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2020年7月9日 アートの真実性・・・。

洋服には裏地と表地があるように、人の生き方も表裏があることを理解しながら、生きることが大切に思えてならない。

人は誰しも正しく、真面目に、清く生きたいと思い願っているが油断をしてしまうと、つい知らず知らずの内に裏地を出てしまうことになってしまう。

最悪なのは裏地であることを理解せずに、気づかずにいることだと思われる。

多くの人は誰しも正しく、真面目に、清く生きたいると思っているのだが、果たして本当にそうだと言い切れるのか、疑問が残る。

 

写真表現は装置と言う、ややこしい物を使うざるを得ないため、個性を歪めた表現に浸り陥る危険性を他のアートよりも多く、その危険にさらされていると考えられる。

写真表現の真実とは何か・・・。

写真は真実を伝えるべきなのか・・・。

写真は真実を伝えられるのか・・・。

この疑問は写真表現を志すものとして命題としてつきまとう。

 

この事は可視化されたものに判断を委ねるのではなく、表現者の写し手としての心の内、姿勢の問題が大きく関わって来ると思われる。

例を挙げれば、話は横に多少ずれるが特に戦争中、プロパガンダに写真は使われ、あたかも真実のごとく私たちを誘導した。

ここで問題なのは写し手の問題ではなく、プロパガンダの写真として使用した事に問題の重要性に置くべきである。

即ち使用者側の問題である。

その真実を見とうせなかった私たちの問題でもあると思う。

デジタルカメラが進化している現在に置いてフェーク的写真が氾濫している。

賞金30万円の忍野八海写真コンテストでの、富士山の頂上に月が輝く写真がグランプリを取り物議を読んだ。

2019年のその月、その日はお月さまはその位置には出ないことが審査の後で解った。

このコンテストでは毎年、合成写真は不可とされてきた。

 

プロパガンダと言う言葉にはあまり良き響きには聞こえないが・・・。

芸術はもともとプロパガンダ的な要素を強く持ち、プロパガンダに成功したものだけが生き残れると言っても過言ではないかも知れない。

ここで問題なのは可視化されたもの対して発信、発表するときの姿勢の問題。

表現者の写し手の意図である。

表現者、写し手の意志である。

 

洋服には裏地と表地がある」ことを良く理解した上で、表現者は真実を追い求めて行かねばならない。

方法論なんて関係無い。

方法論なんて何でも良い。

・・・。・・・。・・・。

表現者は真実の追及を止めてしまえば全てが終わる。

芸術は真実の追究だと思う。

真実の追及なくば芸術はあり得ない。

 

真実は可視化された作品には必ず現れると信じます。

 

※大山葉子写真展「空想の樹花」作家在廊日

 7月10日(金、12時30分〜19時)11日(土)・17日(金)・18日(土)・22日(水)・25日(土)=(11時〜19時)

 

下記、コマーシャルは冬青社、ギャラリー冬青、高橋国博のブログとは全く関係がございません。

 


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