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2018年12月5日 新進気鋭作家について考えさせられること・・・。

今週の月曜日、東京都写真美術館で始った「日本の新進気鋭作家 vol15」のオープニングに行った。

私はこの「日本の新進気鋭作家」展には出来る限り、無理して時間を作り出しても観に行くように心がけている。

 

その理由は幾つか挙げられるのだが・・・。

京都造形芸術大學(非常勤講師)の教壇にたったり、札幌のワークショプに呼ばれたり、帯広で始るワークショプ、その他のワークショプに呼ばれたり、ギャラリーを運営したり、出版をしたりとして写真に関わる仕事をしている関係上、新たな刺激が必要だから。

刺激が欲しいからだ・・・。

 

作品が良いとか、作品として成立していないかとはは全く、別の時限で今、若い人達の中でなにが起っているのかを学ぶというより、知りたいために・・・。

体感したいために観る必要があると思ってます。

 

観に行って思うことは「写す」「可視化」するということだけに拘り、「写す」「可視化」するという間の大切な、プロセスが全く欠如していることに作品を観せて戴くという行為がとても薄らぐ。

制作過程のプロセスが全く欠如し「写す」「可視化」だけの行為は、残念ながらとてつもない早さで広がりを見せている。

闇雲にテクニカルなことだけに拘り、あたかも新しい作品であるかのように感じられるのは高橋だけなのだろうか。

 

近年4,5年前位まえから勢いを増してきた、動画とのコラボの写真展。

私の頭も心も悩ませている。

写真とはなにか・・・。

動画とはなにか・・・。

「シャッターチャンス」や「フレームワーク」、「決定的瞬間」などなど死語に近くなっているのではないかと思われる。

会場で作家のお一人に動画とコラボをする意味をお聞きした。

眼を丸くされ私の質問の意味が理解出来なかったのか、答えは「こうしたかったからです」とだけ。

なぜ、「こうしたかったからです」とさらにお聞きした。

うー!!。とだけ。

楽しんで下さいと、いわれてしまった。

楽しめないからお聞きしているのにと少々、腹ただしくも思ったが次の質問はやめた。

いやしくも、ここは東京都写真美術館だぞ!!と、問いかけたくなったがやめました。

 

帰り道、「写す」「可視化」するという行為だけなのだから、可視化されるまでのプロセスがないのだから、説明は無理なのだろうと、私は私自身を慰めながら家路についた。

キュレターにも責任が大きいと思う。

どこが、この作品に対して、制作行為にたいして「新進気鋭」なのか全く語られていない。

作品をとうして未来像も全く語られていない。

ただ今、流行(はやり)の展示としか思えなかった。

 

続きは明日書きます。

 

※作家在廊日

12月12日・13日・14日・15日・19日・20日・21日・22日です。

13時から19時まで在廊されます。

 

■10年前より冬青社、ギャラリー冬青、高橋国博の年賀状はとり止めをさせて戴いております。

 皆様におかれましても、冬青社・ギャラリー冬青・高橋国博宛ての年賀状はご無用と存じます。

 ブログの上で大変恐縮でございますが、何卒宜しくお願い申し上げます。 

 

●下記、コマーシャルは冬青社、ギャラリー冬青、高橋国博のブログとは全く関係がございま

 


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