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2017年4月19日 共通言語・・・???。

写真作品集の編集するに当たって作家の方々、作品への共通言語を見出さなければならないことは言うまでもない。

この度の台北・ヤングポートフォリオレビューでもそうだが、20分間と言う限られた時間で(世界標準)、私自身の知識、美意識、経験だけで見てしまえば作家や作品に対して一方的な見解に過ぎないものになる。

 

写真作品集を編集するに当たって共に共通言語の意味する処を見出し、感じ掘り下げて行くことを編集者には求められていることを、最近強く自覚するようになった。

例えば作家がこの作品のここが「美しい」と言う。

その時、編集者は作家の「美しい」という言葉がどこにあるのか。

「美しい」と言う言葉だけ足りているのか、もどかしさを感じているのか時間を掛けて共に共通言語を掘り下げなければ成らないと思う。

単に「美しい」と言う言葉を素直に、直接的に表現して良いのかと作家の心の中までリサーチを致さねば成らない。

 

極端な例だが東南アジアのゴミ捨て場で何かを拾っている子供達の姿を、写真やテレビの二ユースで見た人も多く居ると思う。

家族を養うために子供達はゴミ捨て場で何かを拾っている。

その姿を、その行為を「美しい」と表現されたら、本当に「美しい」と言う言葉だけで表現して良いのかと思考することが大切であり、他に表現をする言葉はないのかと、作家と編集者との間では共通言語を見出さなければ、表現不足に成りかねない。

表現不足だけに留まらす、間違ったメッセージを発信しかねない。

 

編集者は今迄の経験や知識だけで写真作品集の編集に当たって意識・無意識の中で誘導しがちである。

そうなったとき「形」だけが一人歩きをして、伝えるべき人、伝えたい人に伝わらないことになる。

「美しい」と言う言葉を掘り下げて行くことが大切ではと思う。

作家や編集者だけではなく、見る人を巻き込みながら「美しい」という言葉の意味合いを掘り下げて行かねばならない。

 

「美しい」と言う言葉が大切なのではなく、「美しい」と言う言葉をどう認識し、どう理解し、自身にどう体感的に理解することが出来ているかが大切だと思われる。

 

写真作品集の制作に当たって作家の方々、作品への共通言語を見出さなければならないことを、この度の台北・ヤングポートフォリオレビューにレビュアーとして参加させて戴き改めて強く感じとらせて戴いた。

 

この度の台北・ヤングポートフォリオレビューにレビュアーとして参加は私にとってとても貴重な時間でした。

 

■下記、コマーシャルは冬青社、ギャラリー冬青、高橋国博のブログとは全く関係がございません。


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