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2017年10月11日 写真表現は社会の中で息づいていく・・・。

第一次世界大戦の主戦場は、フランスとドイツでした。

両国を中心に約860万人の戦死者と約2120万人の戦傷者、780万人の行方不明者が出たと言われています。

さらには戦闘に巻き込まれた非戦闘員の戦災被害者を含めれば、とてつもない人数であったに違いありません。

その後の先進国を始めとして社会は大きく変わっていきます。

 

始めての世界大戦を経験した先人たちは、きわめて深刻な思想的打撃を受けます。

その中でダダイズム、表現主義、シュールレアリズムが産声をあげ生まれてきます。

中でもダダイズムはそれまでの「歴史への断絶」をしようという思想運動として開花いたします。

表現主義は「生への肯定」であったと思われています。

それに対してシュールレアリズムは「内面への肯定」であったと考えられています。

 

このようにアートは時、時代、社会背景とは切っても切ることが出来ません。

特に写真表現は「今」という時間を切り取ることができる只一つの表現手段だと思えます。

「今」という時、時代、社会をどう切り取るかは、個々人によってことなりますが、等しく言えることは「今」という時、時代、社会を切り離してはあり得ないと考えます。

意識することが求められていると思います。

 

自分自身の「今」がなんであるかを見つめることが大切に思えてなりません。

そのことは可視化されていく作品には自分自身の「今」を反映した意志を、他の人に伝えたいという願いがあるからだと思います。

 

アート表現は時代の要求、欲求によって生み出されてきました。

アートは社会背景との関係性をぬきには考えられません。

先人たちの苦闘のあとの知識をただ蓄積にとどめることなく、先人が闘った社会背景へと視野を広げつつ、その中に自分自身の表現のありかたを置いてみてはと考えます。

 

世界情勢が内向きになりがちな「今」であるからこそ写真表現の力を信じます。

個においても内向きになりがちな、自分自身を検証を心がけてみることが大切に思えてなりません。

 

●下記、コマーシャルは冬青社、ギャラリー冬青、高橋国博のブログとは全く関係がございません。

 


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