2017年8月1日 出版社としての冬青社、ギャラリー冬青からのご報告。

高橋国博にとりまして2017年8月1日と言う、今日の日が来てしまった言いますか、とにかく参りました。

高橋国博の決意を皆様へのご報告の日が。

 

今日のブログのタイトルには非常に迷いました。

随分長い間、ブログを書いて参りましたが本日のタイトルほど迷い緊張したことは有りません。

※例えば本日のタイトル案

1.高橋国博の決意。

2.高橋国博からの報告。

3.高橋国博の宣言。

4.高橋国博の誓い。

5.高橋国博のこれから。

などなど、迷いましたが最後に本日のタイトル「出版社としての冬青社、ギャラリー冬青からのご報告」と成りました。

 

◎結論から申し上げます。

◎2020年12月まで「出版社としての冬青社、ギャラリー冬青」を継続させて戴きます。

皆様には2018年12月までと申し上げて参りましたが、2020年12月まで継続をさせて戴くことを正式にご報告させて戴きます。

 

継続をせて戴くにあたり、正直、幾つもの高きハードルがございました。

1.一旦、2018年12月までとケジメを付けさせて戴くと決断を致しました。そのためにソフト面、ハード面ともスケジュールを立て準備致して参りました。

高橋が行いたいこと(勉学や手習い・・・)、旅に(世界の美術館やギャラリー巡り、人々に会いに・・・)出たいことも・・・。

「バイクでのオーストラリア一周の旅は諦めました。折角頑張り中型バイクの免許を取得いたしましたが・・・。」

※一度、エンジンを止める決意を致し、再びエンジンのスイッチを入れるには決意の決意が必要でした。

幾度も自身との長い間の格闘がございました。

止めるへきだ、止めてはダメだと・・・。

コレクターの方々や写真家の方々のためにも有終(優秀)の美で終わりたい。

時計の振り子の様に心が揺り動きました。

止めると決断した途端、走馬灯の様にコレクターの皆様、写真家の方々の顔が浮かんで参りました。

 

2.冬青社の建物のメンテの問題。

 

3.設備の問題、通信機器、照明、冷暖房機器などなどリースの問題(2018年12月で終了です)。

 

4.様々な財政的裏付けも・・・。

 

5.肉体が精神に伴うのか、精神に肉体が伴うのか

などなど、まだまだ、書き始めましたら書ききれないほどございます。

 

再びエンジンのスイッチを入れる決意をさせて戴きましたのは「冬青社、ギャラリー冬青」の認知度が国内外に問わず、私の想像を超えて広がりを見せていたことでございます。

海外に参りましても高橋国博の名は知らないが「冬青社、ギャラリー冬青」の名は知っている方々が多く居られたこと。

更には今、若い作家の方々が冬青社、ギャラリー冬青から世界に向かって飛び出そうとしていることにございます。

改めて「冬青社、ギャラリー冬青」の役割りの大きさ、責任の重さを痛感致しました。

 

今迄の「冬青社、ギャラリー冬青」を考えさせて戴きますとき、高橋国博が何を遣りたいのかを検証しながら、追及して参りました。

今後は「冬青社、ギャラリー冬青」はコレクターの方々や写真家の方々に何が出来るのかと、考え方を、思考を、180°変え展開をして参りたいと思うに至りました。

「冬青社、ギャラリー冬青」と言う「御神輿」をコレクターの皆様、写真家の皆様と共に担がせて戴きたいと決意に至りました。

「冬青社、ギャラリー冬青」の「御神輿」の担ぎ手の一人として参加をさせて戴きたいと思うに至りました。

2020年12月までの継続に当たり、2018年12月からただ単に継続をするのではなく、今日から2020年に向かって何が出来るのか、何をしなければならないのかを皆様と共に模索して参りたいと思います。

 

2020年12月までただ継続をするのではなく、本日から緊張感を持って参りたいと決意を新たにさせて戴きました。

 

「写真作品集を芸術の花束として 世に送りだす」高橋国博の変わらぬ決意です。

そのためにも特に凸版印刷の営業担当、猪野直貴様、AD担当の杉山幸次様にはご協力を戴けねばなりません。

杉山幸次様におかれましては、再々の定年延期となります。

定年後、ご自身の計画もお有りでしたが冬青社の我がままを、お聞き入れ定年を一度延期して下さいました。

それを許して戴いた凸版印刷さんには深く感謝致します。

更に杉山幸次様におかれましては、再々の定年延期を決意戴きましたこと感謝しても感謝しきれぬ思いです。後は凸版印刷さんがどう判断をして戴けるかまだ判断を戴いてございません。

 

皆様とともに一歩、一歩前を向き進んで行ければと思うばかりでございます。

最後に延期ではなく、継続と言う言葉を意識して使わせて戴きました。

 

◎2020年12月まで「出版社としての冬青社、ギャラリー冬青」を継続させて戴きます。

 

※2017年8月25日19時より谷口タツロウ(8月期写真展作家)&土田ヒロミ先生のとトークショーが開催されます。

先着35名様 会費1,000円

●お申し込みはギャラリー冬青 <gallery@tosei-sha.jp>のメール、電話03-3380-7123にてお願い致します。

 

■下記、コマーシャルは冬青社、ギャラリー冬青、高橋国博のブログとは全く関係がございません。

 


2017年7月31日 1冊の1人の解説から読み取ることはとても危険・・・。

私達はアートを深く知りたい、愛したい、アートに近づきたいと思って居ます。

それも素早く、簡単にと思うことも常々です。

私達が自分なりのアートの楽しみ方を持つには、1冊の書物、1人の解説者から読みとる、学びとることはとても危険なことだと思います。

そこには、出版社や解説者の意図が働いているからです。

間違いも、勘違いもあるかも知れません。

出版社や解説者は1人ひとりに語りかけているのではなく、不特定多数に語りかける、ある意図を持ってメッセージを発信していることを理解致さねばなりません。

 

それは私達が美術館などに行き図録を購入したときなど、顕著に現れていると思って読み解くことが大切なような気がしてなりません。

特に引用文の多い書物は何が書いてあるのか、何を述べたいのか解りづらいことが多いと思います。

その結果、解説者がなにを述べたいのかの意図が解りません。

 

特に現代美術の分野に顕著に現れていると思われます。

その理由として下記の2つのことがあげられると思います。

1.作家論にも作品論にも、核心に迫れないまま文章になっていることです。

 (文章が平面的で断片的です。)(現在進行形の作家論、作品論を解りやすくまとめることはとても難しい作業です。)

2.作家論、作品論を解説しょうとすればするほど、難しい文章になったり、引用文が多くなったりと致します。

 

その理由は現代美術以前は作家たちは表層に表す、表したものに対して大きなウネリと、数多くの議論を重ね理念・信念とともに発表されて来たのに対し、余り議論がなされないまま作品が発表されて来たことに起因の一つがあるのではないかと思ってます。

※現代美術の概念は様々あります。

最も新しくはた第二次世界大戦後(1945以後)と言う人もいれば1890年代からと唱える人もいて様々です。

 

※本日だけの「ブログ」の高橋の現代美術の概念は、日本経済が安定成長期の1980年代後半からバブル崩壊と今日迄と限定をあえて致しました。

 

アートを広く、深く、高く理解するには1冊の書物、1人の解説者から読み取り、学ぶのではなく、多方面から読み取ることが大切に思われます。

アートシーンについて仲間と語り合うことも大切かも知れません。

 

それよりも前に、先ずは自分なりの楽しみ方を素直に、出来るだけ素直に見つけアートを楽しみ、少しずつ楽しみの方の広さ、深さ、高さを求めて行くことをお勧め致します。

 

※2017年8月25日19時より谷口タツロウ(8月期写真展作家)&土田ヒロミ先生のとトークショーが開催されます。

先着35名様 会費1,000円

●お申し込みはギャラリー冬青 <gallery@tosei-sha.jp>のメール、電話03-3380-7123にてお願い致します。

 

■下記、コマーシャルは冬青社、ギャラリー冬青、高橋国博のブログとは全く関係がございません。

 


2017年7月28日 全てのアートを理解することは無理・・・。

全てのジャンルのアートを理解するのは無理です。

一人の人間がアートを理解する限界は当然にあるからです。

自身の「殻」もあるかも知れません。

自身の「好み」からも影響されるかも知れません。

ましてや年をとるともに人は閉鎖的になる傾向にあります。

 

新たな表現方法、手段が出てきても、それを理解出来なくても、決して悲観をすることはないと思います。

好き嫌いとは良しとしても、否定しないことが大切に思えます。

否定をしてしまうと自身のアートへの理解の領域を広げられないことに繋がかねません。

 

自身の「殻」に閉じこもることは危険だと思ってます。

自身の「殻」に安住することは楽です。

理解できなくても、刺激をうけなくても、否定をせずに見ることが大切に思えてなりません。

見るという行為は意識、無意識の内に自身の「殻」を破ることに繋がると信じます。

自身のアート領域の広がりです。

 

特に自身の範疇を超えたアート見た後、アートが確かなものだけではないため、曖昧模糊(あいまいもこ)とした心情が残った経験をされた方も多く居られると思います。

数値で現せないアート。

(京都造形芸術大学(非常勤講師)で受講者の方々の点数を最後に付けなけれはならない。

こんなにプレッシャーがかかり、無理難題なことはないといつも体験させられている。)

 

だからアートは面白い、数値であらわせない分だけ自身の物指しで見れば良いことになります。

自身の物指しで先ずは見ることをお勧めしたい。

新たな表現方法、手段と出合ったとき、理解を超えたアートに出合ったとき、自身に好ましくないアートなどなど、何かの切っ掛けで面白さを感じる切っ掛けになるかも知れません。

 

好き嫌いは当然のこと、理解できないことも当然なこと、否定しないことが大切。

先ずは、自分の範疇でアートを見る機会を増やすことが大切に思えます。

 

これは人生にもつながるかな・・・。

今日のブログを書き終えてそう思えました。

 

※2017年8月25日19時より谷口タツロウ(8月期写真展作家)&土田ヒロミ先生のとトークショーが開催されます。

先着35名様 会費1,000円

●お申し込みはギャラリー冬青 <gallery@tosei-sha.jp>のメール、電話03-3380-7123にてお願い致します。

 

■毎週、金曜日・土曜日の13時から在廊されています。

 

■下記、コマーシャルは冬青社、ギャラリー冬青、高橋国博のブログとは全く関係がございません。

 


2017年7月27日 アートに近づくには・・・。

アートに近づくには最低限の知識は必要であることを前提として・・・。

この知識の源(様々な書物、解説書、批評)日本の場合は作家や企画者(キュレターも含む)の善意を汲取、解説をされているものが殆どです。

要するに善意説です。

一方方向です。

対抗軸は殆どといってないことを理解したうえで情報を得ることが大切だと思ってます。

 

※例題のお話。

一昨年、フランスの「写真美術館」のキュレターの方が冬青社に私を尋ねてこられた。

私は「土門拳」の研究のために来日しているが、土門拳についての書物はどれもこれも賛美ばかりで、批判したものが一つもない。

どうしてかと尋ねられた。

私も「絶対非演出の絶対スナップ」などをを唱えている土門拳に対して疑問を持っていた。

まだ、確かでは無いがと前置きをして、私なりに土門拳の実像について調べていたことをお話をさせて戴いた。

私の知る限りの情報をお伝えしたことを覚えている。

土門拳の名作として知られている「筑豊のこどもたち」それは、写真家・桑原史成さんが公式にコメントを出されている。

「筑豊のこどもたち」の表紙の少女は桑原史成さんが土門拳の撮影以前に撮影をしているとのことを。

同じ場所で。

室生寺を撮影するさい電線やあげくの果て電柱まで抜いた話が残っている。

どこが、なにが「絶対非演出の絶対スナップ」かと考えさせられる。

と、言うように神格化された土門拳。

 

そのことをお話をさせて戴いたことがある。

何故、纏めないのかとフランス・写真美術館のキュレターの方から言われ、私もそう思い幾人かの写真評論家の方に資料とともに相談をしたことがある。

そのことを私が書くと「写真業界」で生きて行けないとことになるので無理ですと断られた。

他の数人の方から同じことを言われた。

 

話は元に戻りますが、と、言う様に日本の場合は作家や企画者(キュレターも含む)の善意を汲取とり、先取りをし一方方向の情報が多いことを理解した上で、自分なりの物指しで、五感でアートを楽しむことをお勧め致します。

 

ビギナーはビギナーとしての楽しみ方があるはずと私は以前より思っています。

でなければ私自身アートを楽しめないことになります。

書物や解説書に惑わされず自身の五感を信じて、アートを理解し楽しみたいと思ってます。

自分なりの感じ方が大切に思えてなりません。

 

そう考えますとアートは難しいものではなく、とても身近なものとなります。

アートを身近なものにすることが大切ではないでしょうか。

 

※2017年8月25日19時より谷口タツロウ(8月期写真展作家)&土田ヒロミ先生のとトークショーが開催されます。

先着35名様 会費1,000円

●お申し込みはギャラリー冬青 <gallery@tosei-sha.jp>のメール、電話03-3380-7123にてお願い致します。

 

■毎週、金曜日・土曜日の13時から在廊されています。

 

■下記、コマーシャルは冬青社、ギャラリー冬青、高橋国博のブログとは全く関係がございません。

 


2017年7月26日 オリジナリティーとは何であるか・・・。

オリジナリティーとは何であるか辞書を引けば、独創的、独創力とあります。

私は写真表現に留まらずオリジナリティーとはもっと幅を広げて考えて見るべきだと思っている。

表現者にとってオリジナリティーとは自身の人格が基本的に存在しているように思えてならない。

 

例えば「東京タワー」は今迄様々な人が撮影をされて来ている。

「東京タワー」を撮影するなという権利は誰も持っていないことは言うに及ばず。

被写体「東京タワー」は「東京タワー」である。

誰が撮っても「東京タワー」。

アングルを代えても「東京タワー」は「東京タワー」

 

そこで自分にとってのオリジナリティーの「東京タワー」とはを考えることが大切。

自身がなぜ「東京タワー」を今、撮りたいのかという出発点を明確に持つことが大切に思う。

そうでなければ形を変えた「モノマネ」に成りかねない。

「東京タワー」を撮りたいという根源的問題も突き詰めることを求められているのではないでしょうか。

 

写真表現は写真装置という機器を使うためアイディアだけを自身のスタートラインとするととても危険な行為に繋がりかねない。

そのアイディアは誰かが既に可視化しているかも知れない。

可視化された作品は既にどこかに存在するかも知れない。

自身の向かうアイディアは終着点を明確にすることが大切だと考えます。

そうで無ければ単に形を変えた可視化されている作品になりかねない。

 

独創的、独創力とは自身の中から生み出されるものたと信じます。

私達は多くの写真集や作品を見る機会があります。

例えばある写真集、作品から影響を受けたり、アイディアが生まれても不思議ではありません。

影響を受けた写真集や作品を起源とするならば、その起源の源を明確化し自身の方向性を定めるべきだと考えます。

 

オリジナリティーとは可視化されるスタートラインを明確化し、終着点を定めることにあるような気がしてなりません。

無論、終着点は制作過程で変わりうることは同然です。

 

本日のブログの要点は可視化された作品の起源を自身が意識することです。

 

※2017年8月25日19時より 谷口タツロウ(8月期写真展作家)&土田ヒロミ先生のとトークショーが開催されます。

先着35名様 会費1,000円

●お申し込みはギャラリー冬青 <gallery@tosei-sha.jp>のメール、電話03-3380-7123にてお願い致します。

 

■毎週、金曜日・土曜日の13時から在廊されています。

 

■下記、コマーシャルは冬青社、ギャラリー冬青、高橋国博のブログとは全く関係がございません。


2017年7月25 日 荒木経惟写真展「センチメンタルな旅1971-2017-を見に・・・

昨日、東京都写真美術館のオープニングに北桂樹さんと荒木経惟写真展「センチメンタルな旅1971-2017-」を見に行った。

荒木経惟さんは冒頭の挨拶は3分間位。

その中で荒木経惟さんは・・・。

写真は「愛」だよ。

写真は「愛」だからね。

と、言われて壇上から降りられた。

 

東京都写真美術館の資料には500冊近い写真集を上梓しているとある。

「今回の東京都写真美術館のテーマは1960年代の出合いから1990年代のその死に至る陽子はもっとも重要なな被写体であり、死後もなお荒木の写真に多大なる影響をあたえ続けてきました。」

と、書かれている。

「陽子」さんへの「愛」が基本的テーマとなっている。

 

今回の写真展のキュレーターの意図は「陽子」さんへ惜しむことなく「愛」を注いだ、注いで来ている、写真家・荒木経惟の「私写真」を表したいとの意図は見る私達に強く感じられた。

その意味で素晴らしい展示である。

しかし、荒木経惟さんは77歳。

東京都写真美術館での現役としての「写真家・荒木経惟」の写 真展は最後と思われる。

果たして「私写真」に絞って良かったかどうか疑問が残る。

 

私は荒木経惟さんの写真界の最も大きな功績一つは、時の権力に風穴を開けたことにあると思っている。

荒木経惟さんの激しい写真以降、多くのヌードが解禁されたことは日本における写真史にハッキリと記録として残すべきだと思う。

時の権力者に「忖度」など一切関係無く、発表されてこられた。

 

さて、本題にもどりますが荒木経惟さんは自身でも語る様に荒木経惟さんの写真は「私写真」。

東京都写真美術館のカタログにも「荒木経惟の私写真」と書かれている。

私もそう思って荒木経惟さんの写真を見て来た。

しかし昨日、荒木経惟さんの作品を見て、特に1960年代から70年代の作品はとても構図が確りとして、構図主義の作品であることが良く解る。

構図、シャッターチャンスをファインターから狙いすましている。

その上で、近年は体感的に、経験的に無邪気に肉体的感覚でシャッターを切っていることが良く解る。

その意味でとても楽しい、楽しめる写真展となっている。

 

写真は「愛」だよ。

写真は「愛」だからね。

と、荒木経惟さんの言葉は「陽子」さんへの「愛」だけではなく、写真が写真そのものが「愛」だと私達に語りかけたのではないかと、帰り道に思った。

 

※2017年8月25日19時より 谷口タツロウ(8月期写真展作家)&土田ヒロミ先生のとトークショーが開催されます。

先着35名様 会費1,000円

●お申し込みはギャラリー冬青 <gallery@tosei-sha.jp>のメール、電話03-3380-7123にてお願い致します。

 

■毎週、金曜日・土曜日の13時から在廊されています。

 

■下記、コマーシャルは冬青社、ギャラリー冬青、高橋国博のブログとは全く関係がございません。

 


2017年7月21日 自身の器の大きさだけが・・・

自身の器の大きさだけが頼り。

自身の器の大きさによって物事の見方、感じ方など様々なことが思考が変わると思われます。

一合枡には一合の水しか入らないが、一升枡には一升分の水が入ります。

 

器が大きければ、大きいだけ他の考え方や、行動などなどさまざまなことに理解が出来るのでは。

相手を理解した分だけ、こちらの考えも受け入れられると思ってます。

しかし、私の場合、相手が器のスケール感を感じない人には独りでに、避けてしまう私の悪い癖があります。

それだけ、私の器を露呈していることになります。

とき解く努力も致さなくなります。

こまったもんです。

スケールの大きな人に触れたとき、別れた後も心地よい余韻が残ります。

スケールが大きいだけで回りの人を幸せに出来るのだと考えさせられます。

 

自身のスケール(器)を大きくするにはどうしたら良いかを、私の大恩師である古山高麗雄先生にお聴きしたことがあります。

先ずは一つ、大好きな「こと・もの」を見つけなさい。

それを深く、深く探求、追及して見てはと。

そこから、自然発生的に次に何を求めれば良いのかかが出て参りますと教えて戴いた。

 

広く、浅くは何も実りませんよと。

無駄なことですよと。

先ずは一つの事に集中しなさいと。

 

器の大きな分だけテーマも広がりを見せ、困難な出来事も土台が揺るぎないことから、ブレルことなく表現がなされるのではと考えます。

写真表現で自身のテーマに行き詰まりを感じたり、見えなくなったとき先ずは、自身の器のことを考えては如何でしょうか。

全ての起因は自身の器の大きさに掛かっているように思えます。

 

一合枡には一合の水しか入らない。一升枡には一升分の水が入る様に何かを感じ、何かが見えてくるものと信じます。

 

※2017年8月25日19時より 谷口タツロウ(8月期写真展作家)&土田ヒロミ先生のとトークショーが開催されます。

先着35名様 会費1,000円

●お申し込みはギャラリー冬青 <gallery@tosei-sha.jp>のメール、電話03-3380-7123にてお願い致します。

 

■毎週、金曜日・土曜日の13時から在廊されています。

 

■下記、コマーシャルは冬青社、ギャラリー冬青、高橋国博のブログとは全く関係がございません。

 


2017年7月20日 強情と意志の強さ・・・。

先日、私にとって大切な、重要な用事があり下北沢に住む娘の家を訪れた。

娘達から昔のお父さんは強情だったねと言われた。

お父さんは本当に強情だからだと。

何を言っても理解されない、理解をしてくれない。

 

私、曰く、父親として善悪や正しい道を示すことは当たり前で、当然な責務だっからと・・・。

娘たちは、いやそうではない、ただ強情なだけだったと・・・。

私達だけではない、私達の言葉や人の意見すら聞かなかったよと・・・。

地球はお父さんを軸に回っていると思って居たでしょうと・・・。

(言われてみると思い当たる節もあります。)

 

で、強情は何かと調べてみますと。

●強情=かたくなに意地を張ること。自分の考えなどをなかなか変えようとしないこと。

●頑固=他人の意見を聞こうとせず、かたくなに自分の考えや態度などを守る・こと

※頑固と強情は違います。
頑固は信念があり結構なことですが、強情は困ります。迷惑です。

 

と、ありましたが・・・。

強情も頑固もあまり代わりばえしないように思えますが・・・。

意志の強い人は相手を思いやる心や相手の姿勢を理解する、心の広さ、深さ、高さを持ち得ている人かも知れない。

自身が今、何をなすべきかが良く理解をされていると思います。

 

強情は自分の考えに凝り固まり、相手を理解する能力が極端に少ないのではないでしょうか。

自分の意見が正しいと意識、無意識の内に凝り固まっているかも知れません。

 

強靭な意志の強い人は自身の物指しの長さも良く知り得て、人のことを理解する能力にたけている人ではないかと・・・。かなと思います。

「実るほど頭を垂れる稲穂かな」

意志の強き人ほど、己の力量を理解されて居られると思う。

また、他からも理解され愛されるている人ではないかと・・・。

 

帰り際、お父さんは随分と柔らかくなったよと手を握ってくれました。

下北沢からの帰り道、こんなことを考えてしまいました。

 

■毎週、金曜日・土曜日の13時から在廊されています。

 

■下記、コマーシャルは冬青社、ギャラリー冬青、高橋国博のブログとは全く関係がございません。


2017年7月19日 何を写すのではなく、何を写したいのか、テレパシーが大切。

何を写すのではなく、何を写したいのかが大切な気がしてならない。

そこに、美しき草花があったり、風景、珍景などなどに多く出合うことがあります。

現在は携帯電話でいとも簡単に撮れてしまいます。

撮れてしまう。

その習慣が恐ろしい。

 

被写体に向かうとき、被写体からどのようなテレパシー (Telepathy) を感じ受けたかが大きな課題となります。

その被写体との関係性で自身の内なるもの、秘めたもの(自分なりの思想・哲学かもしれません。)が可視化されるのではないでしょうか。

因にテレパシーの言葉が出来る以前は思考転写 (thought-transference) と言われていたそうです。

「何を写す」という行為は自身の思い、思想、テーマ、哲学までもが思考転写され可視化されるものと考えます。

ただ、無邪気にシャッターを切れば良いと言うものではないと思います。

 

作品作りにおいて、テレパシーを敏感に受け止めることを求められていると考えます。

そのテレパシーとは、ものや人の心、言語、立ち振る舞い、形、表情などんどに頼らず、直接に他の人の心に伝わることを意味致します。

被写体からどのようなテレパシーを受けるかは、自身の人間力に掛かっていると思われます。

何を写し、可視化したいのかと言うテーマの明確性を表現者には求められているのではないでしょうか。

 

テレパシーの受信力、発信力、影響力は自身の器の大きさに比例されるものと思います。

 

■毎週、金曜日・土曜日の13時から在廊されています。

 

■下記、コマーシャルは冬青社、ギャラリー冬青、高橋国博のブログとは全く関係がございません。

 


2017年7月18日 困難さを制作の根拠に・・・。

困難さを制作の根拠にしてこそ、始めてテーマが定まり制作過程にとりかかれ、写真表現に最も大切な一つである再構築に繋がると信じます。

困難さを基盤として始めて、未知の領域に足を踏み入れることが出来るのではないでしょうか。

困難さを基盤として始めて、なにをなすべきかといったテーマを自分の「もの」にしうることに繋がるのではないでしょうか。

 

アートとは他の文化と違い無限の世界だと日頃、考えています。

答えがない世界。

マルセル・デュシャン(Marcel Duchamp)が、今日の現代アートの広がりを見て、どう思うのか、思っているのかと時々考えることがあります。

デュシャンは驚き、悲しんでいるかも知れません。

議論もなされないまま広がりを見せる現代アートの世界に。

 

解りずらく、答えがないアートの世界。

写真表現は写真装置を使うことにおいて、直ぐさま可視化されます。

その曖昧模糊とした写真表現を確かなものにするためには、困難な基盤の上にたたされていることを理解致さねばならないのではないでしょうか。

 

絵画の世界では1910年代(第一次大戦前後)キャビズム・未来派が生まれ、大戦中にはダダイズムと革命が起きたロシアで構成主義が陽があたるようになります。

さらにはシュールレアリズムがアートシーンの一部を席捲致します。

旧態依然のアートシーンのアンチテーゼとして、困難な壁に立ち向かい新たなアートシーンを生み出してきた考えられます。

 

困難こそが新たにテーマとの出合いであったり、テーマの発見、発展、再構築につながつていくものと思われます。

写真表現におけるアイディアはアイディアでしかありません。

 

困難を理解した者こそが未知の世界に一歩、踏み入れることが出来ると信じます。

 

■毎週、金曜日・土曜日の13時から在廊されています。

 

■下記、コマーシャルは冬青社、ギャラリー冬青、高橋国博のブログとは全く関係がございません。

 


calendar
  12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
2728293031  
<< August 2017 >>
selected entries
archives
links
profile
search this site.
others
mobile
qrcode
powered
無料ブログ作成サービス JUGEM
       
sponsored links