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2017年10月2日 技術、技法だけでは無意味・・・。

技術、技法だけの表現では無意味と考えます。

レンブラント(1606年〜69年)の傑作「夜警」(1642年制作)を例にとって見たいと思います。

この作品は現在、オランダ・アムステルダムの国立美術館に所蔵されています。

この「夜警」は発注者から受け取りを拒否をされたことは誰でも知る有名な話です。

 

芸術家のスポンサーが教会から王侯貴族、上層市民階級に移りはじめた時代の象徴する出来事でした。

市民階級が政治的にも経済的にも力を持ち、その力を誇示することが偶像画の制作目的でした。

町の有力者たちはお金を出し合って画家の工房に群像画を発注致します。

注文を受けた工房、画家は発注の社会的な力関係を考えたり、かつ不公平にならないように描きました、また描かれています。

アムステルダムの国立美術館の「夜警」の同時代に描かれた、絵画が多く展示してありますが「夜警」意外の偶像画は注目されることはありません。

この「夜警」の内容については、以前書いた記憶がありますので今日は省きます。

 

今日のブログの本質はここからです。

偶像画の注文を受けたレンブラントは、アーティストの表現の自由度を確立しながら、発注者の意向を勘案させたものとして今日、存在する「夜警」を制作致します。

それまでの偶像画のリーダーシップは発注者側にありました。

しかし、レンブラントは考えます。

イニシアティブは画家にあると考えたのです。

アーティストとしての表現、自身の思考、哲学をこの「夜警」に込めたのです。

 

アーティストの表現の自由度を確立したかったのです。

アーティストの表現の自由度の確立です。

このことの意味するところは、単にレンブラント個人の所行として終わらせることなく、レンブラントの考えは徐々に定着して行きます。

「夜警」を観るとき(本物・画集・パンフレット・ネットなどなど)レンブラントが起こしたかった意味合いを私たちは考えることが大切ではないでしょうか。

 

先日も書きましたが今、日本では多くのフォトアートフェアーが開催されています。

海外から有名な写真家やキュレターを呼び、トークショーやレビューが行われています。

一度は感化されたり影響されたりすることも良いことかも知れませんが、絶対に一喜一憂してはだめです。

一喜一憂することの愚かさを自身に感じなければなりません。

 

自身が何を考えているのかを大切にすることを、自身に求められていることを自覚しなければならないと思います。

写真装置が多岐に渡り発達するなか、技術、技法は容易く手に入れることが可能です。

技術、技法だけの作品はレンブラントの「夜警」に描かれた、同時代の偶像画のように見向きもされないことになりかねません。

これは古典技法作家にも言えることかも知れません。

技術、技法だけの作品だけの作品ではだめです。

 

自身の本質を理解していればレビューを受けた、キュレターや写真家の言葉に一喜一憂することはないと考えます。

 

■下記、コマーシャルは冬青社、ギャラリー冬青、高橋国博のブログとは全く関係がございません。


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