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2018年8月8日 アートの氾濫・・・。

今日、全てが芸術だと言われ受け入られようとしている。

受け入れられない者はアートに疎いとまで言われている。

インスタグラムやインスタ映えの写真集が出版されたり、アートとして受け居られ始めている。

これらを流行としてではなく、アートとして真剣に語り始められている。

サブカルチャーのサブカルチャーまでが芸術の枠の中で語り始められていることに危惧している。

 

純粋美術や応用美術までとは言わないが最低でも芸術としてのロジックが必要に思われて仕方がない。

アートの広がりは何時の時代でも行われて来た事実は誰もが知るところです。

今日の広がりはメーカーの技術の進化によるものが多く、あたかも自身がアーティストとして錯覚をしている様に見えるのは高橋だけなのかと振り返るときがある。

「感覚」と「感性」の違いである。

 

フォーマルとカジュアルの違いをエレガンス(フランス・婦人服メーカーの一つ)の社長、片柳利雄さんより教わったことがある。

フォーマルとカジュアルはそれぞれに異なった文化があるのではなく、日常的にフォーマルを着こなせている人が、週末に田舎でキツネ狩りや、うさぎ狩り、趣味の農作業を楽しむときに着替えるのがカジュアルファションだと。

始めからカジュアルファションしか着こせんい人が、これはカジュアルファションだと言ってもバカにされるだけだと。

 

フォーマルが着こなせて、始めてカジュアルファションの文化が成立する。

その対比が大切なのである。

これは何も日常生活に留まらずアートの世界も同じことが言えるのではないかと思う。

 

カルチャーとサブカルチャーとは別けて理解し受け入れるべきだと思う。

語るぺきだと思う。

一昔から、欧米、特にフランスでは日本のアニメ、マンガが大流行をしている。

カルチャーとして受け入れるのではなく、サブカルチャーとして受け入れるべきだと思っている。

こう、ブログに書くとアートが高橋は解っていない、古い考えとの抗議を戴く。

 

サブカルチャーやカジュアルファションが表舞台に出て、フォーマルの習わしや習慣、カルチャー文化とて受け入れられようとしていることに意義を唱えたいと思う。

「芸術」はそんなに生易しいものではない。

「芸術」はそんなにアンチョコなものではない。

 

全てをアートとして受け入れることの危険性を感じている。

サブカルチャーでも良い、カジュアルファションでもよい。

 

サブカルチャー・カジュアルファションの対比したところに、カルチャー、フォーマルの世界があることを体感することを勧める。

その「壁」を理解できないものはアーチストとしては生き残れない。

「芸術」としての壁があることを理解することが大切。

 

「芸術」としての壁を正面から乗り越えてこそ「芸術」の領域に入れると考えます。

 

●下記、コマーシャルは冬青社、ギャラリー冬青、高橋国博のブログとは全く関係がございません。

 


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