2020年9月2日 亀山仁写真展「Tedim Road」(インパール戦地)を終えて考えさせられたこと・・・。

亀山仁写真展「Tedim Road」終えて、ギャラリー冬青のスペースにはまだ余韻が残っている。

それ程に多くの方々に観て戴いたことに起因していると感じている。

最終日(土曜日)気になり夕方17時位にギャラリー冬青に向かった・・・。

大勢の方々居られた。

その後もギャラリーには人、人が絶え間なく訪れて戴いた。

常に「三密」状態。

窓を全開放し空気の入れ替えを度々させて戴いた。

 

この度の作品「Tedim Road」は無謀とされたインパール作戦の記憶を辿る旅であった。

また、「写真家・亀山仁」が現地の生き残りの人や家族、その子供達、孫などとの語らいの旅でもあった。

被写体の方々と語らう、語り合う事は「写真家・亀山仁」のスタイルの一つになっている。

ギャラリー冬青に、お出で戴いた方の中には実際にインパール作戦に関係された方や、ご遺族やご家族、子供、孫など多くの方々が来館戴いた。

 

中には作品を見て涙する人も・・・。

戦中生まれの私にとって、戦争は終わっていないことを痛感させられ、感じた1ヶ月間でもあった。

2011年に亀山仁さんと始めてお会いしたと記憶している。

2013年に写真集「Thanaka」を出版、その頃から「写真家・亀山仁」としてお付き合いをさせて戴いた。

・2013年07月写真展「Thanaka」を。

・2015年12月写真展「雨居」を。

・2017年12月写真展「Myanmar」を。

・2020年08月写真展「edim Road」をさせて戴いた。

この度は4度目の写真展である。

ともに歩ませて戴いた9年間、考え深いものもある。

 

この度の写真展を見て「写真家・亀山仁」の写真が変わったと評価をして戴いた方も多くいた。

良い意味で。

ギャラリストとして、編集者とても有り難く、重くお話をお聞きした。

しかし、この度の作品「Tedim Road」は「写真家・亀山仁」が変わったのではなく、「Myanmar」に訪れること20回以上。

「Myanmar」を見続け、「Myanmarの人々」と語り合いを続けられた、その結果がこの度の作品「edim Road」だと思っている。

本質的には変わっていないと思う。

 

写真表現は続けること以外に方法論は無いと思っている。

続けることで何かを感じ始め、何かが見え始める。

感じたことを、見え始めたことを勇気(時間・経済的・肉体的・技術・発表する場・家族の理解・などなどが含まれる。)を持ってアプローチすることが大切だと思う。

その結果として人々に変わったね。と。言わしめる結果に繋がったのだと思う。

本人にはお聞きしていないが「写真家・亀山仁」本人はそれ程変わったと言う意識はないのでは無いかと思っている。

写真家・亀山仁のテーマ「Myanmar」の延長線に過ぎない。

通過点に過ぎないと思っている。

 

しかしこの度の作品「Tedim Road」はテーマがハッキリと確立されたことは確かだ。

テーマが確立すると言う事は「続けた」結果に寄るものだ。

「Myanmar」=「写真家・亀山仁」の永遠のテーマになった事は確かだと思う。

新たなステージに上がられたことも間違いない。

 

ギャラリストとして、編集者としてこんな嬉しい事はない。

 

下記、コマーシャルは冬青社、ギャラリー冬青、高橋国博のブログとは全く関係がございません。

 

 


2020年9月1日 もう9月、後4ヶ月で、お正月・・・。

今日から9月、残暑が続く毎日ですが、後4ヶ月でお正月来てしまいます。

実に早い。

蝉の鳴き声も一段と高く、響くようになりました。。

 

1984年9月13日に北新宿3丁目で冬青社が産声を挙げた。

41歳の右も左も解らない若者であった。

生まれて1ヶ月目の長男に3歳の次女、6歳の長女を抱えての独立であったが、無謀だという先輩や後輩がいて多くの方々に反対された。

今では子ども達は、それぞれに大學を出て独立をして生活をしている。

妻は11年前、癌の再発で他界させてしまった。

 

2020年9月、77歳まで冬青社を続けるなどと思ってもいなかった。

60歳の時、中型のオートバイの免許を取得しオーストラリアを一周する積もりでいた。

乗馬が盛んなオーストラリアの乗馬クラブに泊まりながら・・・。

そのために乗馬も始めていた。

乗馬クラブに所属して15年余。

以前は週に一度は乗馬クラブに訪れていたが今では足が遠のいている。

 

なぜ今もと家族に・・・。

なぜ今迄と友人、知人に・・・。

なぜ今迄と写真家の方々や批評家の方々に・・・。

なぜ今迄と自分自身に問うてもいる・・・。

確かな、ハッキリとした答えが見出せないでいる。

全てが言い訳をしているように思えてならない。

とにかく36年間続いた。

とにかく36年間続けさせて戴いたとの思いが年々増している。

2021年1月には出版社としての、冬青社を岡野惠子さんに引き継ぎをさせて戴いていることだけは確か。

その準備、引き継ぎを今、現在行っている。

2021年12月25日ギャラリー冬青も閉じる覚悟でいる。

 

コロナウイルスが納まっていれば、間違い無くイタリアに行く。

ルネッサン美術を先ずは堪能したい。

第二?、第三?、の人生かも知れないことを考えている。

「あれもこれもしたい」と思い考えるが、これまた言い訳を見出して居るみたいで、中々落ち着いた心にはなれない。

 

とりあえず、今年は残すところ4ヶ月間。

残すところ16ヶ月、2021年12月25日まで日々全力で・・・。

 

下記、コマーシャルは冬青社、ギャラリー冬青、高橋国博のブログとは全く関係がございません。


2020年8月28日 湿版写真について・・・。

今週の日曜日NHNの4K放送で古写真に付いて特集放送があった。

 

「150年前に撮影された(幕末から明治初期)古写真ガラス原板を8Kモニターで見てみると驚くほど高精細に人々の生活の細部が見えてくる。庭の洗濯物、相合傘の落書き、ムキムキの筋肉まで! オーストリアで発見された150年前のガラス原板。そこに記録されてい ...」

東京大學資料編纂室でデジタル化をし、とてつもない大きさに拡大をして当時の生活や文化を隅々まで研究をしているプロゼクトの放送であった。

 

様々な生活スタイルや壁に書かれた落書き、職業、服装、人相までがくっきりと拡大され映し出された。

湿版写真(ガラス原板)は現在の最高のデジタルカメラよりも遥かに、鮮明度が高いと言うことが証明されていた。

細かいディテールに至迄、「湿版写真(ガラス原板)」には最高感度のデジタルカメラもっても遥かに及ばない。

改めて「湿版写真(ガラス原板)」の凄さを知った。

 

「湿板写真は1851年に発明された技法で、ガラス板などにコロジオンという薬剤を塗り、さらに硝酸塩を化合させて感光材を作る。 それをフォルダーに入れて撮影するというもので、乾燥させずに濡れた状態で撮るから「湿板」と呼ばれている。 日本では幕末に輸入され、有名な坂本龍馬の写真なども、この方法で撮られている。」

 

残念ながら日本では湿版写真(ガラス原板)は当時とても高価なため、紙に焼き付けられた後はガラス原板の表面を削り取り再利用されため、多くの原盤は残されていないとのことであった。

この度はたまたま外国のオーストリアで発見された原板が里帰りをした。

 

番組の後半に「田村写真」の田村さんがスタジオで「湿版写真(ガラス原板)」の実技、実演をされた。

「ガラス原板」に溶液を塗り「モデル4人」に首を固定する道具を付け「撮影」、更に「現像」「定着」・・・。「暗室」に入られた。

私が見たのは「定着」まで、その時、中野区は豪雨に見舞われ電波情況が悪化し見れなくなってしまった。

早速、田村さんにお電話をさせて戴きVTRをお借り出来ることになった。

 

湿版写真の大変なことは星野寿一(2020年12月期、星野寿一・みどり写真展)さんより度々、お話はお聞きしていた。

その難しさ、大変さは頭で十分に理解をして居た積もりではあった。・・・。・・・。

が・・・。・・・。・・・。

この番組を見て、田村さんの作業工程を見させて戴き、湿版写真がこんなに大変なこととは知らず、気楽な気持で星野さんにお願いをしていたことをとても恥ずかしく思った。

 

早速、翌日、星野みどりさんに「2020年12月の写真展」には「湿版写真」には拘りませんので「2020年12月期、星野寿一・みどり写真展」現在、出来る範囲の方法で反省念を込めて、お願いを致しますとお電話をさせて戴いた。

改めてギャラリストの知識、経験、意識、責任、offerのあの方を教わった。

 

無知は恐ろしくもあり、とても怖い・・・。

 

※作家在廊日=8月28日・29日=11時〜19時

 

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2020年8月27日 オマージュ作品について・・・。

日本ではオマージュ作品について、ややもすれば真似る、真似ごとして受け入れられ受け止められていることがある。

恥ずかしい行為として受け止められやすい。

決してオマージュ作品は真似ごと写真でもなければ、真似た芸術作品でもない。

 

「オマージュ」とはでネットを検索すれば下記の様な内容で書かれている。

「オマージュ(英語: hommage)は、芸術文学において、尊敬する作家や作品に影響を受けて、似たような作品を創作する事を指す用語である。しばしば「リスペクト」(尊敬、敬意)と同義に用いられる。

なおフランス語の場合は古形のhomage同様、単独では「尊敬、敬意」の意味が一般的」

 

ダイン・アーバスは「オマージュ」について以下の様に語っている。

「小説や絵画などの芸術作品を作るには、模倣がつきものです。しかしコピーするだけではただの盗作で、「パクリ」になってしまいますよね。そこで、自分なりの表現やアレンジを付け加えていくことで別の作品になり、「オマージュ」として成立するようになります。」と・・・。

 

そもそも写真表現は装置を使わざるを得ない行為です。

また、写真表表現の99%は被写体のイメージを抜きには語れない。

絵画などはゼロのイメージから創作活動をしていくのに対して、写真表現は被写体ありき、被写体の力、イメージを脹らまして行く行為だと思っている。

被写体がなければ始らない。

 

何処かに目標とする技術や表現方法、作品などを見聞して自覚体として、不自覚体として潜んでいることを自覚致さねばならないと考えられます。

「自覚」することがとても必要であり大切な行為。

その上での「オマージュ」である。

特に写真表現は「オマージュ」の行為がとても大切に思える。

尊敬する作家、作品を見出したり出会うことがとても大切。

 

こと、写真表現においては徹底的に「モノマネ」をしてみることも必要かも知れない。

そこで自分らしさを追及しリスペクトすることを忘れずにいれば、一時的なモノマネ行為も大切な行為かも知れないと思っている。

その上でダイン・アーバスが言う様に「オマージュ」作品が生まれるのではと思います。

 

「オマージュ」は恥ずべき行為ではない。

「オマージュ」をしたくなるような作品、作家と出会うことが大切に思えてならない・・・。

 

※作家在廊日=8月27日=13時〜19時 28日・29日=11時〜19時

 

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2020年8月27日  亀山仁写真展「Tedim Road」に思う事・・・。

亀山仁写真展「Tedim Road」残すところ後四日間。

今回の写真展に新型コロナが拡大される中、本当に多くの方々にお出で戴いている。

始めて来館戴いた方々も、非常に多く居られギャラリーとしても驚いている。

東京新聞に大きく報道されたこともありインパール作戦に関係された方々も来館戴いた。

 

それよりなにより、一番に挙げなくては成らないのは写真家・亀山仁さんの努力が大きかった事。

多くの方々に事前に広報をされて居られた。

在廊日も多く、事あるごとに在廊して戴いた。

コマーシャルギャラリーの意義、内容、立つ位置を良く理解されて居られると思った。

コマーシャルギャラリーで展示する事の責務も含めて・・・。

私もスタッフもコマーシャルギャラリーとして対応させて戴く事が出来た。

楽しい一ヶ月間が終わろうとしている。

 

コマーシャルギャラリーは博物館や美術館とは違い自身の作品を展示披露する場ではない。

メーカー系のギャラリーやレンタルギャラリーとも全く意義、意味、次元が違う。

来館戴いたお一人、お一人に興味を持って戴き購入して戴けなければ、コマーシャルギャラリーとしての意味が無い。

極端な事を言えば写真家・亀山仁ファンが増える事が大切。

そのことが結果として、ギャラリー冬青を続ける事に繋がる。

コマーシャル(プライマリーギャラリー)としての意味、意義も見出せる。

 

その意味は写真家・亀山仁が、作品が来館者の方々に受け入れなければならない。

暗室作業には定評がある亀山仁さん。

この度の写真展「Tedim Road」作品は今迄の写真展に比べ目的(意識)がとても明確。

テーマが確立されている作品群である。

一歩、新たな境地を広げられ深められたと感じている。

一点、一点の作品に想いが深く込められている。

なぜ、この地に行かねば成らないのかが素晴らしく明確に伝わってくる。

ポートレート写真は特に日本では売れないとの概念を打ち破って戴いたのも、この度の「Tedim Road」の作品の数々。

ポートレート写真作品から売れ始めたのはとても意義深い。

ギャラリー冬青としても。

写真表現者・亀山仁さんは自身のサークルを超えて、確実に新たなファン層を広げられた。

このファンの方々も踏まえて新たな一歩を踏み出される事だろう。

 

改めて、私もスタッフも楽しい一ヶ月間だけではなく、多くの事を学んだ一ヶ月間でもあった。

残すところ後四日間、亀山仁ワールドを堪能しにギャラリー冬青にお出で下さい。

 

※作家在廊日=8月27日=13時〜19時・28日・29日=11時〜19時

 

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2020年8月25日 フィンッエが育んだ芸術・・・。

フィンッエの街がが生んだ偉大な文化と芸術家の数々、壮大な芸術都市。

フィンッエがルネッサンス時代を謳歌し代表的なフレスコ画が開花しウフィツィ美術館が生まれる。

それを支え続けたメディチ家の存在を私たちは忘れることはない。

極端なことを言えば「フィンッエ→ルネッサンス→フレスコ画→ウフィツィ美術館→メディチ家」この一体化がフィンッエを芸術家の憧れの街にしたのではと思う。

 

今、世界は経済格差が広がるばかり。

格差と言うより、ほんの一部の人間に富みが集中している。

ときとぎではあるがアートシーンを紐解いていると「メディチ家」の様な方々が昔には多くいた。

現在の億万長者と言われる方々が「メディチ家」の方々の様に文化を愛し、芸術そのものを愛し、育て、後世に残せるのかと思うことがある。

「メディチ家」程ではないが「根津美術館や「BS美術館」「山種美術館」などなど一昔は日本でも財をなした方々は美術や工芸品を愛しそれなりに貢献された。

成長著しいIT企業は・・・。・・・。・・・。

と、問いかけたくなるのは私だけたろうか。

 

私たちの数多くはルネッサンス時代からの遺産を楽しみ、憩いの場として多大な恩恵を現在も引き継ぎ受けている。

現代の私たちが文化を芸術を後世にいかに残せていけるのかと思う時・・・。・・・。・・・。

他人事ではなく、一人一人の小さな輪を全体の大きな輪にするしか方法は無いのかと、自身に問いかけている。

過去の芸術の偉大な遺産を受け継いでいる私たち、さらに大きく脹らましていくにはと考えざるを得ない。

 

お隣の国、韓国では憲法により、ある一定以上の開発やビルを建設するときその大きさにより、一定の面責を芸術の場としてオープン(一般市民が何時でも自由に楽しめるスペース、憩いの場を作る)スペースを作ることが義務化されていると聞く。

バスキャの絵を123億円で購入したと言う人が話題になったが文化を芸術を私たち一般市民が共有出来たとは到底思えない。

 

「私たちの数多くはルネッサンス時代からの遺産を楽しみ、憩いの場として多大な恩恵を現在も引き継ぎ受けている。」

「フィンッエ→ルネッサンス→フレスコ画→ウフィツィ美術館→メディチ家」・・・。

考えさせられる・・・。

 

※作家在廊日=8月27日・28日・29日=11時〜19時

 

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2020年8月21日 商業写真と一線を画す芸術的な写真。

「商業写真と一線を画す芸術的な写真。」

この問いかけは古くから多くの関係者で問われ話題に常になっている問題だ。

「商業写真と一線を画す芸術的な写真。」私はこの言葉事態、問題提起事態が好きではない。

写真表現を様々に分類し研究すること事態には反対ではない。

寧ろ賛成である。

 

私が乗り気ではないのは、例えば・・・。

報道写真とドキュメンタリー写真の違いの話を聞くとき、ドキュメンタリー写真が優位性を持ちややもすれば報道写真が下に見られる傾向にあることだ。

特に1960年代〜1970年代の写真を観て(それ以降の作品を観て)ドキュメンタリー写真家と名乗る人に報道写真ですかと、意地悪く訪ねると、とても嫌な顔をされたり、君は写真が解っていないなと言われたり幾度もされた。

正直、解らないからお聞きしているのに・・・。

明快な答えを余りお聞きしたことがない。

私には写真表現の差別、区別かにしか思えなかった。

 

「商業写真と一線を画す芸術的な写真。」この言葉の裏には差別的精神があるのではと危惧している。

芸術的写真の優位性立場を固守したいとの思いからでははないかと思っている。

商業写真であろうと、報道写真であろうと、ファション写真であろうと必ず写し手の個性、意図が反映される。

何を持って「芸術的な写真」と言い切れるのか「芸術的な写真家」と名乗る人にお聞きしたい。

仮にスポンサーの意図が強く現れていたとしてもも写し手の個性は意図は必ず現れている。

大戦後、プロパガンダの写真は揶揄されて来た時期が有る。

確かに私たちを有る方向に誘導したことは確かだ。

しかし時を経てこれらの写真もプロパガンダの写真として基調な資料であり財産だと思う。

そこにも写し手の個性を見出すことが出来るからだ。

 

芸術も自身を表現するためのプロパガンダを行っているのではあるまいか。

そのために写真集や各紙誌、展示会を利用し多くの人々に告知を行っている。

無意識の内に行われている「商業写真と一線を画す芸術的な写真」の区別か差別化。

何故なのかと時々悲しくなるときがある。

 

人の個性はそんなに簡単に消せるものではない。

 

※作家在廊日=8月21日PM2時・22日・28日・29日=11時〜19時

 

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2020年8月20日  「思いやり」・・・。

お盆休みにアメリカのTV番組を観ていた。

実話に基づくドラマだとスーパーが流されていた。

 

とてつもない裕福な次女に生まれた彼女は独立心に目覚め、ど田舎の新任教師と赴任するところから物語が始る。

彼女の都会の大屋敷には庭師、馬の調教し、幾人ものメードが居る様な家庭環境で育った。

赴任先の宿舎はトイレは板塀に囲まれただけの大地に穴を開けられた男女共同トイレ。

料理や選択など一度もしたことのない彼女には悪戦苦闘の生活が始る。

教室は数年前に焼け落ちて、街の一軒家しかない酒場で昼間は学校、夜は酒場として子ども達に勉強を教える環境。

相手は6歳の子供から16歳までの子ども達。

当然、悪ガキや皮肉れた子ども達が混在する。

無論、学力も著しく違う。

街の人達は1年も持たずに帰ってしまうと思っていた。

冷ややかな眼で・・・。

 

彼女には戸惑うことばかり。

・彼女が始めたことは「時間」を守ること。

・彼女が決めた「席」に座ること。

・授業中に「騒がないこと」。

・発言は「手を挙げて」すること。

・「宿題」は必ず提出すること。

この5つであった。

 

1.彼女は相手の眼を観ながら常に語りかける。

例えば宿題を提出しない子供にはなぜ出来なかったことを実力、家庭環境も含めて聞き取ることから始める。

小さな子には屈み込み眼と眼=目線と目線の高さを合わせ常に語りかける。

2.生徒の心と自身の心を合わせることに務める。

3.相手の立場、環境を良く理解し徹底的に把握すること。

4.生徒の置かれている今の環境を把握し理解すること。

5.全ての問題を自分自身の問題として解決に向けて、人の協力を戴きながら解決をしていく。

6.問題を放置しておかないこと。

7.問題があれば必ず解決に向けて努力すること。

 

街の人達は彼女への思い、態度は変化をし始める。

最後には街には居なくては成らない存在の先生へと・・・。

当然ながら生徒にも慕われ、憧れ、生徒の中には先生を目指して大學に進学する生徒迄現れる。

 

私はこのTV番組を観ながら強く思ったのは・・・。

「思いやり」。

常に生徒や父兄に更には環境までに気を配り常に「思いやりの心」を持って接していた。

常に、常に何時も、どのような時にも「思いやりの心」を忘れない。

この姿勢は終生変わらなかったと番組の最後にスーパーで流れた。

一つには彼女が育った家庭環境があるに違いないと思って観ていた。

とても豊かな生活環境ですくすくと育った彼女。

特に幼い時の家庭環境は大切であると言われている。

常に相手を信じて語りかける態度には胸を打たれた。

 

では家庭環境に恵まれない者にはどうすればと問いたくなる。

いまさら育ちの環境なんて言われてもと・・・。

でも彼女が生徒や街の人に接するなかで多くの人々が変化をしていく。

彼女の日常のあり方に刺激を受け、感化を受けて豊かな街に、生活に、学校生活にと変化していく。

 

私たちは今からでも自身の感性を揺れ動かされる人に、刺激を受けることが大切に思えた。

感性豊かな人のマナーや生き方、立ち振る舞い、言動などなどに触れ、自身も感化されれば良いと言うことではないかと思った。

そうすれば真の「思いやりの心」が持てるのではないかとTV番組を観ながら思った。

 

自身の「心」は「鏡」となって作品に必ず現れると兼兼思っている。

 

※作家在廊日=8月21日PM2時・22日・28日・29日=11時〜19時

 

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2020年8月19日 君には心がないだから偉大な芸術家になれない。

ポール・セザンヌは落選展にも落選している。

この年、1836年ナポレオン三世が開いた「落選展」にマネの「草上の昼食」が出品されスキャンダルを巻き起こしことで有名話として残っている。セザンヌの作品は展示されることはなかった。

1867年のサロンに落選した。シスレー、バジール、ピサロ、ルノワールといった仲間たちも軒並み同様の目に遭った1868年のサロンでは、審査員ドービニーの尽力により、マネ、ピサロ、ドガ、モネ、ルノワール、シスレー、ベルト・モリゾといった仲間たちが入選したが、セザンヌだけは再び落選した。

 

詩人であり作家、美術評論家でもあったゾラ・エミールとは幼いころより、ポール・セザンヌの生涯の親友であった。

ポール・セザンヌは銀行家の息子として裕福な家庭であったのに対して、ゾラ・エミールは今日を食べるのも困る程の貧困家庭であったと言われている。

貧困からくることにより、エミールが虐めにあっていたが、セザンヌ意図も介せずにエミールと親交を絶やさなかった。

セザンヌが様々な食べ物をエミールの家族に送り届けていたと言われている。

中でも当時、高価であったリンゴを一箱送ったと言う話は有名な話として残っている。

 

時を経てゾラ・エミールとポール・セザンヌの経済的環境は激変する。

エミールは詩人、作家、美術評論家として名声を高め豊かな生活を送る様になる。

それに対してセザンヌは貧困に喘いでいた。

生活環境の逆転である。

「落選展」に落選し疲睡のどん底いた、セザンヌに対してエミールがセザンヌに対してかけた言葉・・・。

「君には心がないのだから偉大な芸術家になれない。」

それに対してセザンヌはエミールに対して君はもはや「芸術家は売芸業だと」と語ている。

エミールは「芸術家は売芸業だと」と語られた後に落ち込み、暫くは文筆業からペンを置いたと言われている。

その理由は定かにされていない。

私が推測するには「芸術家は売芸業だと」との言葉にエミールは深く感じるところがあったに違いないと思っている。

当時、売れっ子のエミールはセザンヌの言葉が心に、魂に触れたのではと思われる。

・「君には心がないのだから偉大な芸術家になれない。」

・「芸術家は売芸業だと」。

両者の賢者が言わせた言葉である。

私のブログでは解説できない程、とても意味深い言葉であると思っている。

表現者は自身の枠に閉じこもるのではなく、良き賢者を見つけ常に会話することが大切に思えてならない。

ポール・セザンヌとゾラ・エミールは途中、仲違いするものの生涯に渡り、常に良き理解者であり、良き誰よりも近しい友人であった。

 

マティスとピカソはセザンヌについて"近代美術の父"と述べている。

 

※作家在廊日=8月21日PM2時・22日・28日・29日=11時〜19時

 

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2018年8月18日 表現の塾がズレルと言うこと。

写真表現程、自分らしさを見出す厄介な表現手段は他にないと思われる。

写真は写真表現には装置を使わざる表現方法である。
装置の開発、発達は人間の思考の塾を狂わすこととなりかねない。

特に装置の開発、発達今迄正しいと思っていたことへの、発見のある種の自分自身への裏切り行為かもしれない。

極端のことを言えばデジタルカメラの発達、開発は人間の眼に見えない領域迄可視化されしまう。

先人達が感光材を始め、様々な機器への苦難との闘いを意図も簡単に誰しもが等しく成し遂げる権利を持てしまった。


思考の塾が狂わせられていることを自覚することが、とても大切に思えてならない。
狂わされた軸こそが新たな発見であり、出発点の切っ掛けになるような気がしてならない。

写真表現良くも、悪くも1839年より表現手段やアイデア、技法、装置などなど先人の辿った道を、自分なりに模索し、改良したり、工夫したり、新たな領域を見出したりとしてきました。

自分とは何ものかと言うことを突き止めることが大切に思えてなりません。

先人達の思考や技術を継承しながら自分らしさを求めることが、装置を使わざるを得ない写真表現者の命題だと考えます。
そのうえで自分らしさが生まれてくるものと信じます。

自分らしさは偶然の切っ掛けで見出せたり、出会ったりとも致しますが・・・。

その偶然は偶然に訪れるのではなく、努力し悩んだものだけが与えられる特権だと理解致します。
それには見聞を広め、深めて行くしかないのではないでしょうか。

1839年から続けられて来た表現手段、技術の改良、方法論など自分らしさはと考えざるを得ない。
その上で続けたものだけが自分らしさの領域を見出せるのではと信じます。

 

※作家在廊日=8月21日PM2時・22日・28日・29日=11時〜19時

 

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