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2018年11月26日 「時間」・・・。

先週の水曜日、不覚にも今年2度目の風邪を引いてしまった。

41,6°まで達していた。

木曜日に病院に行き、点滴をして戴いた。

検査の結果インフレエンザではなかったことに一安心をした。

木曜日会社を休ませて戴き、この連休も3日間殆ど寝ていた。

 

昔は年に1度は定期的と言って良い程、高熱をだしていたが会社は休まなかった。

会社を独立してからは殆ど風邪を引いたことはなかった。

それが今年、10月と11月とたて続けに風邪を引いてしまった。

担当医が曰く、高橋さんこれは、強いストレスと疲れから来ていると思いますと・・・。

熱が下がったら、ゆっくりと温泉でも行き休みを取って下さいと・・・。

ストレスからとは始めての経験。

連休で良かったと胸をなで下ろしながら、我が家で4日間、殆ど寝ていた。

今日はとても元気。

でも、4日間寝ていると色々なことを考えてしまう。

過去・現在・未来、みらい、未来、・・・。

良きこと、悪しきこと、何でもないことなどなど・・・。

でもヤッパリ仕事のことが一番多かったかな???。

多少、残念な気持???。

 

写真家の方々にとって写真とはなにか・・・。

編集者にとって写真とはなにか・・・。

などなど・・・。・・・・。

数冊ではあるが書棚から写真集を取り出し見ていた。

写真の面白きところはヤッパリ「時間を切り取る」ところではないかと、原点にどうしても帰ってしまう。

写真家の方にとって被写体と対峙した時その「時間」とは何か、その「時間」がもつ意味は。

なぜ、今、撮りたいのか・・・。

 

ブレッソンの決定的瞬間ではないが、スナップ写真だけではないことだけは確か。

スナップ写真が悪いとは決して思わない。

スナップ写真にはスナップ写真としての地位が確立され、文化があり存在価値もあると思っている。

 

「時間を切り取る」という行為は作家の方々がそれぞれに持つ、思想、哲学、美意識などなどではないかと考えます。

被写体が過去の遺物であろうとも、撮影をする「今」という「時間」に意味があるように思えてならない。

その「時間」、その時の「時間」に作家の個性が作品に可視化されるのではあるまいか。

その行為は現代アートに含まれる写真表現にも同じことが言えると考えます。

それぞれに持つ「今」「時間」をそれを切り取る行為の意味合いは何か、自身で常に検証することが大切に思えてならない。

 

編集者も己の時間もさることながら、作家の方々が可視化された作品の「時間」を、読み取る行為が大切な行為であることは確かだ。

その「時間」にこそ作家の方々の様々な意味合いが、メッセージが含まれているからだ。

 

その「時間」を共有したい。

 

■10年前より冬青社、ギャラリー冬青、高橋国博の年賀状はとり止めをさせて戴いております。

 皆様におかれましても、ギャラリー冬青・冬青社・高橋国博宛ての年賀状はご無用と存じます。

 ブログの上で大変恐縮でございますが、何卒宜しくお願い申し上げます。 

 

●下記、コマーシャルは冬青社、ギャラリー冬青、高橋国博のブログとは全く関係がございません。


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