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2019年4月23日 戻ってまいりました。

4月13日から中野区にある、東京警察病院入院し、ガンの摘出手術を15日に受け20日の日に無事、我が家へ戻りました。

手術後の経緯は順調です。

 

入院する日が近づくにつれ緊張度は高まるばかり・・・。

とうとう13日を向かえた・・・。

13日、午前9時30分より入院のための所持品のチェクと手術の段取りの説明を12時近くまで受け個室に案内され、ロッカーの整理をしている最中に昼食が出て来て食べ終わり、諸々の書類のサインを終えたのが14時位・・・。

1人個室で何となく過ごしていた。

14日は何もすることがなく病院食とラウンジで指定されたドリンクを飲んで過ごした。

 

ガンの疑ありと、今年1月の末位に聞かされるいたのだが10日カ間程、連続で休める日程が取れなかった。

医師からは何度か「高橋」さん自身の身体なんだから、仕事などなんとかならないのですかと入院を進められいたが、そうもいかず・・・。

幾つかの仕事を先延ばしやキャンセルをさせて戴き、要約4月13日からの入院の日程がとれた。

15日と手術の日が決まり、手術日に近づくにつれ緊張の度合いは高まり、自分自身ではなにも出来ないのに・・・。

医師に託するしか致し方ないのに・・・。

それが解っているのに・・・。

それを理解している積もりなのに・・・。

何故か緊張の糸はほぐれずにモンモンとした日々を過ごしていた。

 

入院の次の日は(14日)、何もすることがなく、持ち込んでいた数冊の本を読もうとしたが集中できず、同じ個所を何度も読み返しをするありさま。

看護師の方から高橋さん、全身麻酔で手術を致しますので緊張はされなくて結構ですと言われ「はい!!」と返事はするももの、緊張の糸はほぐれることはなかった・・・。

喉が乾きラウンジに何度も水を買いに行った。

手術時間は2時間を超えたが(30分間ぐらい長く掛かった)無事、腫瘍は取り除かれたとのこと。

 

今年始めにガンの疑いが濃厚と告げられ、自身の人生を顧みる日が多くなった。

特にお世話になった方々の顔が走馬灯の様に繰り返し現れては消え、消えては現れと繰り返していた。

人生も振り返っていた。

本当に私の人生には人には恵まれて来た時間の方が遥かに長い。

 

無論、嫌なことや辛いことは沢山あった、その中には別れた友人や知人もいたことも事実。

嫌なこと、辛いこと、別れた友人、別れた知人の責任の大半、全てと言っても良いかもしれない。

自分自身に責任があったことに多少は気が付いていたが、より鮮明となった。

今はとても恵まれた環境にいると思う、日々感じる。

とても恵まれた方々の中にいせさていることを実感させて戴いている。

 

13日は寒い日で、長袖のシャツ、厚手のセーターにジャンパー姿で病院に向かった。

7日間がたち(20日)病院を出ると日差しがまぶしく、草木には華が咲き、新緑芽の吹き出し春爛漫。

10日間振りに出社すれば、冬青社のケヤキの木にも例年よりはやく青葉が出始めていた。

この青葉のように人様のために、多少なりとも意識してこれからの時間を過ごしたいと思う。

 

過ごさねばならないと思う。

 

●下記、コマーシャルは冬青社、ギャラリー冬青、高橋国博のブログとは全く関係がございません。

 

 

 


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