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2019年6月16日 考えると言うこと・・・

昨日、7月の写真展の作品を筑紫拓也(父・ニュースキャスターの筑紫哲也さん)さんにお持ち戴いた。

約2時間近く写真談義をさせて戴いた。

筑紫拓也さんはアメリカ生まれで、ニューヨークの大學で写真を学ばれた。

 

学生と教授の関係はとてもフラットな関係だと。

学生が教授に貴方の作品は面白く無い、貴方から学ぶものはない。

教授の中には生徒の批判、評価に絶えきれず退官する教授も少なくないとのこと。

教授が写真展を行うとき批評に戦々恐々としているとのことなど教えて戴いた。

 

しかし、学生には自分自身を考えることは強く求められるとのこと。

ロジカルに自身の考えを持つことを求められる。

この「考え」とは「テーマ」のことではなく自分自身を考えると言うことについてである。

この話はとても共感を覚えました。

 

実は私も以前から何故、貴方は写真なのと多くの写真家の方々にお聞きしたかったからである。

無論、昨日、筑紫拓也さんにもお聞きした。

(後日ブログにて)

ポートフォリオレビューや写真展、写真集に添えるテキストはあるのだが、そのテキストですら悩んでいる方々がとても多い。

ここで言う「考える」とは、己がなぜ写真で表現をしたいのかと言う、根本的問題をロジカルに求められていることです。

彫刻や絵画、版画や音楽などなど幾らでも己を表現する手段はあるのに何故、写真なのかと言うことです。

 

この思考の大切さは器機の発達、(フイルムカメラも含め)特にデジタル化に置いては、美しく写すということは容易く誰でも美しく撮れてしまう。

写真装置が古ければ古い程、人間の感性、理論、理屈がなければ技術の裏付けとはならない。

デジタル化の開発、発展により「撮れてしまう」と言う現象が起き、何故、写真でなければならないのかと言う思考が停止してしまっているのではないかと・・・。

筑紫拓也さんと写真談義をさせて戴いた。

 

帰り際に筑紫拓也さんが、だからといってロジカルに自身のことを語れたからと言って、面白い作品になるかどうかは、多いに疑問が残るところですねと・・・。

 

明日から台湾・台北にある「1839ギャラリー」で、ギャラリー冬青で展示して戴いた方々の6人の写真家・写真展のオープニングに行って参ります。

20日までブログはお休みさせて戴きます。

 

■下記、コマーシャルは冬青社、ギャラリー冬青、高橋国博のブログとは全く関係がございません。

 


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