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2017年12月15日 アートは否定しつづけらてきた歴史の中にある・・・。

アートは否定しつづけらてきた歴史の中にあります。

今日までアートは常に権威化(制度化)されることを拒否しつづけてきた歴史を持っています。

しかし、他方では権威化を補完していくことを使命とするアートが牢固としてあります。

日展や二科展を始め多くの伝統的な「展」がつくものがあると感じています。

 

無論、どちらの立場に立つのも個人の自由意志にもとずくものですが、高橋自身は前者の気持、立場で写真も含めて、アートを観てきたつもりです。

そのことが高橋自身のエンジンとなったのが探究心となり、現在に繋がっているのではないかと思います。

本ものと言いますか、真のアートは、それが本ものアートとしても、権威化された力が働いたとしても、そこからハミ出して行くものをキットあるのではないかと思いアートに触れさせているつもりです。

(そこに、出版社としての冬青社、ギャラリー冬青としての役割りは、使命があるのではとおもってます。)

 

例をあげればフランスのマティスの作品がそうではないかと思ってます。

(この他の作家も数多く存在いたします。)

今日はマティスの話に集約すれば、マティスといえばかなり伝説化され、神話化された作家一人ですが、私にとってマティスの作品は一向にに色褪せることはありません。

どうしてなのか、私自身しっかりとした答えを見出せませんが・・・。・・・。

私にとってマティスの作品は絵画の遠泳性について語っているように思えるからです。

マティスの作品には絵画の語る歓び、楽しさを一身に体現しているように感じています。

 

権威化(制度化)作品よりハミ出した、出そうとしているアート(写真表現)こそが爆発力をもっているのではと期待を致しています。

面白さも感じます。

 

岡本太郎ではありませんが「芸術は爆発だ!!」とても納得させられます。

権威化(制度化)に師匠におそれることなく、自身が何を表現したいのか原点に立ち返ることが力の源になるのではないでしょうか。

 

なぜ、写真表現を始めたのか、続けているのか、続けたいのかと言う素朴原点に立ち返ることも必要に思えてなりません。

自身で「自分なり」を求めることが必要だと思います。

 

出版社としての冬青社、ギャラリー冬青としての役割りは、使命は前者の立場にあると自覚しているつもりです。

 

■9年前より冬青社、ギャラリー冬青、高橋国博の年賀状はとり止めをさせて戴いております。

 皆様におかれましても、ギャラリー冬青・冬青社・高橋国博宛ての年賀状はご無用と存じます。

 ブログ上で大変恐縮でございますが、何卒宜しくお願い申し上げます。 

 

●下記、コマーシャルは冬青社、ギャラリー冬青、高橋国博のブログとは全く関係がございません。

 


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