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2017年8月30日 被写体を見るということ。

昨日と一昨日のブログに被写体を見るということに付いて、私なりの考えを書きました。

今日は被写体を見るということについて書きたいと思いました。

 

私の場合、編集者としてギャラリーのキュレーターとしての両方の顔、心、目を必要と致します。

今日は編集者としての立場にとどめます。

被写体(今日の場合、写真家)の語らいは2日間に書きましたので、語らいは省きます。

※写真家との語り合いはとても重要です、語り合う程に写真作品集は成熟度を増すことを経験致しています。

 

作品を預かり、幾度も幾度も見ます。

見れば見るほど作家の方々の被写体への立つ位置が見えてくることがあります。

無論、撮影時には立ち会って居ませんので、実際にはどのように被写体にレンズを向けられたのは解りませんが、私には私なりに想像が日に日に脹らんで来ます。

作品を味合えるとでも言えば良いのでしょうか。

味が増して参ります。

私の場合、写真作品集に納める作品の3割〜4割ぐらい多くの作品を預けて戴くことにしています。

始めはセレクトをする気持は一切ありません。

全ての作品を繰り返し、繰り返し拝見致します。

それは編集会議の当日まで。

 

実際に編集会議の折に改めて作家の意志、心、思考などをお聞きし、先ずは一気に(一息に)編集を進めます。

編集が終えた時点で作家の方の意志、心、思考、思いを改めて語って戴くことにしています。

その上で外した、外された作品を見直します。

大切な作品を見落としていないか。

とても緊張をする瞬間です。

 

一呼吸置き、編集された作品を作家の方と検証します。

何時ものことながら見落としや、作家の方がの思いを汲み取れずに私の思い込みが強く反映されていることもあります。

逆に作家の方の思いを忖度しずきてしまうことすらあります。

素直に写真作品集のためにと見るべきであったと反省を致します。

それは作品の読み取り方の不足からくるものと思っています。

この写真作品集には何が必要なのか、何故外さねばならないのかの理由つけが不足していると思います。

 

長くなりましたので「見るということ」の続きは明日に書きます・・・。

 

■下記、コマーシャルは冬青社、ギャラリー冬青、高橋国博のブログとは全く関係がございません。

 


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