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2018年12月7日 鉄は金になれない、金もまた鉄になることは出来ない。

繰り返す様ですが東京都写真美術館「日本の新進作家」展・・・。

若き写真を志すものは山の頂をめざし日々努力されていると思う。

その選ばれし一部の新進作家が「日本の新進作家」展として東京都写真美術館で展示される。

 

鉱物資源でいえば希少性の高い「金」ということになる。

だれしもが自身の作品は「金」の様に輝きを持ち価値ある作品と願う。

キュレーターや批評家、評論家、指導者もまた山の頂点をめざし導きたい、導こうとする。

また、求めている。

 

実はそこには大きな落とし穴があるのではないかと以前より思っている。

私は多少違うのではないかと日頃から思っている。

全員が鉱物資源の希少性の高い「金」をめざし金色になってしまえば、個性はどこに見出せばよいのかと問いたくなる。

 

高橋ごとで恐縮ですが・・・。

京都造形芸術大學(非常勤講師)「写真批評」の授業を担当させて戴いている。

最後に約60分間位のクレッションタイムを儲けている。

質問はなんでもあり。

どんな質問が飛び出してくるか解らない。

とても、緊張する約60分間。

その「Q」対して躊躇なく「A」を求められる。

生徒と高橋の緊張の中のディスカッション。

 

2.3年前位になると思う。

ある生徒さんがが高橋先生、私の作品は点数でいえば何点位で、どの辺の地位にありますかとの問いであった。

え、と思った。

え、え、

え、え、え、と考えている暇などない。

 

そこで思わず飛び出したのが・・・。

「鉄」はどんなに火入れをし叩いても「金」にはなれない。

しかし「鉄」は鍛錬すれば、あの美しい日本刀になれる。

世界に冠たる美出品として輝きをもって受け入れられている。

「金」はどんなに鍛錬しようと日本刀にはなれない。

 

また「鉄」はどんなに鍛錬しょうと「金」にはなることは出来ない。

「金」は「金」として輝きをもち工芸品や美術品になり、また希少性で高価な価値で国境を超えて存在している。

「鉄」には「鉄」として存在価値があり、「金」は「金」として存在価値があるのではないでしょうか。

と、お答えをしたことを覚えている。

 

生徒さんに向かい、作品の評価ではなく、貴方自身が先ずは「鉄」の輝きを目指しているのか「金」の輝きを目的としているのか、自身の存在価値、理由を見出すことが大切なのではないかと、お答えたことを思い出した。

自身が「鉄」なのか。

自身が「金」なのか。

それはどちらでも良いこと。

「鉄」であろうと「金」であろうと輝く表現には変わりはない。

遜色がないがないそれぞれに輝き、魅力。

「鉄」も「金」も両者の役割りが必要であり、それぞれの存在理由があると考えます。

それが個性ではなかろうかと思う。

一つの物指しで価値感を問うのは間違いだと思う。

 

「日本の新進作家」展も新しきものを選びだす展示なく、真に存在価値があるものを見出すことが大切に思えてならない。

特にここ数年の「日本の新進作家」展を見て高橋が思うことです。

 

※作家在廊日

12月12日・13日・14日・15日・19日・20日・21日・22日です。

13時から19時まで在廊されます。

 

■10年前より冬青社、ギャラリー冬青、高橋国博の年賀状はとり止めをさせて戴いております。

 皆様におかれましても、冬青社・ギャラリー冬青・高橋国博宛ての年賀状はご無用と存じます。

 ブログの上で大変恐縮でございますが、何卒宜しくお願い申し上げます。 

 

●下記、コマーシャルは冬青社、ギャラリー冬青、高橋国博のブログとは全く関係がございません。

 

 

 

 

 


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