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2018年6月13日 写真は撮れてしまうから苦しみ、悩みます。

写真は撮れてしまうから苦しみ、悩みます。

デジタル器機の進化は直の事、数的にも、人の目には感知出来ない暗闇まで撮れてしまう。

星空をなくした都会でも、星空が撮れてしまう。

 

益々、希少価値が問われて居る古典技法やフイルムカメラでもシャッターを押せば何がしかが撮れてしまう。

それだけに自身の技術への理解、機器への理解などなどを修得するのは当然ですが・・・。

被写体(テーマ)との機器との関係性を構築して行かねばならない。

 

森山大道さんが特に若者に向かって「撮っていますか」「数多く撮りなさい」と繰り返して語りかけている。

松本路子さんも「テーマは撮っている内に見出せる」と言い切る。

決して闇雲に「撮りなさい」と言っているのではないと思う。

確かに撮っている内に、何かが見出されることも事実。

 

デジタル器機の進化で「撮る」と言う行為は容易く幅が広かった事も事実。

「撮れる」「撮れた」と言う行為に満足することであればとても悲しい。

デジタルカメラに撮らされているだけになっているのではと考えてしまうことすらある。

カメラと言う機能は携帯電話を含めて常に身近にある。

自身のテーマである被写体に何を持って表現したいのかと一歩、立ち止まり考えたいと思う。

便利さや、撮ると言う行為に走ることは自身の作品への愛着度が軽減されるのではと危惧致します。

 

昨日「偶然」について多少書きましたが・・・。

「偶然」は「偶然」にして出合うことはないと考えます。

努力・努力しての結果として「偶然」と遭遇されるものと考えます。

だからこそ「偶然」の発見は、新たの道の始まりになりうるのではないでしょうか。

 

撮れてしまうことの恐ろしさを一度、考えて見たいと観る側の1人としても考えて見たいと思う。

 

●下記、コマーシャルは冬青社、ギャラリー冬青、高橋国博のブログとは全く関係がございません。


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