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2018年11月29日 写し手にとって写真とは・・・。

最近、素直に写し手にとって、貴方にとって写真とは何ですかと聞きたくなることが多くなっている様に思える。

それはデジタルカメラの普及(携帯電話も含む)進化にともない、容易く撮れ、美しく撮れ、レタッチが容易くなり、様々なことで映像が氾濫していることにあるような気がしてならない。

 

今年は災害が多い年であった。

テレビのモニターには視聴者の投稿とクレジットが入った映像が流される。

新聞社や雑誌社、テレビ局のカメラマンが現場に駆けつけ、取材する前にいち早く情報が私たちに届く。

新聞社の写真部の人に話を聞いたことがある。

熊本地震のおり、熊本支局の写真部だけでは対応が出来ないということで、本社から応援に現地に入った。

先ずは、彼に与えられた仕事は取材をする前に、一般家庭に赴き、被災当時の写真を撮っていないか、尋ね歩き、撮っていれば借り受けるのが仕事だったそうだ。

Instagramの写真の映像は既に公害に近い位、氾濫をしている。

撮るということがとても身近になったことはそれなりに評価というより、認めるべきだと思うが・・・。

 

だからこそ、写し手にとって写真とはなんですかと訪ねたくなる昨今です。

この思いは写してばかりではなく、観る側にも問いかけたくなります。

この質問は絵画の作家や彫刻家、音楽家に対する質問と多少違うような気がしている。

絵画の作家や彫刻家、音楽家より、写真表現の場合、写し手の発表できる場が圧倒的に多い。

日本の場合、写真はネット上も含め、コマーシャルギャラリー・レンタルギャラリー・メーカー系ギャラリー・美術館・公共施設などなど、発表の場がとても多い。

 

以前に(5年程前に)日本カメラの元前田編集長さんと、日本で写真賞は幾つ位あるのかと、真剣に調べ始めたことがある。

その当時で全国に60を超え数える写真賞があり、調べるのを諦めたことがを思い出した。

共に驚いた・・・。

 

これだけ、多くの写真が日々、私たちの前に・・・。

だからこそ、写し手に何故、写真であらねばならないのかという真の意味を問いたくなる。

貴方にとって写真はなんですかと・・・。

そのことは観る側の私たちにも等しく責任を問われていると思う。

 

観る側の私たち1人ひとりが「写真」を見なければ写し手の活動や心に、思いに届かないと思う。

写真表現ほど「写し手」と「観る側」が一体化されたアート表現は他に存在しないと思っている。

 

絵画のや彫刻家、音楽家などなどは「鑑賞」という言葉ずビッタリと当てはまる。

写真は「鑑賞」というより「観る」という言葉の方がピッタリだと高橋は実感している。

それ程「写し手」と「観る側」の距離が短いのではないでしょうか。

 

「観る側」の「観る」責任も重いと付け加えさせて戴きます。

 

■10年前より冬青社、ギャラリー冬青、高橋国博の年賀状はとり止めをさせて戴いております。

 皆様におかれましても、ギャラリー冬青・冬青社・高橋国博宛ての年賀状はご無用と存じます。

 ブログの上で大変恐縮でございますが、何卒宜しくお願い申し上げます。 

 

●下記、コマーシャルは冬青社、ギャラリー冬青、高橋国博のブログとは全く関係がございません。


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