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2017年10月10日 アートは頭で理解するものではない・・・。

小林秀雄氏(1902年〜1983年 近代日本の文芸評論の確立者、晩年は保守文化人の代表であった。)は常々「解るとか解らないとかいうのが、もう間違っている」と言っています。

なぜならば絵や音楽は「眼で見て楽しむもの」「耳で聴いて感動するもの」だからそうです。

 

その理由としてあげているのが「頭で解るとか解らないとか言うべき筋のものではない」と言うことだそうです。

なぜ頭で理解をしてはダメなのかうまく答えることは出来ませんが「たくさん見たり、聴いたりすることによって、楽しんだり、感動したりできるようになる」と小林秀雄氏は私達に語りかけているのではと思います。

 

「出来る」という文言は出できませんが、行間、字間からは、たくさん観たり聴いたりしているうちに、それまで楽しめなかったり、感動できなかったものが、出来るようになると読みとれます。

※このことは高橋自身体感、体験させて戴いていることでよく理解出来ます。納得出来ますが・・・。

ここで頭で理解するということの意味は、本を読んだりして知識の手助けを借りてしていくことしを指していると思われます。

そのことを小林秀雄氏は否定も肯定も致していません。

小林秀雄氏ならではの「眼で見て楽しむもの」「耳で聴いて感動するもの」だと理解することも大切だと思いますが、私自身結論は見出せていません。

 

まずは、「たくさん見たり、聴いたりすることによって、楽しんだり、感動したりできるようになる」と語りかけています。

しかし、二つのことについては語られていません。

※なんのために「楽しみ、感動」するのか。

※どのように「観たり、聴いたり」したらよいのか。

 

私は常々三つの要素を持ってアートに触れているのではないかと自身に問いかけています。

※アートを楽しむ私。

さまざまな作品をなにも考えず(幅広く)に観て楽しんだり・・・???。???。

※冬青社の編集者としての私。

作家を理解したいとの強い思い、作品を愛する私。

※ギャラリー冬青のキュレターとしての私。

作家を理解し、作品を愛し作家の代弁者としての私。

 

私自身がもっと『※なんのために「楽しみ、感動」するのか。※どのように「観たり、聴いたり」したらよいのか』。をもっと検証したうえで、素直に多くの作品を「眼で見て楽しむもの」「耳で聴いて感動するもの」に徹すればと思います。

 

●下記、コマーシャルは冬青社、ギャラリー冬青、高橋国博のブログとは全く関係がございません。

 

 


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