<< 2017年11月28日 「おぼろげ」、アートを観る目を養うことの大切さ・・・。 | main | 2017年11月30日 作品に思想性を豊かにするには、保には・・・。 >>

2017年11月29日 情報性より思想性のノードが求められる・・・。

写真表現は歴史的に「伝える」ということに大きな役割りをもって発達、進歩、進化してきたと思います。

写真表現の「伝える」という行為は一つの宿命であり、一つの大切な要素だと考えます。

デジカメの開発やスマートフォンでの被写体へのキャチは意図も簡単にスムーズに出来、直ぐさま情報として発信出来ます。

日常的に・・・。

 

だからこそ、今だからこそ「情報性より思想性のノードが求められる」ているのではないでしょうか。

カミごたえ、見応えのある作品は一度や二度観ても分かるものではないと思っています。

私の読書に例えれば気になった個所にはマーカーで印を付けます。

ところが始めて手にしたと思い読み始めますとマーカーの印があるではありませんか。

その本のことを昔読んだことをすっかり忘れていたのです。中味をわすれることはまだしも、その本を読んだことすら忘れていたのです。

その結果として同じ書籍が2冊、多い書籍は3冊になっています。

つくづく若いころの読書の薄っぺらさに、私ながらガクゼンと致します。

 

森山大道さんが良くいわれる言葉の一つに「写真を沢山撮りなさい」と若者に語りかけられます。

一つの真実であると高橋は受け止めていますが・・・。・・・。

それは量が質に転化しうると思っているからです。

沢山撮っていくうちに、自分は何をどう可視化したいのかが明快になってくると思われるからです。

 

しかし、量にだけに拘っていては質への転化は望めません。

量ありきではダメだということです。

作品には「情報性より思想性の濃密さが求められる」からです。

でなければ被写体をキャッチするだけでは、いずれ自身に物足りなくさを感じ、他者へ写しての意志が伝達出来なくなるばかりではなく、自分自身につまらなくなるはずです。

 

確かな技術に裏打ちされた作品。

確かな技術を修得するための思想。なぜ、私にはその技術が必要なのか。

 

カミごたえ、見応えのある作品は「情報性より思想性の濃密さが求められる」作品だと信じます。

そこにこそ、写しての歓びがあるのではないでしょうか。

観るがわも「情報性より思想性の濃密さ」を観ているのだと思います。

 

明日「思想性」を豊かにするにはについて書かせて戴きたいとおもってますが気持が変わるかも知れません。

その時は後日のブログをお読み下さい。

 

■9年前より冬青社、ギャラリー冬青、高橋国博の年賀状はとり止めをさせて戴いております。

 皆様におかれましても、ギャラリー冬青・冬青社・高橋国博宛ての年賀状はご無用と存じます。

 ブログ上で大変恐縮でございますが、何卒宜しくお願い申し上げます。

 

●下記、コマーシャルは冬青社、ギャラリー冬青、高橋国博のブログとは全く関係がございません。

 


スポンサーサイト

  • 2017.12.11 Monday
  • -
  • 10:00
  • -
  • -
  • by スポンサードリンク

calendar
     12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930
31      
<< December 2017 >>
selected entries
archives
links
profile
search this site.
others
mobile
qrcode
powered
無料ブログ作成サービス JUGEM
       
sponsored links