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2020年9月9日 絵画は真実、写真は事実

先日、4KTVで美術館巡りの番組を観ていた。

説明役の解説者が印象派の絵画の前で立ち止まり、ある風景画を観て作家は人々の配置や向き、人数、木々などの大きさや色合いまでもイメージを脹らまし描いていると説明。

実写の風景とは異なりますと説明した上で・・・。

最後に絵画は真実を伝え、写真は事実を伝える手段だと説明をしていた。

 

おやおや、おやおや!!。と思った。

解説者は絵画の作家は被写体を観て、自身の魂や想いをイメージ化しキャンバスに描く。

キャンバスに描かれた作品は作家の想いであり、真実そのものだと説明をしていた。

それに対して写真は装置を使用し事実を、事実として写し撮られるのが写真だと・・・。

実写が写真だと・・・。

 

では写真は真実を写し得ないのか、真実を伝えられないのかと瞬時に思った。

写真は真実を表現、可視化されないのかと俄に思った。

写真は事実の証だけなのと・・・。

多少、怒りを込めて最後まで観てしまった。

 

確かに写真表現者はシャッターを切る寸前、ファインダーを除いる時、事実の被写体そのものと向き合っている。

実写する被写体と向き合っていることは間違い無いが・・・。

だからだと言って被写体をコピーしている訳ではない。

実写している訳ではない。

被写体から感じたものを、ことを、可視化致そうと常に試みている。

被写体からのテレパシーを感じなければシャッターは押せない。

テレパシーを感じ自身のイマジネーションを脹らまし、確認しシャッターが押せる。

装置が実写する訳ではない。

可視化されたものは確かに事実かも知れない、しかしそこに含まれている、潜んでいる何かを、観る私たちは感じ取ろうとしている。

観る側の私たちは、写真表現者の真相、心理、正に真実を求めようとしている。

 

TVを観ながらこの解説者は、なんと無責任な解説をしているのだろうと思った。

写真は「写」「真」と書く様に真実を伝えるのが「写真」そのものだ!!。

アート界での写真表現の理解度の低さに悩まされている。

写真専門のコマーシャルギャラリーの低さ、少なさに現れている。

中でも写真専門のプライマリーギャラリーの少なさには残念に思う。

 

怒りを込めて最後まで観てしまった。

 

●明日10日・11日は竹谷出写真集「影泥棒」の印刷立ち会いのためブログはお休みさせて戴きます。

発行者としての最後の写真作品集となりました。

色々に想いが日に日に募っています。

多少興奮気味であります。

後は一編集者としてどのような関わりを持てば良いのか正直、未知数であります。

明日、凸版印刷・川口工場、全力を尽くして参ります。

 

●作家在廊日=9月9・18・25・26日の13時〜19時(確定日)

 (ほぼ毎日在廊されます。)

 

●下記、コマーシャルは冬青社、ギャラリー冬青、高橋国博のブログとは全く関係がございません。

 


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