2019年6月6日 現代アートと言う便利な言葉に・・・。

現代アートには諸説あるが、一応‎、マルセル・デュシャンが現代アートの父と呼ばれることが多い。

1917年、マルセル・デュシャンがセラミック製の男性用小便器に「R.Mutt」という署名と年号を下記展覧会に出展。

見事に落選。

怒ったデュシャンは送り返されてきたこの作品をハンマーで叩き壊したと言われている。

 

写真表現、作品も含めて何か新しい表現スタイル・・・。

一見新しく見えるもの。

無価値、真に芸術性がないもの。

ありふれた物(キッチュの類い)

などなど、説明が付かないものまでを現代アートの枠に包み込めば、何だか落ち着くような気分がしてしまう。

現代アートとはとても便利な言葉である。

しっかりと「現代アート」との枠組みを書かれた本がない。

現代アートの枠組みのその概念すらまだ固まっていない。

 

印象派・ドイツ表現派・ロシア構成主義などなど、70年代初頭に日本で生まれた「もの派」などなど枠組みがあり、そりなりに美術史のアートシーンに残されている。

 

先端と思われる写真表現の手法を「現代アート」と括ってしまうのは、古典技法も含め従来の手法を踏襲している写真家に対しても大変失礼なような気がする。

また、先端写真表現の手法をもち入り表現者達にも失礼ではないかと思われる。

 

1839年写真の起源、180年近くになる「写真」の概念、枠組みを決めてもよいのではないかと思う。

各カメラメーカの技術開発が競うなか、表現の枠組みも凄まじい勢いで広がっている。

写真表現者は20年前、一眼レフで動画が撮れるなんて誰も予想していない。

予想していたのはカメラメーカーの技術者・・・。

その手の平の中で踊らせられているのではないかと思える作品も昨今とても多い。

私たちは「現代アート」という言葉にならされ、ついつい「現代アート」と言ってしまう。

そのような目で見てしまい、何となく自身を納得させているのではあるまいか。

動画と表層された作品のコラボがとても多くなっている。

 

真の意味で「写真」宣言をするべき時期ではないかと思う。

「写真」の枠組みが欲しいと思う昨今です。

 

「写真家・渡部さとる氏」に言わせれば高橋の頭は硬くて古いそうだ!!。

 

マルセル・デュシャンは天国で今日の無秩序に広がりを見せている「現代アート」の世界を見て泣いているかも知れない。

 

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2019年6月5日 本日は幾重にも仕事が・・・・

本日は仕事が重なりブログはお休みさせて戴きます。

 

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2019年6月4日 今、生きていることの「証」を・・・。

今、生きていることの「証」を検証して見たくなることが、昔より多くなった。

それは76歳と言う年齢が大きいと思われるが、そればかりではない様に思える。

昨年は香港・台北・ミュンヘン・パリ・バーゼルと海外との交流を深めさせて戴いたり、札幌のワークショプや京都造形芸術大学(非常勤講師)で写真表現の場を戴いたりして来た。

今年は既に香港・台北・バーゼルにともない始めて北海道・帯広でも発言の場を戴いたりしている。

 

であるが高橋自身の「証」とはと一歩立ち止まって考えて見ると多少、自分自身のための時間が欲しく成っていることに気づく。

このことは自我だけの我がままな心なのかと自問自答が始る。

人は私にこう語りかけて下さる。

その年になっても社会との繋がり、写真表現が出来ているのだから楽しみながら続けなさいと・・・。

正直に言うとありがたく感じる時と、そうでなく真逆な時がある。

娘に言わせれば一言。

そんなに考えるのであれば止めてしまえば。

好きでしているのでしょうと、連れない答え。

的を得ていて何の反論も出来ない。

 

確かに国内外に出て確かに暖かく接して下さる。

それだけに責任もかさなり重くなる。

表現することは真意、真価を問われることになる。

 

それだけの自身に内容が伴っているのかとの格闘が始る。

その格闘に疲れることもしばし、あることが多く成っている。

その疲れを癒すには自身が表現者としての内容を確立して行かねばならない。

この繰り返しは表現者(出版社としての冬青社・ファストギャラリーとしてのギャラリー冬青)である限り、常に繰り返し訪れる。

解っている積もり・・・。

では表現者を止めるのかと問われれば、直にはその勇気もない。

では、では研鑽をし続けるのかと問われれば自身のプライベートの時間が欲しいと、時計の振り子の様に揺れ動いている。

人は元来、我がままだと勝手に自身に言い聞かせている・・・。

 

これが「人の生き様と」言い切れる程、今は自信もない。

人は常に「善悪の岐路に立ちながら生かされてする」ことぐらい理解している積もり。

揺れ動くことを暫くは楽しめる高橋でいたいと思うのだが・・・。・・・。

 

今は、これも人の「性」だと諦めるしかないのか、喜びと感じるのか責めてもことのだけは楽しみたいと・・・。・・・。

 

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2019年6月3日 フォトグラファーハル写真展「YOKO」が・・・。

フォトグラファーハル写真展「YOKO」が先週金曜日から始りました。

 

「2017年、洋子と結婚した。

YOKOは沖縄出身のファションモデルである。

写真家とモデルというそれぞれの立場で一つの作品を作っていくことに没頭した。

写真家とモデル、それぞれの立場を主張、理解をすることで、2人のアイデンティティーは構築されていった。」

 

と、写真家・フォトグラファーハル氏はこの度の写真展に寄稿して戴いた。

今回の作品はアーカイバル ビグメントプリント17点と銀塩作品10点から構成されている。

 

アーカイバル ビグメントプリント17点の作品撮影は琉球舞踊研究所の仲嶺絵里奈氏のごご協力のもと行われた。

下記の唄に基づき振り付けがなされている。

一つ、一つの作品(形には)意味が表現されている。

それは「祈り・想い・希望・二人・袖取り、愛しい人の残り香りが袖に残っている・二人が距離が離れても・歩み・愛した人と枕を共にした夢から醒めた虚しさ・こねり手」

 

この言葉の意味となった唄が下記である。

 

諸屯(しゅどぅん)

思事の有ても よそに語られめ

うむこくとうのあていんても ゆすにかたられりみ

面影と連れて 忍で拝ま

うむかじとついりていて しぬでうがま

(仲間節)

枕並べたる 夢のつれなさよ

まくらならびたる いのみついりなさよ

月や入下がて 冬の夜半

ついちやいりさがって ふゆやいりさがって

(諸屯節)

別て面影の 立てば伽めしやうれ

わかれていうむかじの たたばとじめしやうれ

馴れの匂い袖に 移ちあもの

なりれしにういぬすでいに うついちあむぬの

 

この唄をもとに17作品は構成されている。

衣装、振り付けは仲嶺絵里奈氏が撮影に立ち会いまでご協力をして下さった。

私たちが日々を生きるなかで、ややもすれば忘れがちな当たり前の事柄、想い、思いやり、労りあい、理解しあうこと、伝えたいことの大切さを改めて形にし、表現したいとの写真家・フォトグラファーハル氏の意志が伝わって来る。

 

それぞれの作品に込められた「祈り・想い・希望・二人・袖取り、愛しい人の残り香りが袖に残っている・二人が距離が離れても・歩み・愛した人と枕を共にした夢から醒めた虚しさ・こねり手」

 

人は誰しも他を愛したい、他から愛されたいと意識、無意識の仲で抱いているのではあるまいか。

願っているのかも知れない。

それも素直に。

ただ素直に。

ただ、ただ素直に。

フォトグラファーハル氏は洋子と言う素晴らしいパートナーと出合い、結ばれこの度の作品となった。

作品は。

素直に。

ただ素直に。

ただ、ただ素直に。

洋子と向き合い「YOKO」となった。

 

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2019年5月30日 スイス・バーゼル珍道中編、その2

バーゼルに着いた私たち一行は大変な暖かい「お、も、て、な、し、」を受けた。

バーゼルには3泊4日を過ごした。

打ち合わせやレビューの間を見つけて写真家の暗室やスタジオを訪問させて戴いた。

町歩きや美術館へも行く時間は取れなかった。

 

それなりに忙しい時間を過ごした。

バーゼルを発つ朝、モニカさんの自宅へ、長い、長い、更に長い「ハグ」を交わしてお別れをした。

バーゼル駅にはモニカさんのご主人と、私の宿泊先の奥さんが送って下さった。

 

地獄の始まり2・・・。

私たちは次の日の帰国のことを考え、チューリッヒ空港近くのホテルをハルさんが予約をして戴いていた。

(簡素で清潔で新しくとても良いホテル)

チューリッヒ駅の二つ前で下車。

ハルさんがナビで検索。

寒い小雨が降っていた。

ホテルは駅前の徒歩2、3分のところにあるはず。

歩いてもも見つからない。

ハルさんが道を間違えたと、引き返し長いアーチ型の陸橋を渡ればあるはずと・・・。

重い、重い荷物を引いてアーチ型の陸橋を渡り測道をある歩いても、歩いてもホテルは見つからない・・・。

人影は1人もいない。

冷たい雨は強さを増していた。

遠くの駐車場に親子連れの家族を見つけ、走りよるハルさん。

 

降りた駅からtrainに乗り換えて行かなければならないことが判明。

もう駅に戻る元気は誰もない・・・。

タクシーで向かうことにした。

タクシー料金が3.500円程掛かったから相当な距離。

 

ホテルに着き、チェックインを済ませ、折角だからチューリッヒ市内を散歩しながら夕食をと言う話に。

20分後にロービーに集合。

タクシーでチューリッヒの市内に向かおうとしたら、trainの駅がホテルの目の前に・・・。

オー!!。

trainに乗り5っ位の駅で列車に乗り換えチューリッヒ駅に着いて。

とても素敵な駅舎。

広い。

 

ハルさんが素敵な古典的なスイス料理店を見つけていてくれていた。

そこで2時間程、舌鼓うち食後のコーヒーへと・・・。

料理は少々高めだったがとても美味しかった。

 

ここで最後の地獄の始まり3・・・。

とても素敵なクラッシックなコヒーショプ。

ケーキとコーヒーで素敵な最後のスイスの旅か終わはずだった・・・。

 

還り際、川沿いを歩いたり、石畳の路地を歩きチューリッヒ駅へと向かった。

チューリッヒ駅から3駅乗り、trainに乗り換え5駅ほどで下車、ホテルは目の前。

次の朝8時30分にロービーに集合・・・。

各自部屋へ・・・。

携帯に充電をと思い、バックの中を見ると携帯がない・・・。

どこを調べても見つからない・・・。

ハルさんの部屋に飛び込み、私の携帯を店に忘れたらしいと・・・。

ハルさん私の部屋で呼び出しをしが何の音もならない。

 

では、どこの店でと言うことになり、最後にコヒーショプで携帯を見たということになり、ホテルからtrainと列車を乗り継ぎチューリッヒ駅、徒歩15分位のコヒーショップへ。

23時を過ぎていた・・・。

ハルさん駅からコヒーショップへ猛ダッシュ!!。

私は着いて行けない・・・。

コヒーショップの中に突入・・・。

 

店長さんや支払いをしたウェターの方に聞いたが携帯電話は預かっていないと・・・。

トイレに掃除人に聞いたがなかったと・・・。

ハルさん高橋に曰く。

携帯で銀行や他の支払い関係を利用しているかと・・・。

何もしていませんと・・・。

では、データーだけが無くなるだけですからと慰めてくださいと・・・。

 

私にとってそのデーターが大切だと思いながらハルさんの親切な行動に感謝し携帯を諦めることにした・・・。

チューリッヒ駅から列車に乗り、乗り換え駅でtrainプラットホームへ。

プラットホームは電気は消え暗く、電子表示板だけが後3分後、5分後に電車が来ると表示してある。

ハルさんが8分経つても電車がこなければタクシーを見つけなければと・・・。

若者か3人程、ホームの外れでたむろしていた。

電車は来るのかと訪ねると、わざわざ電子表示板見に来てここでまてと・・・。

でも。電車は来る気配は全くない。

ハルさんがどこで見つけたのかタクシーをキープしてくれていた。

 

あんなに田舎の駅で良くもタクシーをと思いタクシーでホテルへ・・・。

ホテルに着き、落ち着かない高橋を見て、ハルさんが呼び出し音をながしながら、改めてトランクに詰めた荷物を全部ベットの上に広げたがヤッパリ見つからない。

ハルさんは諦めて下さいと言い自分の部屋へ。

次の朝、聞くとハルさんは疲れ果てて靴を履いたままベットに倒れ込み朝を向かえたとのこと。

 

広げた荷物をトランクに詰め直し、ベットに入ったのが午前2時を回っていた。

朝、7時位に私の部屋をノックする方が・・・。

眼をこすりながらドアーを明けると大木さんず私の携帯を持って立っていた。

思わず「大木さん」にハグをして・・・。

どうして、お聞きするとコーヒショップで私が間違えて大木さんのバックに携帯を入れたことが判明。

 

帰りの飛行機の中は、疲れ果てて口が数は殆どなく・・・。・・・。・・・。

無事、東京に戻ってまいりました。

 

ハルさんの親切、親切、親切な姿勢、態度、優しい心に深く感謝致しま。

深く、深く感謝申し上げます。

 

フォトグラファー・ハル氏の写真展が本日から始りました。

月曜日に書かせて戴きます。

 

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2019年5月30日 スイス・バーゼル珍道中編・・・。

まだ、時差ボケの真っ最中です。

朝4時30分に起きフォトグラファー・ハルさんと待ち合わせ場所の東京駅に向かった。

ハルさんも、私も少々早めにバスターミナルに着き予約していたバスより、1本早めのバスに乗れた。

 

成田第一ターミナル4階南ウィグで大木夫妻と合流。

無事、成田空港を離陸。

約14時間の長旅・・・。

 

映画を3本ほど観て、うたた寝をしている内にチューリッヒ空港に無事ついた。

チューリッヒ空港からバーゼルへ列車で向かうことにした。

大木さんが纏めて特急の4枚のチケットを購入。

ここまでは全て予定通り順調。

 

掲示板に私たちが偶然に立ったプラットフォームバーゼル行きと表示してあった。

大木さんの奥様ず直ぐさまスマホで検索。

こちらの列車は3分程、遅くバーゼル駅に着きますとのこと。

新たにバーゼル行きのプラットフォームに移動したり探すのも面倒だからと乗り込んだ。

パーゼル駅まで向かえに来て下さる、モニカご夫妻に何時に着きますと連絡。

 

ところが、これがとんでもないトラブルに見舞われる始まりとになる。

乗り込んだのは良いのだがアナウンスによると、途中駅で乗り換えなければならないことが判明。

二つ目の駅で再びチューリッヒ駅に戻り、バーゼル駅に向かった方が早そうと言うことが解り、戻るか、戻らないか迷った末(それぞれの荷物は非常に重い)この列車で乗り換え駅まで向かい、そこからバーゼル駅に向かうという事が合意された。

 

ところが、ところがバーゼル駅の恐らく4つ位前でエンジントラブルのタメ停車。

乗車していた人が下車をはじめた・・・。

私たちは何が起ったのか解らなかった。

最後の下車されたご婦人がこの列車は動かないよと教えて下さった。

我々はプラットフォームに降り、情報を収拾。

 

駅員の1人がバスでバーゼルに向かいなさいとか、もうすぐ動きだすとか様々な情報が・・・。

全く列車が動く気配がない。

今迄、プラットフォームで待っていた人達も少なくなり途方にくれていた。

 

バスでバーゼルへと、バスターミナルまで行ったのは良いのだが、バーゼル行きのバス停が解らない・・・。

途方にくれホームのベンチに座っていたら20歳前後の美しいスイス人が、流暢な日本語で話しかけて下さった。

事情を説明すると彼女も解決法が見つからない・・・。

駅に1時間半はいたと思う。

 

改めて若い駅員に聞くとやはり、バスを進められた。

バス停が解らないというと、私の重い荷物を持ってバス停へ・・・。

と、すると地下通路の電子表示板は見て、バスでバーゼルに向かうより、一端ここからチューリッヒ駅に戻り、違うラインで特急列車に乗り、バーゼルに向かいなさいとプラットフォームまで案内をして下さった。

また、出発点のチューリッヒ駅へ・・・。

 

予定時間より3時間以上遅れてバーゼル駅に着いた。

モニカご夫妻が満面の笑顔で改札口で待っていて下さった。

ホットした。

 

これでは終わらない、続きは明日・・・。

高橋に地獄が・・・。

 

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2019年5月29日 スイス・バーゼルへから戻ってまいりました。

この度のバーゼル行きの目的は大きくは3つに集約し東京を旅たった。

1.北桂樹氏・フォトグラファー・ハル氏・大木啓至氏の3人展のオープニング参列すること。

2.主としてスイスの写真家の方々と交流を深めること。

3.プライスの交渉と決定。(実はこのことが最大の目的)

 

特に「3」のプライスの交渉と決定には全身の神経を使わざるを得なかった。

また、経験を要することをいやが上にも体験・体感させられた。

ファースト・コマシャールギャラリーとして誇りと自信を持って交渉に当たらなければ、相手のギャラリーには一切通じない。

では「誇りと自信」とは何かと問われれば下記のことを完璧までに理解、把握しておかねばならない。

1.作家の人格、

2.写真表現者の姿勢。

3.作家のテーマ性。コンセプト。

4.作品のテーマ。

5.作品のマーケット(国ごとに違うと思われる)。

6.作品の完成度(技術的なこと、プリントの仕上がりの完成度)。

7.作品の見せ方、プレゼンテーション。

最低でも以上「7」のことをファースト・コマシャールギャラリーのキュレーター、責任者は完全に把握しておかねばならない。

 

以上のことを説明をし納得をして戴けなければただ「バカ」にされるか「無視」されるだけ。

大変な恥をかくことになる。

実際に今回のプレゼンテーションのありかたについて、近いことが指摘された、経験させられた。

外国のギャラリーは厳しいと聞いていたが、やっぱりそうであった。

想像を超えていたかも知れない。

親友であることとビジネスは全く違う次元。

 

出発前に幾度も相談をし打ち合わせをしいたのだが、ファースト・コマーシャルギャラリーの難しさを痛感させられた。

なぜ、なぜ、なぜとの「7」の問いに瞬時に答えなければならない。

瞬時に・・・。

理論武装、経験値、作品に対しての真偽眼がファースト・コマーシャルギャラリーには求められる。

最低でも「7」の問いに瞬時に答えられなければ作家に恥をかかせることになる。

 

しかしながら、北桂樹氏・フォトグラファー・ハル氏・大木啓至氏の作品は日本を出発する前からプライス交渉は終わっていたにも関わらず、オープニングの一日前、モニカギャラリーに訪れたところ、オーナーのモニカさんより提案されたプライスは日本での販売プライスより高く評価して戴き、提案して戴いた。

説明を受け納得し契約書にサインを入れた。

とてもありがたく、モニカさんの行為に感謝申し上げた。

例えば、大木啓至氏のボックス入りの作品(日本では30万円を50万円での販売を交渉をしていた、そのまま認めて戴いた。)

フォトグラファー・ハル氏の作品も2.5倍のプライスで落ち着いた。

だが、フォトグラファー・ハル氏の新作について、一時、オーナーのモニカさんとの気まずい時間が流れた・・・。

険悪に空気がギャラリー内に流れた・・・。

 

緊張の連続が続き、終わったあとはMr.TAKAHASHIと強烈な「バク」で、とても歓迎をして戴いた。

皆さんから「バク」・「バク」・「バク」の連発。

大切な眼鏡のフレームが曲がってしまった。

5月25日が高橋の誕生日であることかが解り「ケイキ」や多くの方々が祝って下さった。

多くの写真家の方々とも旧友を深め、新たな写真家の方々とも親交を持つことが出来た。

今年と来年とスイスの写真家2名の方をギャラリー冬青で写真展を行う。

 

今年は香港・台湾・スイスと訪れだがどの国も多くの友人や知人の方々がいることに正直、高橋自身驚いる。

いつのまにか、いつのまにかと・・・。・・・。

ギャラリー冬青の名は広まっていた。

ギャラリー冬青が過大評価されているのではないかと心配をしている。

 

最後のお別れにオーナーのモニカさんのご自宅に訪問しお別れをさせて戴いた。

モニカさんが涙してMr.TAKAHASHI、「何時でも我が家に戻って来なさい」「ここは高橋の家だよ」と言って下さった。

私も涙だした・・・。・・・。

当然、強烈な長い長い、そして長い「ハグ」でお別れをした。

 

ファースト・コマーシャルギャラリーとしての役割り、責任の重さ、知識の蓄積、作家・作品への信頼、研磨、真偽眼などなど肌身で感じた旅であった。

また、多くの写真家の方々とも旧友を深められたこと、新たな写真家の方々とも親交を持つことが出来た。

とても至福の一時を過ごせたのも(心の豊かさとゆとりの時間を・・・)暖かく向かえて下さった方々のおかげ。

どなたもビジネスを離れると、とても親切であったこと。

高橋国博にとって様々なことを考えさせられる旅であった。

 

執刀医の先生に電話で連絡をさせて戴いた。

無事、もどりましたと。

無言、ただ一言、6月8日病院で待ってますと・・・。

 

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2019年5月21日 明日からスイス・バーゼルへ・・・・。

まだ「北海道・帯広ワークショップ」の余韻が残っています。

このようなことは今迄、余り経験をしたことはない。

なぜだろうと顧みれば、参加者の皆さんの写真への想い、純粋さにひかれたことだと気づいた。

このことは実は写真表現の基本中の基本である。

1.写真に対して熱心。

2.写真に対して熱い。

3.写真に対して純粋。

4.写真に対して素直。

5.写真に対して真面目。

このことを改めて気づかせて戴き、教えて戴いたことに感謝の念はたえない。

このことは東京にいて、写真情報を身近にしていることで忘れてはいないにしても、認識がとても薄れていたことに気づき、高橋自身を諌めている。

写真に向き合う姿勢の原点に立ち戻らなければならないと・・・。

 

明日22日〜27日までバーゼルへ。

明日は午前5時起き・・・。

とりあえず、下着類は詰めたものの今日、必要ものと、最小限のものを詰めなければ・・・。

今回のババーゼル行きは、バーゼルのモニカギャラリーでのオープニングに参加するため。

展示作家は北桂樹氏・フォトグラファー・ハル氏・大木啓至氏の3人展。

 

モニカギャラリーは誰しもが憧れる素晴らしい、バーゼルでのギャラリーの一つ。

昨年の1月にモニカギャラリーに表敬訪問をさせて戴いた。

オーナーのモニカさんとは意気投合し、この度の3人展となった。

今年のフォト・バーゼルにも3人の作品を出展して下さることになっている。

 

この度の、もう一つの大きな高橋の使命はフォトグラファー・ハル氏の新作を世界のマーケットに押し上げること。

目標・目的は3つ。

1.写真家・フォトグラファー・ハル氏の世界的に名を知らしめること。

2.新作の作品を世界に認知させること。

3.新作品を世界レベルのプライスで勝負すること。

 

これら全てのプレゼンテーションは高橋が行う。

ギャラリー冬青は日本では数少ないファースト・コマーシャルギャラリー。

写真家を志す人や、埋もれている作家、地方作家を世にデビューする役割りがファースト・コマーシャルギャラリーの使命だと思っている。

既に有名な作家、森山大道氏・細江英公氏・須田一政氏などを取り扱うギャラリーはセカンダリーのコマーシャルギャラリー。

 

当初はギャラリー冬青でも、植田正治氏・細江英公氏・須田一政氏・土田ヒロミ氏などの写真展も行ってきたが、今では意識、使命感を持ってファースト・コマーシャルギャラリー役割りをプライドを持って運営している。

 

バーゼルに着いたその日、モニカさんのご自宅でディナーパーティーして下さるとのことに・・・。

2日目は写真家・コスタスの自宅で歓迎会

3日目はオーブニングパーティーに続きコレクターの方々だけとの夕食会。

執刀医からはアルコール類は一切禁酒と聞かされている・・・。・・・。

でも、でも・・・。

 

「いざ、鎌倉」ではないが「いざ、ハーゼルへ」

行って参ります。

 

明日5月22日〜28日まではハーゼルに参りますのでこの間、ブログはお休みさせて戴きます。

 

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2019年5月20日 北海道・帯広ワークショップから・・・。

第一回「北海道・帯広ワークショップ」から戻って参りました。

「帯広ワークショップ」で大切なもの、忘れかけていたものを戴いて戻ってまいりました。

この第一回「北海道・帯広ワークショップ」は北海道恵庭市にお住まいの写真家・濱田トモミさんの企画、尽力で開催されました。

この第一回「北海道・帯広ワークショップ」はご尽力を戴いた箕浦伸雄氏・道東カメラサービス(フイルムカメラだけの復元・修理・販売)の佐藤靖仁氏の協力のもと開催された。

 

参加者は総勢15名。

ポートフォリオ参加者は13名。

 

大の方向音痴の私は13時20分羽田発JAL便、帯広空港に向かった。

30分間程、遅れて離陸・・・。

濱田さんが帯広空港まで向かえに来て下さることななっていた。

ロービーに出ても濱田さんの姿が見えない。

不思議に思い、ここは本当に「帯広空港」なのか、降りた「空港」を間違ったのではないかとカウンターに行き、ここは「帯広空港」ですかとお聞きした。

けげんそうな顔でハイ、「帯広空港」ですよと・・・。

慌てて濱田さんへ電話をいれた・・・。

済みません、後2.3分で着きますからと・・・。

冷静に考えれば帯広空港行きに乗っているのだから、他の空港に行くバズもない。

心の中は赤面していた。

 

ホテルで一時間程休憩をし、少々早めの夕食をとり箕浦氏・濱田さんの案内で、道東カメラサービスショプで開催されるトークショーへ向かった。

19時〜21時30分までトークショー・座談会を行った。

次の日は9時30分に会場入りをし、心を鎮め、頭の中を整理してトーク・レビュー・座談会・質疑応答など終わったのが18時30分。

それから懇親会・二次会(コヒーショッブ)へと、ホテルに帰り着いたのが23時を少々回っていた。

次の朝、一番早い便で東京へ。

須田一政先生のお別れ会へ。

奥様にもご挨拶をさせて戴いた。

 

第一回「北海道・帯広ワークショップ」に参加させて戴いて思い、強く感じたのは次の5つこと。

1.写真に対して熱心。

2.写真に対して熱い。

3.写真に対して純粋。

4.写真に対して素直。

5.写真に対して真面目。

 

改めて写真の大切さを教えて戴いた。

私のレビューや話が参加者の皆さんの心に届いたのか、どれほどにお役にたてたのかは不安が残ります。

ご主人に反対されながらも、男性でも後ずさりするぐらいの雪深いなかを6時間も歩き、その上、凍傷になりシャッターチャンスを待ち続けられる大石さん。

お年を聞くと73歳。

 

誰からなんと言われようと頑固で我が道を進まれる小林さん・・・。

 

中学の国語の先生をされながら京都造形芸術大学を卒業された臼井さん。

パワフルでとても活動家。

ちょうど写真展が開催されていたので拝見をさせて戴いた。

臼井さんの作品は愛情にあふれ、とても親切で優しい。

臼井ワールドが確立されつつあるように思う。

お一人、お一人の作品が今日も頭を過り、明確に残っています。

とても、それぞれが個性的な作品でした。

 

それほど参加者の方々は「熱心・熱い・純粋・素直・真面目」であられる。

高橋のボランティア活動以上なもの(忘れかけていた、忘れていたもの)を参加者の皆さんから戴いた。

懇親会(食事会)席でも写真談義ばかり。

高橋が怖いとの噂があり、参加を躊躇された方も・・・。

 

お一人、お一人にご返事は書けませんが、参加者皆様、ありがとうございました。

2020年お会いさせて戴けますこと楽しみに致しています。

 

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2019年5月16日 何のために、誰のためにと、娘から・・・

娘から何のために、誰のために無理して働くのくのと問われます。

お父さんが願っている海外の美術館巡りをして下さいと・・・。

肉体的にも、精神的にも更には、経済的にも楽になるのにと・・・。

ありがたいと思っているが、返す言葉もない。

写真が好きだから、写真家の方々が好きだからとは話すのだが、もう一つ説得力は欠けている。

この言葉は自分自身に言い聞かせている言葉かも知れません。

 

※明日17日〜19日北海道・帯広のワークショップのためブログはお休み致します。

帯広でのワークショップはとてもハードスケジュールが組まれているようです。

17日(金曜日)着いたその日はトークショーが19時〜21時、その後の座談会・懇親会。(深夜になることが恐ろしい・・・。)

お酒はまだ一滴も飲めないと執刀医から言い渡されている・・・。

翌日(土曜日)午前中9時〜18時30分までレビュー並びにトークショー、座談会・懇親会と続き、恐らく終了は23時過ぎると思われる・・・。

それからホテルへ。

次の日の日曜日は一番早い飛行機に飛び乗り、13時からの須田一政先生のお別れ会に(JCI会舘)羽田から直行。

その夜にはフォトグラファー・ハル氏のバーゼルに持って行くサンプル作品の仕上がりを見せて戴く。

テスト作品をサンプルとして持っていかねばなりません。

プレゼンテーションが上手く行くことを願うばかりです。

プレゼンテーションは私、高橋の役目、私が行います。

2日間、おいてのバーゼルへ。

その準備がまだ全く終わっていない・・・。

とにかくは無事「帯広」のワークショップを終えて・・・。

 

※5月22日〜27日までスイス・パーゼルへ、ブログはお休みさせて戴きます。

ガンの摘出手術後、体力の回復にはとても時間を要しています。

76歳という歳のせいかも知れませんが・・・。

どこまで、体力、気力が続くかは自身でも正直、解りません。

香港や台湾でのレビューアとしての努めに続き、帯広、バーゼルは1年前から決まっていたこと。

写真家を目指す方々や写真家の方々の、お役にたてばと思いハードスケジュールをこなしています・・・。・・・。

執刀医や娘に反対、叱られながらも、今でしか出来ないことだと言い聞かせながらが本音のところかも知れませ。

とにかく「一歩」です。

今、「一歩」を踏み出さねばと思っております。

 

少々、休みたい気持と交差しながら、高橋を必要として戴けるなら今、動かねばとの思いです。

とにかく「一歩」。

「一歩」前に踏み出せば気力も体力もついてくると、自身に言い聞かせている毎日です。

6月中には京都造形芸術大学(非常勤講師7年目を向かえます)その授業内容を学園へ提出致さねばなりません。

正直なところスケジュール表を観るのが怖くなることも・・・。

 

●下記、コマーシャルは冬青社、ギャラリー冬青、高橋国博のブログとは全く関係がございません。

 


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