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2017年3月13日 刺激を受けると言うことは大切なのか否なのか・・・。

人は刺激を受けることはとても大切です。

ただし、刺激を受けたからと言ってその刺激の赴くまま、表現をしてしまえば単なるモノマネに過ぎない。

 

刺激を自身の内在している「核」となっているものと戦い、熟成させ、自身のものにしてこそ自己のオリジナルティーが可視化できるものと考えます。

流行(りゅうこう)に流されたり今、流行(はやり)を直ぐさま受け入れ、自身の中でクリーニングすることなく語ったり、可視化することは単にモノマネに過ぎない。

単なる後追いです。

 

しかし、刺激を受け入れなければ、刺激を求めなければ、自身の「核」は拡大をしないばかりか、苔むしてカビが生えかねません。

刺激を求め、刺激を受け入れてその上で、自身の「核」なるもに意識的に刺激を与えることにより、オリジナルティーが表現できると考えます。

 

流行(りゅうこう)や流行(はやり)は気づいた時には、既に二番せんじです。

自身の中にどう受け入れ、どう消化していくか、そのプロセスを踏むことが大切です。

自身の物指しを見失わないことです。

自身の物指しを大切にする事です。

 

さらには自身の物指しの長さも知っておくことも大切です。

物事を理解したり、自身の自己表現の幅を広げたり、高めたり、深めたりするにはは先ずは自身の物指しのスケール感を知っておく事が大切に思えます。

ものごとの判断は自身の物指しのぶんしか理解も出来ないし、表現も出来ません。

自身の物指しに刺激を求め、与えることです。

物指しは、より広がり、より高くなり、より深まると考えます。

自身の物指しの長さだけ、多くのファンが募り、理解者が広がり、自己表現の領域は広がると考えます。

 

私達、表現者は自身の内在している「量」を増やして行くことが大切に思えて成りません。

表現者は自身の内在している「量」に応じてしか表層として現すことしかできません。

 

最近の個展などを見て、何処かで見たことのある作風だと思うことが多く、本日のブログに成りました。

 

■下記、コマーシャルは冬青社、ギャラリー冬青、高橋国博のブログとは全く関係がございません。


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