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2017年9月11日 日本の近代美術の起点・・・。

日本における近代美術の起点を18世紀江戸美術から始ると言っても、過言ではないと私は考えて居ます。

無論、それ以前に様々な文化や芸術が華開いらいて居たことは衆知の通りですが、それはある階級の文化であり一般大衆の文化ではありませんでした。

 

江戸時代に入り、江戸を中心に町人文化として発展していきます。

特に文化文政時代(1804年-1830年)最盛期をむかえます。

浮世絵や滑稽本、歌舞伎、川柳などなど、一般に現代に知られる江戸期の町人文化です。

これら文化、芸術を現代海外で受け入れられているばかりではなく、現代では人気を博しているのはご存知のとおりです。

浮き終えに至ってはゴッホを始め多くの芸術家に、衝撃を与え、影響与えたことは皆さんも知る処です。

その文化が幕末・明治にみごとまでに中断してしまいます。

 

町人文化を華ととらえずに充分に近代性があったととらえるべきだと考えます。

明治後半、大正から昭和にかけて、ヨーロッパの美術思潮が時をおかずに入って来ます。

 

※今日のブログの本題はここからです。

わたしたちの先人は必死になってそれらを学びとろうと致します。

ただ学びとるだけではなく日本人の自分自身のアイデンティティの確立にもがき、悩んでいく歴史があります。

 

写真は厄介なもんです。

私が度々書きますが富士山は誰が撮っても富士山です。

同じ被写体を、同じようなイメージを多くの写真家が撮っています。

動物、植物、ポートレートなどなど。

写真装置を使わざるを得ない写真家。

写真装置そのものに委ねることが大である写真家。

 

それが故に日本人としての(きめ細かさや思いやり、侘び寂びなどなど)自分自身のアイデンティティを、確立致さねばならないことを他の芸術文化より強く、強烈に写真家は求められていることを認識することが大切に思えてなりません。

 

日本人として、自分自身のアイデンティティを確立なくして形や雰囲気をイメージしてもだめだと思う。

近年、各メーカーのデジタルカメラとその周辺機器のもの凄い開発により、意図も簡単に表現出来ようになってしまいました。

だからこそ自分自身のアイデンティティは何であるかと言うことを、日常的に考えておく必要性にかられていると思います。

日々のあり方、過ごし方にも言えることと思います。

仕事でも、プライベートでも自分自身のアイデンティティを求めている人は、写真表現をするに至った時、必ず表層として現れると信じます。

 

アイデンティティ大切にしたい言葉、思いです。

 

■下記、コマーシャルは冬青社、ギャラリー冬青、高橋国博のブログとは全く関係がございません。

 


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