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2017年11月27日 素晴らしきアートは時代性が刻印されている。

素晴らしき、良きアートは時代性が刻印されている。

アートには、その時代に要求されている何かが刻印され、そこからは逃れない宿命があることを表現者は強く求められていることを認識することが大切に思えてなりません。

表現者の命題だと理解致します。

 

どんな最先端のアートであっても、その時代性というものが刻印されていることから逃げれないことと思います。

考えられます。

時代を超えていくことは大変難しいことですが、意識することが大切に思えてなりません。

 

私たちは古今を問わず素晴らしい芸術、工芸には感動を致します。

現代社会においても制作者側も、観る側の私たちも同時代を生きているうちに、時代を超えていく作品と出合えるか否かということは、共に大きな大切なテーマであるのだと思います。

 

特に写真表現は絵画や彫刻と違い「群」で表現されます。

特にコマーシャルギャラリーなどでは一作品、一作品が独立して観る私たちに、認識させ感動を呼びおこせねばなりません。

さらに言えば一作品、一作品に時代性が刻印されているかどうかです。

公的、例えば東京都写真美術館などの展示は「群」「流れ」を重視し展示されます。

 

それに対してコマーシャルギャラリーはコレクターの方々のお一人、お一人に一点、若しくは二点の作品をお渡し致します。

ですので一作品、一作品にインパクトが必要です。

一作品、一作品に時代性が刻印されていることが求められます。

さらに付け加えれば写真作品は現実の今を切り取っていると考えるからです。

 

その意味で写真家にとりまして写真作品集は欠かせないアイテムと言えます。

写真作品集、そのものが芸術作品に対して、多くの画集は装丁は立派なものであるにも関わらず情報として私たちは見ているのではないでしょうか。

写真作品集と画集を観る時の心の内、見方、態度、姿勢は高橋は違います。

写真作品集は作家の作品として見ていると思います。

 

最近、華美な写真集が目立ち、持て栄されている風潮があります。

それに加えて安価な写真集も氾濫を致しています。

で、最も大切な中身(印刷表現、編集表現)を見ますと、とても疎かになっていることに憂いすら覚えます。

写真作品集は写真家(芸術表現者)の代弁者であると考えています。

写真家(芸術表現者)をないがしろにされ印刷表現、編集表現さえ無視され、華美な表現方法は如何なものかと考えさせられます。

 

その意味で写真作品集そのものが時代性が刻印されていることが大切に思います。

編集者の真の力量が常にためされていると思います。

一冊、一冊ごとに。

 

話はそれましたが。

素晴らしきアートは時代性が刻印されていると思います。

素晴らしきアートは時代性が刻印されているはずです。

 

■9年前より冬青社、ギャラリー冬青、高橋国博の年賀状はとり止めをさせて戴いております。

 皆様におかれましても、ギャラリー冬青・冬青社・高橋国博宛ての年賀状はご無用と存じます。

 ブログ上で大変恐縮でございますが、何卒宜しくお願い申し上げます。

 

●下記、コマーシャルは冬青社、ギャラリー冬青、高橋国博のブログとは全く関係がございません。


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