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2018年12月3日 写真表現は自身の意識の中で・・・

大変、申し訳ございません。

写真家・竹谷出さんの鶏卵紙の作品行程が間違っておりました。

下記、修正をさせて戴きます。

鶏卵紙の作品制作は作家、作品制作者に寄って異なります。

下記は現在、写真展をギャラリー冬青にて展示をさせて戴いております、写真家・竹谷出さんの作品行程でございます。

「感光材の制作→用紙の選択→卵白液塗り→乾燥→プレス→卵白液塗り→乾燥→プレス→感光液塗り(硝酸銀15%溶液)→乾燥(暗室)→露光(太陽光)→洗浄→水洗い→定着→水洗→画像保護液→乾燥」。

 

留まるところを知らない写真表現。

これは写真表現に留まらず、絵画や彫刻などなど全ての芸術表現に言えることなのだが、写真表現は多少他の芸術分野とは違うのではないかと思っている。

 

以前に草間弥生さんの美大生時代のスケッチノートを見たことがある。

植栽の描写を的確に細密に微細に、精密に、まことに正確に描かれている。

凄まじいデッサン力、観察力だと感銘を受けたことがある。

現在の水玉模様からは到底想像も出来ない。

 

他のアートが基礎知識、基礎力(ハード、ソフトとも)が必要なのに対して、写真表現は写る、写したいと言うことであれば、装置を持てば何がしかの形が可視化されてしまう。

その方法やテクニックまでもが装置の開発・発展にともないとても身近なものに成っている。

「何のために」レンズを向け、シャッターを切っているのかが気薄になっているように思えてならない。

 

マーケットを意識する姿勢も写真は他のアートと多少異なっているのではないかと思われる。

芸術も中世からスポンサーを見つけるのに多大な努力をしてきたことは歴史書から読み取れる。

ダ・ ヴィンチやミケランジェロでもしかりである。

教会であったり王室、貴族であったりとした。

説得するだけの力(ソフト、ハード)と努力をおしまなかった。

その努力、研鑽の物語は書物や映画などでも伺え知ることが出来る。

ましてや、美術館で実物を見たときの凄まじし表現力に私たちは圧倒される。

 

芸術がフランス革命後、市民に開放されてからは市場メカニズムがより鮮明になるのだが、先人の芸術表現の自身の中にあったように思えてならない。

1839年、写真の起源と言われている。

写真表現は当初より価値は市場メカニズムとともに発達してきたのではないかと思っている。

市場が求めるもの。

市場の要求。

装置の開発、発達と他者に委ねてきたのではないかと思われる。

 

だからこそ、自身の内なるところに「なぜ、レンズを向け、シャッターを切る」のかと言う、自身の意識付けが必要に思えてならない。

長くなりましたので続きはどこかで・・・。

 

※作家在廊日

12月・12日・13日・14日・15日・19日・20日・21日・22日です。

13時から19時まで在廊されます。

 

■10年前より冬青社、ギャラリー冬青、高橋国博の年賀状はとり止めをさせて戴いております。

 皆様におかれましても、冬青社・ギャラリー冬青・高橋国博宛ての年賀状はご無用と存じます。

 ブログの上で大変恐縮でございますが、何卒宜しくお願い申し上げます。 

 

●下記、コマーシャルは冬青社、ギャラリー冬青、高橋国博のブログとは全く関係がございません。

 


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