葉がとても印象的。

これが全て。

多少救われた気が致しました。

20時を回り当たりは暗く成っていた。

 

北村ケイさんの友人で「甲斐恵」(福岡在住)さんが居なければ13日・14日の両日の印刷立ち会いまで来れなかったことを付け加えさせて戴きます。

 

今回はオペレーターの方は始めて。

当初、多少心配したが的確な刷だしを持って来ていただき安堵した。

後はインクの量と微調整だけと思い1日目は順調に進むと思われた。

本文(写真・テキストの頁)は順調に進んだ。

 

最後の表紙の刷り出しが校正室に中々届かない。

デザイナーの白岩砂紀さん色が出ないと言うことでオペレーターの方が、現場で苦慮されていた。

何時迄も待っても出てこない。

営業担当の猪野さんが現場に降りてみるとインクを作り直して、今、印刷機にインクを入れていますとの報告。

 

インクを入れ替えることは大変な作業。

インク壷のインクを奇麗に洗浄し、ブランケット・印刷版のインクを全て拭きとり、洗い流さなければ新しく作った、インクは印刷機には挿入出来ないからだ。

 

20時近く、刷だしを持ってこられた。

それも、刷ったばかりの刷り出しと、強制的に乾燥させドライダウンした両方を校正室に持って来て戴いた。

安堵して「甲斐恵」さんに刷だしにサインをして戴き1日目の印刷立ち会いが終えた。

今回も素晴らしいオペレーターの方と知り合えたことに感謝。

 

いつも、いつも書かせて戴きますが、この度も素晴らしい印刷版をお作り戴いたAD杉山幸次さんには深く感謝致します。

また、こんなに手間ひまを掛けて、全ての行程に高橋の我がままを聞き入れて戴いて実行して下さっている、営業の猪野直貴さんに深くお礼申し上げます。

 

全てが他の印刷所ではあり得ない行程、ご努力です。

 

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2017年6月12日 北海道・札幌のワークショップに・・・。

10日・11日の両日北海道・札幌に行かせて戴いた。

札幌は以外にも寒く、長袖にセーターを来ても少々は寒いぐらいであった。

10日(土曜日)は飛行機が遅れ、千歳空港に着いたのは12時を少々回っていた。

交通音痴の高橋のため、空港出口には写真家・濱田トモミさんが出迎えて戴いていた。

 

千歳空港から、JRで札幌駅まで向かい、駅ビルで昼食をとり慌ただしく会場に向かった。

ワークショップは10日(土曜日)の1日だけです。

参加者は幹事の方々も含めて17、18人ぐら居られたと思う。

実際にレビューをさせて戴いた方々は11人。

遠くは帯広から参加された方も居られた。

車で片道4時間から4時間半はかかるのとのこと。

 

※講座の内容は

1.テーマの見つけ方、理解、発見。

(テーマはどうして見つけるのか、見つかるのか、見つけるには、テーマを増幅させるには・・・)

2.ポートフォリオレビュー。

(レビューの内容は、自身の作品のテーマについての分析、新たなテーマの発見、テーマの将来性、自身の作品の見せ方など・・・)

3.ニューヨークの美術大学で行われている授業の一部の実践、再現。

(自身の作品の再発見、自身の作品の見分け方、理解の仕方・・・)

 

11人の方々の作品を見させて戴き感じたことは、とても純粋に写真と向き合って居られること。

本当に純粋に。

実は写真表現にはこの純粋さがとても大切。

この純粋をなくして写真は可視化されないと思っている。

可視化された作品は必ず純粋さが現れます。

 

「作品」として、「作品群」として自己表現をした、纏めたいとの意志、意欲が高橋には純粋に強く伝わってきた。

幹事の方からは、お疲れでしょう。椅子にお座り下さいと進めて下さったが、疲れることはなく11人の方々の作品に吸い込まれ、終了するまで立ち続けて言葉を発して居られた。

 

約4時間近く、言葉を発し続けられた。

約4時間近く、言葉を発し続けられたことは、参加者の方々の「作品力」と、何か求めたいと言う「意欲、熱意、情熱、」更には「将来に向かっての作品制作への切っ掛け」を見出したいとの思いをヒシヒシと感じさせて戴いたからだと思う。

そう感じながらレビューは続いた。

自身でも不思議なぐらい言葉が出たというより、言葉を授かったと言った方が正しいと思う。

 

その言葉か適切であったかどうかはとても不安が残っています。

参加者の方々の大切な時間、作品のことを思えば、一言、一言の言葉、態度、姿勢の責任は重いの当然ですが、参加者の方から1人でも作品が寄り成熟される方向に向かえばと願うばかりです。

 

増してや、この度の責任幹事をの任をされた大橋さん、谷口さん、西田さん、濱田さんの責任は高橋の責任どころではないと思います。

本当にお疲れになられたと思います。

 

食事会の後、コーヒーを飲みたいと私の我がままでススキノ近くまでコーヒーを飲みに連れて行って下さった。

多くの方々が参加され、写真談義をさせて戴いた。

ホテルに帰り着いたのは深夜の12時近くだと思う。

 

一日のことを振り返し始めたら朝までモンモンとし、眠れずにいた。

適切であったか、適任者であったかどうか不安なことばかり・・・。

帰りの飛行機の中で眠れば良いと寝ることを諦めた。

搭乗したが羽田空港まで一睡も出来なかった。

 

私にとりまして、多くの方々の作品を拝見させて戴いたこと、作品への言葉、想いをお聞きさせて戴いたことは、とても至福の一日でした。

幹事の皆様、ご苦労さまでした。

本当に会場の準備、連絡、人集め、会計、スケジュール管理、などなどお疲れ様でした。

 

参加者の皆様、ありがとうございました。

感謝申し上げます。

 

※当日の会場の雰囲気は「写真家・濱田トモミ」さんのフェースブックに上げて居られるそうです。

 

■13・14日は北村ケイ写真作品集、印刷立ち会いのためブログはお休みさせて戴きます。

 

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2017年6月9日 宇井眞紀子写真展「アイヌ、100人のいま」

昨日から銀座・キャノン・ギャラリーで始った、宇井眞紀子写真展「アイヌ、100人のいま」を見に行かせて戴いた。

写真家は凄いと思った。

素晴らしい職業だと思う。

途轍もない職業だが。(肉体的、経済的に・・・)

2018年2月に写真展をギャラリー冬青でさせて戴くことをお願いさせて戴いた。

 

宇井眞紀子さんはアイヌ以外にも作品を発表されているが、特にアイヌ文化に対しては一生のライクワークとして取り組まれている。

リサーチも凄い。

徹底されたリサーチの上に「アイヌ、100人のいま」がキャノン・ギャラリーに展示してあった。

写真作品集を編集者として、参加をさせて戴いていたときから感じていたのは、100人の肖像のお一人、お一人の肖像に「写真家・宇井眞紀子」がオーパラップしていること。

それは「写真家・宇井眞紀子」のアイヌ文化に対してのリサーチと、被写体になって戴いた方々への聞き取りと申し上げるより、語らいの多さ長さだと感じざるを得なかった。

 

展示してある作品、お一人、お一人の肖像からは「写真家・宇井眞紀子」が浮かび上がってくる。

軽自動車を運転し南は奄美大島から北は北海道まで走行距離、地球の3周分は走られた。

全国に住まわれているアイヌの方々を一人から一人、リレー式で紹介をして戴き1992年から約25年間に渡っての取材であった。

1日に2.000〜3.000km車のメーターは回ったことも度々。

北海道からの新潟港に向かう船舶の中で倒れ、近くの港に緊急入港をし、そのまま入院。

 

私も編集者として携わらせて戴いて約3年間。

とても長いようで、還り見てとても短かった。

途中で諦めかけたこともしばしばだっだが・・・。

 

昨日、長くギャラリーに居させて戴いて、近く、遠くから100人のアイヌの方々を見ていると、全員が宇井眞紀子さんに見えて来た瞬間があった。

私が撮影現場に立っている錯覚を覚えた。

 

この度の写真作品集はファンディングなど、多くの方々の参加を戴いての完成を見た。

その影で支えて続けて戴いた桑田真澄さんの功績も忘れることはない。

多くの方々を巻き込み、賛同を戴き出版された写真作品集「アイヌ、100人のいま」。

写真家・宇井眞紀子さんの執念とも言える、アイヌの方々への思いが人を動かし、ものごとを一歩一歩、本当に一歩一歩、、更には一歩一歩、前に進められた。

素晴らしい写真作品集、この度の展示となったことは言うまでもない。

 

写真家は凄いと思った。

素晴らしい職業だと思う。

途轍もない職業だ、肉体的、経済的にも・・・。

 

その周辺にいる一人として、会場に居て涙が溢れそうになった。

 

宇井眞紀子さん、おめでとうございます。

宇井眞紀子さんありがとうございます。

出版するにあたり、時間的、経済的に応援をして戴いた全ての方々に深く感謝申し上げます。

途轍もない職業だ、肉体的、経済的にも・・・。

 

場所=キャノンギャラリー銀座

会期=東京・2017年6月8日〜6月14日

    大阪・2017年7月3日〜7月19日   

        札幌・2017年7月27日〜8月9日

 

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2017年6月7日 影響を受けると言うこと・・・。

■明日はブログはお休みさせて戴きます。

 

写真表現に留まらす、人は他者であったり、書物であったり、アートであったり、様々なことに寄り、影響をうけ学習を積み、人間力が形成される。

多くの知識をえて、それらを基調とし、基盤として人間力、ひいては表現力が高められると思う。

 

他者から、他のものから、影響を受けると言うことはとても大切に行為だと思えてしかたありません。

影響を受けるには基盤となる知識、技術が必要。

自分なりの物指しを良く知ることが大切に思える。

0を100掛けても(0×100=0)0は0である。

1×100=100

5×100=500

10×100=1,000

自分自身の基盤となる物指しが長ければ、長い程、影響を受け人間力が増されると思います。

 

単に影響を受け表現されたものは単なるモノマネに過ぎません。

モノマネがおこるのは影響の受け方が足りない、言い換えれば自身の基盤とにる知識、経験、技術などの不足からくるものだと理解を致さねばなりません。

 

私達は生まれたときは基礎知識など持ち合わせていません。

一つ、一つ学習の積み重ねの結果、自身の見つけた道を進むことになります。

様々なことがらから影響を受け成長して行きます。

人間力が増されます。

 

影響を受けたら表現者は再構築をして行くことが求められます。

再構築して行くことが大切です。

印象派を始め多くの作家はそのグループの中で激しいディスカッションを繰り返し、ある時には全否定をし、ある時には認め自身の愚かさに大スランプに落いった作家達が多くいたことを美術史の中から学びとれます。

お互いに影響を与え、影響を受け自身の作風を見出してきまた。

 

最近、強く思います。

考えさせられます。

特に写真表現は装置を使わざるを得ません。

アイデンティティを良く理解し、オリジナルティを生み出して行くパワーが求められているのではないでしょうか。

 

一昨年、忍野八海に行ったことがあります。

何十人もの写真家が富士山を狙っています。

立派な写真機で・・・。

富士山はだれがとっても富士山です。

富士山の何を表現したいのかの中身が必要です。

美しい富士山だけでは単に腕自慢になりかねません。

 

表現者は分野に関係無く、アイデンティティとオリジナルティを求められていることを自身に突き詰めなければならないと、高橋自身に言い聞かせています。

 

自分自身はなにものであるか。

自身の個性は。

 

先ずは影響を受けることがとて必要だと思います。

強く受ければ受ける程、オリジナルティは当然のこととして発せられると思います。

 

※渡邊博史さん×土田ヒロミさんのトークショーを6月16日19時から行ないます。

先着30名様迄会費1000円

お申し込みはギャラリー冬青 <gallery@tosei-sha.jp>のメール、電話03-3380-7123にてお願い致します。

 

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