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2018年11月2日 形式と内容の分離・・・。

写真表現において近年、デジタル化の恐るべき進化により益々進む「形式と内容」の分離。

この命題はなにも写真表現に留まらず、現代アートの出現とともにささやかれ、言われはじめたと思う。

抽象画や現代アートの出現、勢いを増すなか、ベン・シャーンは「形式と内容とは現今の美学上の見解の多くによって暴力的に分離された」と語っている。

ベン・シャーンは抽象主義、特に現代アートの凄まじい広がりのなか下記の様に語っている。

1,絵具だけ

2.非内容絵画

3.無内容的アート

 

ここまで、抽象主義や現代アートに対してこき下ろすことはないと思うが、ベン・シャーンが語るように藝術表現には形式と内容の一致は不可分と高橋も考えます。

現代アートの、まともな解説書が存在しないわけを、私なりに考えているがまだ、解決の糸口が見出せていない。

現代アートの多くの解説書は形式ばかりの解説書が多い。

「色が暗いとか、明るいとか、この線に勢いがあるとか、この形が良いとか、精密であるとか」などなど、あげくの果てには素材が素晴らしいなどの形式、技術ばかりの解説書に私たちは知らず知らずの内に馴れているのではあるまいか。

 

制作者が自身の言葉や、制作者の思想、哲学まで掘り下げた解説書が少ないわけは、現代アートにおいは言語化をするのが難しいからではないかと最近思い始めている。

現代アートを感覚、感性だけの問題だと片付けるのはとても「モッタイナイ」と思います。

だからこそ、現代アートはなおのこと言語が求められているように思う。

 

これを写真表現にあてはめると装置、機器、周辺機器の発達により、「写す・見せる」という行為が容易くなり、なぜ「写真」でなければならないのかという、根本的な思考が停止、しばじめるているのではないかと憂いています。

●なぜ自分は写真家なのか。

●なぜ自分は写真家であらねばならないのか。

●なぜ写真表現であらねばならないのか。

これら根本的問題を忘れかけているのではないのか、疎かにしているのではないか・・・。

 

デジタル器機の進化に伴い「写す・見せる」という行為が先行していることに一抹の危惧を覚えます。

●なぜ写したいのか。

●何を写したいのか。

●なぜ見せたいのか。

 

写真表現は装置を使わざるをえない表現手段だからこそ、根本的な思考の停止をしてはならないのではないかと考えます。

 

■下記、トークショーのご案内でございます。

 

※トークショー=ヨン・アーウィン・シュタイヘリ氏×フォトグラーファー・ハル氏

本日=2018年11月9日(金曜日) 19時より先着30名様迄(後7名様)

会費=1.000円

※お申し込みはギャラリー冬青 <gallery@tosei-sha.jp>のメール、電話03-3380-7123にてお願い申し上げます。

 

■10年前より冬青社、ギャラリー冬青、高橋国博の年賀状はとり止めをさせて戴いております。

 皆様におかれましても、ギャラリー冬青・冬青社・高橋国博宛ての年賀状はご無用と存じます。

 ブログの上で大変恐縮でございますが、何卒宜しくお願い申し上げます。 

 

●下記、コマーシャルは冬青社、ギャラリー冬青、高橋国博のブログとは全く関係がございません。


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