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2018年6月11日 もがき、苦しみのなかから作品は生まれる。

作品は「もがき、苦しみのなかから」の中から生まれてくると考えられます。

自身の個性、自己表現も「もがき、苦しみのなかから」の中から生まれてくると信じます。

 

過去の表現者達が自身の地位、領域、個性、表現法を認めさせるために、どれほど「もがき、苦しみのなかから」ながら時代に挑戦してきたことを学ぶべきだと考えます。

全てが自己表現の確立のために。

誰もが知る「ゴッホ」が耳を削いだように。

 

第一次大戦後だけでもダダイズム・表現主義・シュールレアリズムなどなど、それ以前の印象派の出現時は酷評だらけで、殆どの批評家、評論家、ギャラリー更には「サロン」更に、更に一般市民階級までが見向きをしなかった。

しかし、今ではアートシーンには欠かせない存在。

 

自己個性やテーマと向き合ったとき、自身の個性(コンセプト)が何ものであるか・・・。

自身のテーマが如何なるものであるか・・・。

そのテーマの根拠となるものは何処から来て、何処に向かうのか真剣に真剣に検証し向き合わなくてはならない。

写真表現は装置を使わざるを得ないため、何かが必ず可視化されてしまう。

だからこそ、他の芸術表現よりも、己(コンセプト)は何ものであるか、テーマの根拠を位置づけが必要不可欠だと考えます。

美しく、意味有りげに撮れれば良いというものではありません。

 

自身の領域、個性を確立させていくには、それなりの覚悟それに伴う生みの「もがき、苦しみ」が生じることは覚悟致さねばならないと思われます。

正に母親が子供を産むまでのプロセスと似ているかも知れません。

子育て、自身の人生の歩みにも似ているかも知れません。

柱時計の振り子は右に振れた分だけ、左に振れます。

「もがき、苦しんだ」だけ、「喜びも、感動も」味わえるのではないかと考えます。

 

写真表現は装置の開発、発展にともない「美しく、意味有りげに」撮れしまうことを憂います。

 

だから私は古典技法が好きなのかも知れない。

 

●下記、コマーシャルは冬青社、ギャラリー冬青、高橋国博のブログとは全く関係がございません。


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