2018年9月26日 キッチュは芸術の範疇なのか・・・。

「キッチュ」とは一言でいうば「キワモノ、イカモノ、通欲物、粗悪品」などなどと言うことになってしまうのだが・・・。

「キッチュ」はガラクタではないと唱え続けたのは石子順造氏だが、何か私には未だに釈然としないまま今日を向かえている。

「ガラクタ百科」の書物をみると全てがガラクタではないことが理解出来る。

 

恐らく、私が考えるには石子順造氏は「キッチュ」と言う言葉があり、「キッチュ」と言う言葉付け、言葉に意味をもたすために「キッチュ」はガラクタではないと唱え続けたのではないかと思ってます。

石子順造氏は1960年代後半から他界するまで、芸術のオルタナティブ・カルトカルチャーとして「キッチュ」について語り続けていますが・・・。

 

様々な分野で「芸術」として表現すれば、なにか世の中に受け入れられらしく、その風潮が蔓延していると思います。

「キッチュ」文化を素直に「日常品」「趣味」「楽しみ」の範囲と理解する方がよいのではないでしょうか。

私たちの日々の生活、「日常品」「趣味」「楽しみ」を「キッチュ」文化に芸術性を持ち込むことに異論が私にはあります。

 

茶の湯にでも「おけいこ茶碗」「と「おもてなし茶碗」があるように日常性と芸術性は相馴染まないものではないでしょうか。

私が多少お茶を学んでいたころ、私の師匠は高橋さん「おけいこ茶碗」も10年も20年も使っていると愛着がわき、それなりの風格が出で参いります。

それは皆様かいっぷく、いっぷくお飲み戴いている内に、始めは「おけいこ茶碗」であっても風格が出でまいります。

皆様が育てあげて戴いたのですね。

とても私はこの器を大切に致しておりますと。

でも正式な「茶の会」にはだせませんと私に話して下さった。

 

一見フラットに見える現代アート。その現代アートの父と言われているマイケル・デュシャン「泉」(男子用小便器に「リチャード・マット (R. Mutt)」という署名をした作品が有名だかデュシャンはデュシャンなにり様々な経験、苦悩、格闘の末に生まれた作品である。

つい最近話題なになったZOZOTOWNの前澤友作氏が購入したバスキア(落札金額124 億円)、バスキアは初期は路上アーチストと言われ、路上で落書きもどきのことをしていたことは確かだ。

でも、バスキアには確かな技術があり表現力を持っている

バスキアの作品にはオーラを感じる。

オーラばかりではなく貴賓さえ感じ取れる。

 

アートとは芸術とは作家が苦悩の末に、だとり着きたい、たどり着ける領域のことだと思う。

「日常品」「趣味」「楽しみ」で制作したものまで他者が、本人が芸術と叫ぶことにとても違和感を感じる。

私たちの日常生活にはとても欠かせないことだけは皆衆知している。

 

「キッチュ」という言葉に意味を持たせ、そこに芸術性を求めるのは如何なものかと思う。

「キッチュ」と「芸術」とはハッキリと分離するものだと思う。

「キッチュ」文化に芸術性を求め与えることは愚かな行為だと思う。

「芸術」とはそんなに生易しいものではない。

「芸術」は制作過程から、制作意図が込められ(制作以前からかも知れない)強い意志と共に作品化されると考えます。

全てのものが芸術作品ではないことだけは確かだと思う。

真の意味の「キッチュ」を理解すべきだと思います。

 

昨日、「キッチュ」について芸術が否かについて多少、興奮気味にやりとりがあり今日のブログとなりました。

 

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2018年9月25日 編集者の役目は・・・。

最近とみに編集者とは何ものぞと考えることが多くなった。

美しい写真集を作りたいと、高橋は高橋なりに努力をして来たと思う。

また、多くの読者の方々からや、写真家の方々には冬青社の写真集は美しいとそれなりの評価を戴いている。

 

しかしそれも、凸版印刷の営業・進行担当の猪野直貴さんや、AD担当の杉山幸次さんがいなければ、到底到達することが出来ない。

AD担当の杉山幸次さんは定年を2度まで延長をして戴き、冬青社の写真作品集と向き合って戴いている。

どんなに大変な作業であっても、何時も平然とした顔で、いとも簡単に出来るかのように「ハイ」解りましたと・・・。

職人の中の職人技としか言いようがない。

 

営業・進行担当の猪野さんも同様、約束をした事項、スケジュールなどなど未だかって遅れたことは一度もない。

時として、休みの日の土曜日、日曜日であっても自身の車で走り回り届けて下さる。

印刷のこと、印刷現場のことについて造詣がとても深い。

営業職人の中の営業職人技としか言いようがない。

 

デザイナーの白岩砂紀さん程、作家に編集者に寄り添って戴くデザイナーの方とはいないと申し上げて過言ではないと思う。

一冊、一冊毎にお互いの信頼度は増していると思う。

翻訳者の川田尚人さんも細部まで日本語を読み解き、時としては日本語の間違え(編集者の責任、担当)を伝えて下さる。

 

以上のようなチーム、チームワークで作家の方々の作品と向き合いながら進めさせて戴いている・・・。

ボキャクボラリーの少ない高橋には感謝のことばが見つからない。

 

編集者としての高橋はと問われると正直、とても困惑してしまう。

ただただ、ひたすら作家の方々に寄り添うしかない。

作家の方々の一言、一言を聞き逃さず、心身に焼き込んでいくしかない。

作家の方々の作品、表層化された0.1ミクロンにも満たない作品の中に埋め込まれた「魂」を教えて戴くことしか努力の方法はない。

編集者はコンダクターではないかと思う。

作家の方々の楽譜をチームで如何にして奏でることが出来るかにかかっている。

チーム、チームワークがとても必要。

コンダクターは表層化された0.1ミクロンにも満たない作品の中から作家の「魂・メッセージ」を読み取ることを最大限に求められる。

 

江成常夫写真作品集「After the TSUNAMI」(仮題)を担当させて戴き、改めて編集者とは何ものぞやと自身を検証させて戴いている。

 

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2018年9月20日 アートの輪を広げよう・・・。

私がギャラリー冬青を立ち上げたとき、ツアイト・フォト・サロン の故石原悦郎さんがとても親切にして下さった。

ご夫妻して。

奥様が高円寺でギャラリーを経営しておられたこともあって。

石原さんは高橋君、ギャラリーはギャラリーとしてだけでは成り立たないよと・・・。

又、作家は作家としてだけでは成り立たないがねとも・・・。

コレクターもコレクターだけでは本当のコレクションは出来ないだねと・・・。

 

「コレクターは作家とギャラリーを育てる」

「作家はコレクターとギャラリーを育てる」

「ギャラリーはコレクターと作家を育てる」

この三角関係が大切なんだと、繰り返し教えて戴いたことを思い出す。

 

私が以前いた出版社で池田満寿夫さんの連載をしていた。

確か「エーゲ海に捧ぐ」で第77回芥川賞を受賞されたとき、「美の王国の入り口」という連載の副担当をしたいた。

池田満寿夫さんが何故か編集長ではなく、直接に私に、高橋さんこれ買っとくと良いことが起きるよと「銅板画のおしりシリーズ」の1点を買わされた。

と言っても良いかも知れない。

 

私の月給の1ヶ月分程したと思う。

清水の舞台から飛び降りる気合いで2点求めさせて戴いた。

なぜ2点なのか良く覚えていないが気にいった作品があったのか、なかったのか定かではないが勢いで求めたのかも知れない。

これが私のコレクションの始まりである。

 

作品は出合ったときがファーストラブど思う、大切にしている。

お互いの心と心が引き合い、導かれることを私は大切にしている。

多少、小さなスポンサー的要素もあることは確かだ。

特にギャラリーを立ち上げてこの気持は増していることだけは間違いない。

 

小さな1人ひとりの作家への思い、ギャラリーへの思いが大きな華がアート全体に咲くと信じている。

「ニワトリが先か卵が先か」ではなく、コレクターはコレクターの立場として作品を求め、作家は作家の立場で素晴らしい表現をする。ギャラリーはギャラリーの立場を明確なメッセージを伝えることが大切に思えてならない。

 

立場、立場での小さな思い、小さな行為がアートの輪を広げていくと信じます。

 

自身の審美眼を養うには作品を求めてみることがとても早道に思える。

失敗を恐れずに。

私も正直に言うと多くの失敗を繰り返している。

 

+小コレクターの道は諦めない。

自分自身のために。

 

近々、小コレクターの懇談会を開催しょうと思っている。

 

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2018年10月19日 ZOZOTOWNの前澤友作氏に思うこと・・・。

前澤友作氏は昨日、アーチストを連れて「月」への旅をされるとのこと。

昨日からこの話題が沸騰している。

前澤友作氏にとって「月」はあごがれの場所でありアイディアの源だと語っていた。

とても素晴らしい。

 

前澤友作氏の哲学の一つに「お金は使うこと」とてもうなずける話である。

お金は使えば、循環してまたお金が入るとのこと。

その循環の途中で人や環境、ものなどなど新たな出合いが始り自身を成長させてくれるとのこと・・・。

その成長が新たな富を生み出すとのこと・・・。

らしい・・・。

とても説得力がある話。

 

私は3年前ニューヨークにあるグッゲンハイム美術館に観に行ったことがある。

ガッカリしたことが2つあつたことを思い出す。

1.美術館としての構造が観る側にとても不親切。

2.展示作品が一流作家の二流作品だと思ったこと。

展示作品のどの作品からも感動をもらえなかった。

作品からのオーラを感じなかったこと。

 

前澤氏はアートのコレクションでも有名で皆衆知のとおりです。

前澤氏のコレクションは一流作家の一流の作品をコレクションされている。

とても素晴らしいコレクションだと素直に賛美を送りたい。

前澤氏には失礼だが、到底ご自身の審美眼だけとは思えない・・・。

とても素晴らしいアドバイザーやキュレターが付いておられるのではと思う。

それは大切なことだと思う。

それにしても素晴らしいコレクション。

現代アートの美術館も計画中とのこと・・・。

 

前澤氏の行動や発言をTVやニュースで知り、羨ましさや憧れを通り過ぎて、日本の美術界のために頑張って下さいと応援をする外ない。

それにしても、「お金の使い方」の一部を新人、若手のアーティストのために使ってくれないかと思う。

前澤氏にお会い出来るチャンスもないが、お会い出来ればご自身の審美眼で発掘をし新人、若手のアーティストのために作品をコレクションして欲しいと・・・。

発掘する喜びを体験、体感して欲しいと思う。

 

この現象はなにも前澤氏だけの問題ではなく日本の企業、美術館はみな安定、安心を求めて一流作家の作品を購入している。

とても残念に思う。

それも酷い時には二流、三流の作品が展示してあることがある。

とても、とても悲しくなります。

 

新人、若手作家の方々が苦境の中どれほど努力しているのか、身近にいる高橋ですら知りうる。

小コレクターの高橋も含めて、小コレクターとしての役割りを果たして行かねばならないのかと思わざるを得ない。

 

私は地道ながらクレジットをもう一つ増やすことにした。

写真編集者・コマーシャルギャラリーとしてのキュレターは今まで通り。

+小コレクター。将来性のある方々の作品をコレクションしていきます。

 

新人、若手、将来性のある作家を支えられるのは、私たち市民レベルなのかも知れない。

 

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2018年9月18日 アートはユートピアなのか・・・。

大野佐紀子さんは1959年生まれで彫刻家。

東京藝術大学卒業後、1998年〜2002年まで創作活動をされ、その後芸術家を廃業された持ち主。

自身の体験に基づき、渦中にいたアートの世界を反省的に前向きに数冊の著書を出版されている。

 

大野さんは作家活動をしているうちに、「アートというユートピア」に疑問を抱き、自らその根拠はどこにあったのかという反省をもとに「アートティスト症候群」(書籍)の中に、今日的アートと評するアートをとても憂い、否定的に前向きに書かれている。

自身が一時、彫刻家としての芸術家であり芸術家としてのあり方、表現の難しさを身を以て体験されて故の書物だと思う。

社会的に、環境的に、経済的に・・・。

 

無論、私は大野さんに一度もお会いしたことはない。

大野さんは今日ほど「アートは底の抜けた器」はないと評し、中途半端なアートをとても憂いている。

高橋が大野さんの言葉から読み取ると・・・。・・・。・・・。

アートには芸術家自身の中に哲学、文学、人類学、歴史学などなど、様々な要素のもとに最終形として表層化されるものと思われる。

芸術は古代から様々な社会的、宗教的、経済的要素で翻弄されてきた。

ルネッサン美術の誕生も宗教、経済学と大きく関わり生まれてきた。

(またの機会に・・・)

 

アートに近づきたいというイデオロギーが充満している中、「分かる人に分かればいい」という託宣が撤布され、分からないと思う人をアートから遠ざけてきたように思えてならない。

そればかりではなく「芸術信仰」の虚構のもとアートティスト予備軍を、次から次へと誕生させて来た教育機関の責任の重さは重大だと思う。

果たして、次から次へと生まれてくるアートの現況を考えるとき、アートシーンに残るものはと考えざるを得ません・・・。

大野佐紀子さんの書物を読みまだまだ書き足りません。

これ以上書くと高橋国博自身を自身で問いつめなくてはならないことになりかねません。

現況のアート界を見渡して見て、大野さんの言葉の一言、一言が胸に刺さります。

高橋自身が編集者であり、コマーシャルギャラリーのキュレーターであり、京都造形藝術大学の非常勤講師であったりと致すからです。

 

自身の置かれている立場、真なる内容を突き詰めなくてはと思いました。

 

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2018年9月12日 開放されないこの気持・・・。

明日13日・14日は小林恵写真作品集「フクシマノート」の印刷立ち会いが板橋にある凸版印刷二平工場で行われる。

作家の思いは汲み取れているのか・・・。

編集はこれで伝わるのか・・・

用紙の選択はこれで良かったのか・・・。

インクのブレンドはこれで間違いないのか・・・。

校正戻しは大丈夫か見落としはないのか・・・。

印刷立ち会いは順調に進むのか・・・。

やり残したことは本当に何かないのか・・・。

などなど・・・。・・・。

 

毎回、毎回、同じ事を考えてしまう。

印刷立ち会いの日が近づけば思いは、考えは増幅される。

AD担当の杉山幸次さん、進行・営業担当の猪野直貴さんとチームを組んでもう10年を過ぎる。

素晴らしいな印刷版を杉山さんには毎回作って戴いている。

印刷の進行に当たっては猪野さんが絶妙にコントロールをして下さっている。

それなのに毎回、初校校正を凸版印刷さんへ戻した後に訪れるこの恐縮感にも似たこの時間帯、感覚から逃げられない。

睡眠時間が極端に少なくなる。

そんなとき、AD担当の杉山幸次さんが、進行・営業担当の猪野直貴さんが付いていて下さっているのだからと・・・。

そうして、デザイナーの白岩砂紀さんも付いていて下さっているのだからと言い聞かせる。

 

この時期、いつも訪れる写真作品集作りは今回で終わりにしたいとの思いが毎回蘇って来る。

しかし、神様はなぜかそんな高橋の思いを許しては下さらない。

現在、進行中の写真作品集が2冊、準備中の写真作品集1冊。

責任を持たなくてはと高橋の気持を降りたたせてくれるが・・・。・・・。・・・。

 

前を向き一歩、一歩、ただ、ただ歩んで行くしかない。

努力、研磨していくしか高橋の心を開放は出来ないことぐらい分かってはいる積もりだが、このプレッシャーからは逃れることは出来ない。

 

娘からも言われる。

そんなに辛いのなら止めてしまえばと・・・。

親子喧嘩の始まり・・・。

印刷立ち会いの日が近づけば娘の口数も少なくなる。

印刷立ち会いが終わったあと娘は、毎回同じことを聞く。

 

お疲れさま、今回はどうでしたかと・・・。

作家の方やデザイナー、オペレターの方々は喜んで下さったよと・・・。

一度もお会いしてないのに、杉山さんは、猪野さんはと訪ねられるときがある。

ウンー、納得されたよ・・・。

良かったですね・・・。

また、続けるのてじょう・・・。

ウンー!!。

2日目の印刷立ち会いが終わった夕食には大缶のビールが置かれている。

大半は娘が飲むのだが。

 

印刷立ち会い当日、なにが起るか分からない。

印刷機の中に神様が宿っているのではないかと本当に思う。

良く行く日も、旨く行かない日も・・・。

 

世界で一番美しい写真作品集をと目指していると豪語しながら、この意気地なし自信のなさには困った問題だ・・・。

プリントよりも豊かに、美しい写真作品集を目指していることだけは間違いない。

 

「写真作品集を芸術の花束として 世に送りだす」高橋の変わらぬ気持。

 

いよいよ明日13日・14日と小林恵写真作品集「フクシマノート」の印刷立ち会いが行われる。

 

※明日13日・14日は小林恵写真作品集「フクシマノート」の印刷立ち会いのためブログはお休みさせて戴きます。

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2018年9月11日 偶然は偶然にしてあらず・・・。

昨日Mさんとメールを交換させて戴いた。

それを踏まえて思うこと・・・。

まだ読み終えてないがジュール・ルナール(1864〜1910)の「ルナールの日記」を読んでいたらこんな事が書かれていた。

ルナール自身恵まれた環境化で育つたのではない。

経済的にも才能的にも、若くして父親が病気を苦に猟銃自殺をする。

ルナール自身も46歳にして動脈硬のため他界する。

著作物は多く1907年にはアカデミー・ゴンクールの会員になる。

 

『「ルナールの日記」の一節にこのようなことが書かれていた。

「才能といふうやつは量の問題だ」

どうしたら「恵まれたまれな瞬間」は訪れるといっても、黙っていては永遠に訪れそうにもない。

リケルもそのことについては一言もいってはない。本当はそんなことはなかなか分かりにくいし、これからも分からないかもしれないけれど、これまで私たちはその答えを探してきた。

だが、まれな瞬間を導出する方法があるように思える。それはジュール・ルナールが日記に書いているものだ。

これも文章を書いていこうとする人のためのものだが、「一行の詩のためには」と同じように、何ごとにも量をこなすという実践が解決するかもしれないことを訴えたものである。

才能といふやつは量の問題だ。才能といふのは一頁書くことではない。三百頁書くことだ。小説といつたところで普通の頭脳をもった人間に考えつけないほどのものではないほどのものでもなく、どんなに文章が美しいにしても駆け出しの人間には書けないといふものでもない。残された問題は、ただペンをもちあげ、原稿用紙に向き合い、根気よくそれを塗りつぶして行く行為だけだ。早速、机に向ひ、汗を流す。そして、たうとうやり通す、インクの壷をからにし、紙を使ひ果たす。このことだけが、才能ある人間が、いつまでもやり出せない怠けものと違ふところなのだ。』 

岸田國士訳(原文のまま)

 

「ルナールの日記」を読みながら、森山大道さんが若者に向かって「撮ってますか、沢山撮りなさい」と語りかけている。

多少、内容、ニアンスは違えどもフット思い出した。

 

偶然は突如起きるものではなく、努力した者だけが与えられる、恵まれる瞬間の偶然だと最近、思っている。

実篤の言葉に「努力、努力、努力、そうして努力、努力した者だけが、チャンスに恵まれる」と語りかけている。

古今、東西を問わず同じことが語り、言い続けれている。

 

それは撮影の現場だったり、暗室作業中だったり、機器の不都合であったりなどなど、思いがけない事柄や偶然が自身の身に何が起ってくるか分からない。

予想すらしない偶然の出来事が、思いがけない作品へと繋がりを見せることを体験された方々も多いと思う。

私が印刷立ち会いの折、緊張はしているものの偶然に起きたことが旨く行き、それを発展してきたことも度々だ。

 

偶然のチャンスは偶然ににと起きうるものではないことは確かだと思う。

その偶然を偶然としてに終わらせずに、意識して自分のものにすることが大切に思えてならない。

偶然は努力した者だけに与えられるチャンスだと思う。

 

偶然は偶然にして起きうるものだけではないことは確か。

Mさんとメールを交換をさせて戴き、本日のブログになりました。

 

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2018年9月10日 フェイク写真に思うこと・・・。

フェイク写真には大別して二通りあると思っている。

自身がフェイク写真と認識して自身の想像の中、或は想像を脹らまして制作していく行為は認めるべきだと私は考えている

立派な写真表現だとも思っています。

ただし自身の作品をフェイク写真と認識していることが大前提です。

 

自身がフェイク写真と認識をせずに、現実の世界のことのように制作する行為は絶対に表現として受け入れるべきではないと考えます。

写真表現は昔から様々な形や方法で行われてきた。

私の好きな中山岩田の前衛的写真は世界的に高く評価されていることは衆知の通りだと思います。

中山は表現運動「新興写真」をリードし日本近代写真史のアートシーンにその足跡を残しています。

植田正治の印画紙をUの字に曲げてプリントをされた作品の話も有名です。

 

高橋はフェイク写真は想像写真、創作写真と理解しています。

片方、フェイク写真は人々を、観る人にあたかもあったように見せる表現です。

これら写真は害を及ぼすだけで何ら意味を持たないことを知るべきです。

直にフェイク写真だと分かる情報はまだ遊びとして許されるかもしれませんが、あたかもそこに事実があり、現実の世界があるかのように表現することは許されない行為です。

 

SNSやツィターなどで便利になったお陰で、私たちは様々な情報を直ちに観ることが出来ます。

フェイク写真の酷さには文化そのもの、社会そのものを破壊しかねません。

 

近くには21号台風や北海道地震の情報は一般の方々がSNSやツィターなどで、あげた情報がTVや新聞よりいち早く私たちに伝えられました。

私たちは現実を知ることが出来ました。

 

果たして写真家の役割りは終えたのでしょうか。

私はそうではないと考えます。

SNSやツィターなどで流された情報は単なる情報で、被災を受けられた方々の思い、国の行政の甘さ緩みなどまでは全く伝わってきません。

21号台風や北海道地震で日本人として何を考え、行動を起こすべきか顧みることが必要であることは、普通の日本人であれば解ることです。

考えることです。

 

厚さ0.1ミクロンにも満たない表層に現れた映像は単なる情報や記録のためにあるのではなく、その薄き0.1ミクロンにも満ない表層の表現のなかに写真家の魂と言葉(メッセージ)が隠されていると信じます。

だからこそ、写真家としての使命、約割り表現があると信じます。

高橋が言うフェイク写真の中にも様々な表現スタイルがあります。

中山岩田の前衛写真・新興写真もその一つかも知れません。

 

特に台風21号ではインスタグラマー気取りで、インスタグラム写真として自身の身の危険を探知することも知らずに、いち早くあげようと、流そうとして、大けがをした人が数多く出たとのことです。

これれは情報は自己満足型のつまらない情報です。

 

でも、SNSやツィターなどで流された情報は単なる情報でもあっても、そのお陰て一命を取り留められ方や対策をすることも出来たことも事実です。

 

大切なのは自身の情報が発信する側のmasturbationだけなのか、他の人のためなのか観る私たちはハッキリと取捨選択をするべきだと考えます。

 

記録のなかに写真家の魂と言葉(メッセージ)が隠されているのではないでしょうか。

観る私たちは写真家の0.1ミクロンにも満たない表層に現れている作品、その中に隠されている、写真家の魂と言葉(メッセージ)を読み取ることが求められているように思えてなりません。

 

写真表現は生きている。

呼吸していると思う。

 

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2018年9月7日 船尾修写真展「Beyond The Border」本日より。

船尾修写真展「Beyond The Border」本日より開催されます。

一昨日、大分県・国東半島から出て来て戴き展示をさせて戴いた。

船尾修さんは筑波大学を卒業されたのち出版社勤務後、フリーランスの写真家になられている。

 

世界中を旅をされ生死に関わる体験を幾度もされてこられている。

5000メートル〜6000メートル級の世界の山々を登山をされ、それらの山々のガイドを現在もされている。

今年も7人の高齢者(60歳〜70歳)の方々をネパールの4000メートルの所へまでポーター100人位を雇いガイドされている。

 

13年前位から大分県・国東半島の生活、習慣、文化、宗教、習わしなどお撮りたいと思いたち移住されている。

自ら半農、半写真家と語る船尾さん。

国東半島で肉、魚以外は全て自給自足。

家族4人と国東半島の中山山間にて無農薬で米作りをして暮らされている。

 

普段お会いするととても穏やかでものしずか。

そんなアクティブな方とはとても思えない。

感じられない。

様々なことに造詣が深く、いつかトークショーをして戴きたいと思っている。

一つの写真家のあり方を教えて戴けると思う。

 

今回の作品は船尾さんの30歳前後、世界を旅した作品。

世界中を旅をする中、様々な人々と出合い語りかけるのではなく、静かに観察をしている船尾さんが写っているように私は思う。

どくとくの観察眼というより「なにをどこから見ればよいのか」という研究者にも似た好奇心の視線で作品は構成されていると思う。

写真家としての船尾修さんの姿勢が一貫していることに気づく。

モノマネが大嫌いな写真家・船尾修さん。

人と同じことをすることが大嫌いな写真家・船尾修さん。

船尾さんの作品からは被写体との馴れ合いの作品はない、常に一定の微妙な距離感を保たれていることに気づくと思う。

 

この度ギャラリー冬青のため約25、26年前のコンタクトシートから選んで下さった。

随分と時間を費やされたとのこと。

でも、とても楽しい作業でしたと親切に高橋に言葉をかけて下さりチョットホットしている。

この度の作品は全てファーストプリントです。

好奇心と旅を楽しんでいる1人の人間としての興味を示し被写体に静かに見つめている船尾修さんがギャラリー冬青にいる。

写真機は小学生のときから父親から貰ったオリンパスのカメラで写真を撮られていたとのこと、昨日夕食をしなが始めて聞いた。

 

船尾修さんとのお付き合いは約13年間は過ぎると思う。

2006年に「カミサマホトケサマ」の出版の話を戴いてからになる。

この写真集「カミサマホトケサマ」には幾つもの話題には欠かせない話が沢山ある。

編集には随分と時間がかかった。

2、3年間は編集に時間を費やしたと思う。

出版は2008年9月。

編集の途中、大切なポジフィルムが紛失してしまったことなどなど・・・。

時間があればまた、ブログに書かせて戴きます。

 

※本日、9月7日(金曜日)19時より船尾修さん(大分・国東半島在住)のご出席を戴きオープニングパーティーをさせて戴きます。

是非、ご参加下さい。(会費無料)

 

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2018年9月6日 加藤芳明写真展「甦った湿板写真」展を見に・・・。

加藤芳明写真展「甦った湿板写真」展を見に、小田急線の本厚木駅近くの「アミューあつぎ、あつぎアートギャラリー4」いった。

加藤芳明さんとは20年を超えるお付き合いなる。

と、いってもここ7、8年間位はお会いしていなかった。

 

星野寿一さんの写真展を見に来て戴き、久しぶりにギャラリー冬青でお会いした。

以前は良く本厚木に通っていた。

3代続く宮大工の前場幸治さんにお会いするため。

 

冬青社が写真集に特化する前に前場幸治さんの単行本を5冊ほど出版させて戴いた。

月に一度は、多いときには月に3度ほど訪れていた。

帰りは、たいがい最終の各駅停車の電車が多かった。

急行でも新宿まで1時間はかかるのに、そば屋で焼酎を1本空けることが習わしとなって様々な話をお聞かせ戴いた。

その前場さんも他界されて7年になる。

 

久しぶりの本厚木。

駅前は多少変わったものの、前場さんと通った店はまだそのままに残っていた。

加藤芳明さんは本厚木の駅近くで写真館を経営されている。

多彩な趣味をお持ちで、特にあんどん、クラシックランプ(灯油ランプ)の大変な収集家。

 

加藤芳明写真展「甦った湿板写真」は技法、制作迄のプルセスは全く変わらないが、星野寿一さんの湿板写真は全く雰囲気が違う。

加藤芳明さんはライティングを駆使してのスタジオ撮影。

星野寿一さんは自然相手の野外での撮影。

 

それぞれに違ったテーストが味敢えて湿板写真の奥深さを改めて知り得た。

写真展の会場に下記の言葉が添えられていた。

 

客の度量(どりやう)と光線(くわせん)んの。加減(かげん)と脈(みやく)で織(し)る間合(まあひ)。

程よく合(あは)わせるせる口まいに。

流す薬剤(くすり)も暗く旨(よし)とし。

機械の足のやりどころ。

丁度図星(てうどづぼし)とあてがいて。

布の播(まく)つてさし込むがらす。

少しの間(あひだ)の辛抱と。

身動きもせぬ其中(そのなか)に。

味(うま)く写した手練(しゅうれん)のわざのひ。

 

長谷川一嶺記

 

デジタル時代の今、なんと味わいのある言葉なのかと、何度も読み返していた。

写真の原点ここにありとも思っていたら・・・。

加藤さんがこの言葉とても良いでしょうと・・・。

加藤芳明さんが高橋さん。

湿板写真を始めたらもう止められませんねと繰り返し語られる。

湿板写真の手間ひまがかかることが何ともいいですね。

自分の子どもを育てるようで・・・。

加藤芳明さんの言葉がとても印象に残った。

師匠は星野さんともに田村写真の田村さん。

 

忙しい中、本厚木まで出かけて良かった。

 

会期は9月11日(最終日は15時)

時間=11時〜16時

会場=アミューあつぎ、あつぎアートギャラリー4

※明日、9月7日(金曜日)19時より船尾修さん(大分・国東半島在住)のご出席を戴きオープニングパーティーをさせて戴きます。

是非、ご参加下さい。(会費無料)

 

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