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2018年7月27日 芸術とはなんなの・・・。???。

真の芸術とはなにか、これは制作者側も観る側も等しく考え続けている命題だと思われますが???・・・。

昨今、制作する側も、鑑賞する側も虚範囲の広がりを憂えるのは私だけなのでしょうか。

可視化されたものが全て芸術と受け止めるのはとても危険な行為だと思う。

 

特に専門職の「批評家、評論家」にその傾向が見られるのは如何なものかと思ってます。

アート表現は写真表現も含めて、制限なく広がりを見せている。

この現象は今、始ったことではないが、特に写真表現はNSやデジタルの普及、進化にともない無秩序に拡大をしているように私は見える。

アートの門を簡単に潜れるとの風潮が恐ろしささえ感じます。

多少、不愉快な気持になることもある。

鑑賞する側も(特に専門職、批評家、評論家・・・)真贋美を持たなくてはならないと思う。

全ての表現を受け入れることは芸術に対して暴怒だとすら感じる。

 

ベン・シャーン(1898〜1969)の言葉が懐かしく、新鮮に感じ、改めて価値を見出しているように思う。

ベン・シャーンは次の事を私たちに語りかけています。

◎形式と内容とは現今の美学上の見解の多くによって暴力的に分離されようとしている・・・。・・・。

◎ある批評家たちは内容に言及することはすでに悪趣味を暴露していることだ。

 

この意味は二つあると思う。

1,新しものを正しく検証もせず、批評する根拠もなく、評価することは意味がないということだ。

2.ベン・シャーン常に「形式と内容」は不可分であることを常に問いかけています。

ベン・シャーンは「形式と内容」の分離というアートシーンの行き過ぎた風潮は、外形の説明に終始してしうう結末なったと強く指摘します。その結果として無意味なアートまで評価を与えてしまう。

 

高橋は考えます、現代アートの多くの批評は形式だけに説明が留まっていることが大きな問題です。

赤とか黒とか、黒をもっと黒く出すにはとか、点・点・点が良いのだとか、ギャンバスにナイフを入れたことが良いとか・・・。

実に本質に迫れないことを自らが説明をしている様にしか思えません。

 

芸術運動は過去より常にその時代とともに繰り返されて来たことはその通りです。

しかし、何時の時代であっても自身らの表現の根拠となるものと戦い続け、見出して世に問うて来ました。

その一つの例が印象派かも知れません。

 

今こそベン・シャーンが唱えた「形式と内容は不可分である」と言うことばに謙虚に耳を傾けて、アートを鑑賞してはと思います。

制作側も「形式と内容は不可分である」ベン・シャーンの言葉をもう一度、心を傾けて欲しいと願います。

 

ベン・シャーンの言葉が新しく、新鮮に聞こえてくるのは私だけなのでしょうか・・・。

 

●下記、コマーシャルは冬青社、ギャラリー冬青、高橋国博のブログとは全く関係がございません。

 


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