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2020年6月24日 不完全だから面白い・・・。

「完全なものはない、不完全だから努力する。」

と、昔お聞きしたことを思い出します。

奈良・東大寺の清水公照官長に(しみずこうしょう)、第208世東大寺別当、華厳宗官長の役職を終えられて、東大寺の裏手にある茅葺きの質素な、ご自宅にお住まいのころ、お伺いをさせて戴いたことがある。

もう、約40年前ぐらいの話。

「東大寺金堂・昭和大修理」の話を個人的にお聞きしたいと思い・・・。

緊張をしている私を見かねて私を伴い、ご自宅の庭に蓮池がありタニシを網ですくい取り、私に馳走をして下さったことを思い出します。

確か塩味だったことを覚えている。

「エスカルゴ」が苦手な私だがそれ以来、勧められれば喜んで食べるようにしている。

昼食どきだと記憶している。

その後にもう一度、お会いさせて戴いた・・・。

冬青社を立ち上げたときに・・・。

清水公照官長がいなければ昭和の大修理は完成を見なかったと言われている。

1999年に他界された。

 

この世の中に完全なものはないはず・・・。

言い換えれば。人は不完全だから面白いとも言える。

人は不完全だから努力する。

その努力のプロセス面白いはず・・・。

努力する人は強い。

他の人から貴方は「完全な人ですか」と訪ねられれば、はい完全とはなかなか言いづらいが、しかし自身の何処が不完全なのかと日常的に考えてはいないことも事実。

 

特に表現者はソフト(人間的に)・ハード(技術・方法論)ともに自身の不完全なことを意識し、具体的に把握、理解していることが大切に思えてならない。

 

昔から、完全なものは「魔」がさすと言われ嫌われてきた。

例えば、日光東照宮の陽明門。

陽明門(国宝)は508体の彫刻からなりなっているそうです。

その本体の陽明門を支える12本の柱があります。

12本の柱は「グリ紋」と呼ばれ渦巻き文様が彫れています。

内側の右から2本目の1本だけが「グリ紋」(下向き)逆になっています。

「魔除けの逆柱」(さかさばしら)と呼ばれています。

陽明門の完璧さを嫌い、災難から建物や人々を救い守るため意識的に柱を模様を逆にしたと言われている柱です。

完璧さから逃れるためです。

 

と、言う具合です。

完全であることに拘らず、不完全であることを喜びとし努力する手段、時間を見つけることが大切に思えてなりません。

人は不思議なもので、意識しなければついつい自身が中心であるがごとき動き、考えに陥ってしまいがちです。

自分が何ものであるかを意識することが大切に思えてならない。

 

「完全なものはない、不完全だから努力する。」

芸術は写真も含めて常に切磋琢磨しながら、もっと世俗的なことで言えば「ヤキモチ」を焼きながら努力して来たことが、アートシーンから伺い知ることが出来ます。

何時の時代も変わらずに・・・。

表現者自らだけに化せられた問題だけではなく、それを取り巻く評論家・批評家・ギャラリスト・編集者・キュレーターなどなど、自身の不完全さを、反復運動を繰り返すごとく、日常的に意識していることが大切に思えてなりません。

 

「完全なものはない、不完全だから努力する。」

 

※お知らせ。

・作家在廊日=6月26日(15時より)・27日(土曜日)13時より。

・6月26日19時よりクロージングパーティーを予定しおりましたが、中止とさせて戴きます。

 

下記、コマーシャルは冬青社、ギャラリー冬青、高橋国博のブログとは全く関係がございません。

 

 

 

 

 


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