2017年10月3日 レビューを受ける本当の意味合い・・・。

今、各地、各場所で写真家やキュレターの方々を呼びしビューが行われています。

私はしビューに参加しても良いが一喜一憂することはありませんと書いて参りました。

 

私もレビュアーとして参加し経験、体験して日本人の姿勢に解ったことが二つあります。

1.自分の作品を評価、評論して欲しい。(どのレベルにあるのか)

2.自身の作品の売り込み。(ギャラリー・出版社・各種展示スペースなどなど)

 

圧倒的に日本人の写真家に多いことは「1.自分の作品を評価、評論して欲しい」ということです。

何のために、この場まで来て作品の評価、評論を受けにくるのかと度々思います。

レビューの場は自身の作品の評価、評論を受ける場ではなく、自身の作家力を売り込むべき場だと思います。

自身を作品を売りこむことが、レビューの場だと高橋は理解しています。

 

積極的に自分(写真家であること)のことや作品のことを語るべきだと参加をさせて戴き感じます。

レビュアーからの質問に終始することが多い様な気がしてなりません。

 

レビュー費を払い、時間を使って参加するのですから「2.自身の作品の売り込み。」をレビュアーに積極的に行うべきだと何時も思います。

自身をアビールする場です。

レビューに参加した権利はしビューを受ける側にあります。

レビュアーを洗脳する位の勢いと決心、決意、意気込みを持ってレビューに参加しないと意味がないことになります。

 

現在、外国で活動をしている写真家から話を聞いたことがあります。

彼女はあるレビューに参加したそうです。

レビュアーから貴方の作品はナンセンス、私には理解できないと「ぼろかす」にいわれたそうです。

彼女はそのレビュアー対して、こう切り返したそうです。

OK。貴方に理解をして欲しいと思っていない、私はこのポートフォリオレビューに参加するために、お金を払い5人のキュレターに見てもらえる権利を保有している。

貴方は主催者側の一人として、私の作品を理解出来るキュレターを紹介する義務がある。

私の作品を理解出来るキュレターを紹介して欲しいと切り返したそうです。

ならば○○○さんに会いなさいといわれ別のレビュアーを紹介されたとのこと。

 

写真家の彼女はいまでも海外に移住し作家活動を続けていられる。

 

ポートフォリオレビューの場は参加の自身を作品を売り込む場です。

評価や評論を受ける場では決してないと思います。

レビューを受ける権利は受ける側にあるということを強く認識し受けることが大切です。

 

仮に感触の良い評価をもらったとしても、後の作家活動に繋がらなければ何の足しにもなりません。

自身を作品を理解してくれるレビュアーが必ずいるはずです。

 

一喜一憂せず良きレビュアーを探して下さい。

 

下記、コマーシャルは冬青社、ギャラリー冬青、高橋国博のブログとは全く関係がございません。

 


2017年10月2日 技術、技法だけでは無意味・・・。

技術、技法だけの表現では無意味と考えます。

レンブラント(1606年〜69年)の傑作「夜警」(1642年制作)を例にとって見たいと思います。

この作品は現在、オランダ・アムステルダムの国立美術館に所蔵されています。

この「夜警」は発注者から受け取りを拒否をされたことは誰でも知る有名な話です。

 

芸術家のスポンサーが教会から王侯貴族、上層市民階級に移りはじめた時代の象徴する出来事でした。

市民階級が政治的にも経済的にも力を持ち、その力を誇示することが偶像画の制作目的でした。

町の有力者たちはお金を出し合って画家の工房に群像画を発注致します。

注文を受けた工房、画家は発注の社会的な力関係を考えたり、かつ不公平にならないように描きました、また描かれています。

アムステルダムの国立美術館の「夜警」の同時代に描かれた、絵画が多く展示してありますが「夜警」意外の偶像画は注目されることはありません。

この「夜警」の内容については、以前書いた記憶がありますので今日は省きます。

 

今日のブログの本質はここからです。

偶像画の注文を受けたレンブラントは、アーティストの表現の自由度を確立しながら、発注者の意向を勘案させたものとして今日、存在する「夜警」を制作致します。

それまでの偶像画のリーダーシップは発注者側にありました。

しかし、レンブラントは考えます。

イニシアティブは画家にあると考えたのです。

アーティストとしての表現、自身の思考、哲学をこの「夜警」に込めたのです。

 

アーティストの表現の自由度を確立したかったのです。

アーティストの表現の自由度の確立です。

このことの意味するところは、単にレンブラント個人の所行として終わらせることなく、レンブラントの考えは徐々に定着して行きます。

「夜警」を観るとき(本物・画集・パンフレット・ネットなどなど)レンブラントが起こしたかった意味合いを私たちは考えることが大切ではないでしょうか。

 

先日も書きましたが今、日本では多くのフォトアートフェアーが開催されています。

海外から有名な写真家やキュレターを呼び、トークショーやレビューが行われています。

一度は感化されたり影響されたりすることも良いことかも知れませんが、絶対に一喜一憂してはだめです。

一喜一憂することの愚かさを自身に感じなければなりません。

 

自身が何を考えているのかを大切にすることを、自身に求められていることを自覚しなければならないと思います。

写真装置が多岐に渡り発達するなか、技術、技法は容易く手に入れることが可能です。

技術、技法だけの作品はレンブラントの「夜警」に描かれた、同時代の偶像画のように見向きもされないことになりかねません。

これは古典技法作家にも言えることかも知れません。

技術、技法だけの作品だけの作品ではだめです。

 

自身の本質を理解していればレビューを受けた、キュレターや写真家の言葉に一喜一憂することはないと考えます。

 

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2017年9月29日 昨日から始った「TAIWAN PHOTO FAIR 2017」へ・・・

昨日から「台湾・台北市でTAIWAN PHOTO FAIR 2017」が始った。

ギャラリー冬青のブースを出展致しました。

ギャラリー冬青からは大木啓至さんの作品、北桂樹さんの作品以外にギャラリー冬青のコレクション「マン・レイ、 ロベール・ドアノー・ア、ウジェーヌ・アジェ」のヴンテージ・プリントを出展しています。

 

PHOTO FAIRの会場には大木啓至さん夫妻、北桂樹さん、弊社の湯本愛さん頑張っています。

一人でも多くの写真家を海外にとの思いでの出展です。

来年1月にはドイツ・フランス・スイスにフォトグラフー・ハルさん、大木啓至さん夫妻、北桂樹さん、私、高橋国博が回ります。

 

無論、3人の写真家の写真展を依頼するためです。

ドイツ・スイスのギャラリーからは既に嬉しいofferを戴きました。

ドイツ・フランス・スイスのギャラリーは来年の1月の訪問を楽しみに喜んで迎えてくれそうです。

既に食事会、ドイツではトークショーで多くの方々も紹介して戴けるとのこと。

2018年3月にはアメリカ・ニューヨークのフォトフェアーにはフォトグラフー・ハルさんの作品を出展致します。

台湾の「AKI」ギャラリーからも連絡を戴いています。

2018年6月にギャラリー冬青で「AKI」ギャラリーでの展示作品のレビューを考えています。

 

ギャラリー冬青が歩んで来たことの一歩、一歩が今、実りはじめているような気が多少致します。

写真家の方々にとって多少成りともギャラリー冬青の、役割りが果たせていることに感謝しています。

高橋自身も。

一人でも多くの写真家の方々を海外へとの思いで今日まで参りました。

また、2018年度は3人の海外の作家の方々をギャラリー冬青の展示をさせて戴きます。

 

ギャラリー冬青を支えて戴いているコレクターの方々、写真家の方々の愛情をどう日本の写真文化に恩返しをすれば良いのか、戸惑いながらも今迄、培って来た外国のギャラリーやキュレターの方々にtryをさせて戴こうと思って居ます。

まだまだ、道半ばではありますが、とにかく目の前のことを一歩、一歩前にと思っております。

 

作家の方々が海外のコレクターの方々、ギャラリーやキュレターの方々への橋渡しが出来ればとギャラリー冬青の思い、高橋国博の思いです。

 

TAIWAN PHOTO FAIR 2017

・日時:2017年9月28日-10月1日  
  11:00 am- 9:00 pm(最終日は11:00 am- 7:00 pm)
・場所:新光三越 A09 9F(台北) 

 

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2017年9月28日 古きものからも新しきが発見することが出来る・・・。

昨日のブログの最後に「一度、江戸後期から始った芸術・文化を見直してはとうでしょうか。」と書かせて戴きました。

例えば伊藤輪若沖(1716年3月1日〜1800年10月27日)が良き例だと思います。

近年、伊藤輪若沖の作品は高く評価されました。

殆どの美術商や一般の我々もそれほど気にはとめていませんでした。

アメリカ・ジョー・D・プライス2929年〜(世界でも有数の日本絵画コレクター)によって伊藤輪若沖の作品は見出され評価を受けます。

3.11のとき、ジョー・D・プライス氏の計らいで東北の人々を元気にしたいとの思いで伊藤輪若沖作品が、一度日本に里帰りを致しました。

福島県立美術館に見に行ったことを思い出しました。

 

近年迄、余り見向きもされなかった伊藤輪若沖の作品。

伊藤輪若沖の発想と表現の大胆さと斬新さ。色彩感覚と構図は古今に類を見ないと高く、広く評価され、多くの人々に驚きと感動を与えてくれています。

 

伊藤輪若沖の作品はこれが250年前に絵がかれた作品とは思えない・・・。

250年と言う時間超えて現在の私達に新鮮な息吹を与えてくれます。

それは斬新さ、色彩感覚と素晴らしい構図からくるものです。

「古くて新しい」のです。なぜ「古くて新しい」が良いのかと申し上げますと、時代の洗礼を受けてきたから安心だとということではなく、アーティストの生命力というものを時代を超えて私達に強く訴え、強い印象を植え付けてくれるからです。あるいは曾我蕭白でも葛飾北斎でも良いかも知れません。

 

「私達、日本人にはすぐそばに見直し学ぶべきニッポン」があると思います。

 

写真表現の難しさ、困難さは絵師には掘る職人、刷る職人の分業化なされていたのに対し、可視化される最終まで作家自らが制作に当たらなければならないこと。

浮き御絵師でも版画が普及する前は肉筆画であった。

今日のブログはハードについて書くつもりありません。

伊藤輪若沖、曾我蕭白、葛飾北斎の描写力は卓越した取材力、被写体に対しての監視力には驚かされると言うことです。

その上での描写力。

 

一作日も書きましたが、写真表現には様々な装置が必要です。

だからこそ、写真表現者は被写体の何処を見て、何を考えて、何を伝えたいのか、自身のモチベーションが強く求められていることは確かなことだと考えます。

 

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2017年9月27日 アートシーンの行き詰まり・・・。

近年、特にここ数年は世界的に見てもアートシーンは行き詰まりを見せているのではないかと思っています。

●もの珍しい表現方法を駆使し裏打ちがないまま可視化されている。

●こけ脅し的であったり。

●権威、権威主義に頼り、まねたり。

などなど・・・。

それらは所詮、エセ表現主義のひとつに過ぎないのではないでしょうか。

つまるところ、表現をすることだけに終始し、自己完結をしているだけにすぎないと考えます。

いわば珍しいモード、新しいモードが模索されているだけの表現だと思います。

 

一時的には人気を博する場合もあるかも知れません。

しかし、それらの作品は決して歴史を変えたりアートシーンに残ることはないと考えます。

特に日本人のアーティストに語りかけたいと思います。

関心を自己中心にしか限定していない傾向が強く見られることです。

このことは、特に芸術に関わる大學教育の問題が大きくあると考えます。

若いアーティストの関心が内向きになっているのをどのように評価し考えれば良いのか悩みます。

 

若いアーティストの悩みや苦しみがテーマになっていないというのではなく、それらを契機として表現の端緒をつかむには、あまりにも採用しているモチーフなどなどが即物的即自的表出に過ぎないのではと提言しているだけです。

 

たしかに表現の端緒は、ささかやな「源」から自己が始るといえるのですが、そこに自己を甘んじていれば即物的即自的表出ではやせたものになり、内容がともわないものになっていると考えます。

 

多少、好意的にみれば若いアーティストで自分たちが背負っている閉鎖感を、自分なりの表現法、手段で打ち破ろうとしている作家もいることは確かです。

いつの時代でも、行くべき道を照らしてくれるような重宝な光明はありませんが、唯一あるとすれば、過去の様々な遺産から学び直すことがとても重要であり大切に思えてなりません。

 

一度、江戸後期から始った芸術・文化を見直してはとうでしょうか。

 

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2017年9月26日 作品制作にはしぶとさが必要なのでは・・・

作品制作にはしぶとさが必要なのではないかと最近感じています。

特に私達、日本人が好きな印象派。

印象派と称されるグループ展を開催したとき、観客から浴びせられた悪罵(「無能者」「アナキスト」と酷評)は相当なものだと伝えられています。

当時のフランスアカデミーからは「堕落した作品」「モラルの衰退」と言われた話は誰しもが知る有名な話です。

印象派の画家たちがこのような仕打ちを受けたのは、アカデミーや観客が抱いていたそれまでの芸術の常識から逸脱していたからでした。

 

私達はひとたび浸ってしまつた芸術観をはじめとした社会観をなかなか変えられない保守性を無意識のうちにもってしまっているのではないでしょうか。

つまるところ、支配的アート観・社会観はその時代、時の社会が生み出したものであり、それに抗する存在が生まれてくると、軋轢が生じるのは古今の習いともいえると思います。

 

でも、支配的アート観は永遠ではなく、いつかは別のものにとって代えられていきます。

その証に、19世紀末にあれほど酷評された印象派は日本人ばかりではなく、世界の人々に賞賛をされ受け入れられています。

現在ではアカデミズムの一翼を担っています。

 

印象派以降のアート運動を起こした未来派、キュビズム、ロシヤ構成主義、抽象主義などなどの前衛アートは、印象派とは違いアカデミズムに取り組まれることはなく様々な形で社会に一般市民に受け入れてました。

しかし、残念なことに彼らは大多数の市民レベルでは印象派ほど受容されているとはいいがたいと思っています。

 

彼らがアートシーンの歴史に刻まれたことは確かです。

共通して言えることは理論武装がなされていたことです。

仲間内で激しい論争を繰り返しながら理論が形成されていきました。

日本でも1960年代末から1970年代中期まで続いた「もの派」(作品そのものは殆ど残っていません)はまさに理論武装の集団だったといえるでしょう。

 

写真表現は写真装置というものを使わざるを得ません。

各、機器メーカは日進月歩に開発を急ぎ新たな表現の領域を広げています。

無論、クラシカルな表現者も多くいます。

だからこそ、写真表現には言葉を求められていることは確かです。

クラシカルな表現者も新たな装置の表現者も理論、言葉を求められていることは確かです。

 

しかし、この言葉が実に難しい。

ときには本人の意思とは全く違った伝え方になってしまっていることが多い。

真意はどこにあるのか、どう伝えれば良いのか写真表現者の命題に思えてなりません。

 

作品制作には自身を信じて作り、語り続けるしぶとさが大切に思えてなりません。

 

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2017年9月25日 また、一つ大切なことを・・・。

先週の木曜日・金曜日の両日、板橋区にある凸版印刷二平工場で田中聡子写真作品集「東京轍」の印刷立ち会いを行った。

この度の田中聡子さんの写真作品集は高橋にとって、久しぶりにコントラストの高い作品集です。特にライト側は飛ばなく、シャドー側は締め、更にはレンズの狙いの被写体の中心(中間部分)を一つ一つ切り抜き増や(ボリュームアップを)した。

 

印刷立ち会いの日迄には真逆な作業を行って置かなくてはならない。

そのためには作家の狙っている被写体の中心を切り抜きボリュームアップをして印刷版を作って置かなくではならない。

とても、面倒で時間のかかる作業。

何時もながらAD担当の杉山幸次さん、営業担当の猪野直貴さんには感謝をしてもしきれない。

強い黒を強調するためにインクのブレンドは下記の通りにした。

念のため申し上げますが、黒は締めているがディテールはどこまでも潰れていない。

 

※田中聡子写真作品集[インクブレンド表]

●墨の色 2種類 2色

■メガミインク 「スパーブラック」赤スミ系   50g 

■東京インク「888」青スミ系          50g

 

■東洋インク グレー色 5種類 6色

超光沢グロスニス               44.25g

グロスメジューム              44.25g  

黒色                    10.5g

青色                     0.5g

紅色                     0.2g

黄色(プロセスインク)            0.3g

 

編集、デザイン会議、テスト入稿、本番入稿、校正、校正戻し、印刷立ち会い。

一連の行程で写真家・田中聡子さんの写真への姿勢、想いを強く感じながらの進行であった。

田中長徳さんを師と仰ぎ、自身のポジョンを確立されて居られた。

それが故に自身の作品にブレがない。

決断が早い。

ご自身の作品制作の過程で努力を惜しまれない。

最後の最後まで作品を制作され編集会議に、印刷立ち会いにのぞまれた。

高橋とも向き合って下さった。

自身の作品のことを理解し、愛して居られることをヒシヒシと感じながらの日々であった。

だからこそ、印刷立ち会いの日のジャッジは早くイサギが良い。

 

写真家の方々は一枚として無駄な作品ない。

全てが我が子の様に可愛い。

編集者はその作家の方々の想いに、ただただ寄り添うだけ。

しかし、限られた予算、ページ数。

除いていかれる作品に痛みを感じることが大切であることを、田中聡子写真作品集「東京轍」を通じて改めて、写真家・田中聡子さんより教わった。

恐らく田中聡子さんはこの度の、写真作品集「東京轍」は倍位のボリームがあっても良いと思われていたに違いない。

 

編集者としてギリギリの線を求められ、突きつけらての編集作業であった。

改めて、編集者は作家に、作品に寄り添うことの大切さを教えて戴いた。

 

後は製本を待つばかり。

発売は10月の中旬位になります。

 

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2017年9月20日 作品は作家にとって点にしか過ぎない。

作品は作家にとって点にしか過ぎないと思って居ます。

人間は時代の申し子であることからは免れることが出来ない事実があります。

表現者は時代の申し子として意識、無意識の内に時代に影響を受けないとは言えず、自身がどう受けたかと言うことに付いて深く理解しておく事が大切に思えます。

 

自身が歩んで来たプロセス、努力し修得した美意識や技術、知識などが表層に必ず現れます。

表現者の人生そのものが、表現者の人間としての内容量・質が作品には問われていると思います。

と考える時、今、現実に見せている作品は表現者が歩んで来た人生の一部ではないでしょうか。

その人生の一部である作品は表現者にとって点でしかありえません。

 

しかし、見る側はその点から表現者の生き方、考え方、思想、哲学を求めようとします。

現在までのプロセスの全て迄をも、今の現実的作品から探ろうと致します。

何に影響を受け、どう制作に反映させ自身のものにしていったのかまでを探りたくなります。

 

根拠となるもの、ペースとなるものが曖昧であればその点(作品)はなんら価値がないものではないでしょうか。

先人達を読み解けば良く理解出来るように、いくら優れた表現者でも好不調があり、時代の声に、波にさらされながら表現を続けて参りました。

現在、私達に多くの感動を与えてくれる作品の数々。

その点(作品)を見ている内に無意識の内に作家の生き様まで探り、時として作家が生きた時代までさかのぼり、その時代に、その場にいたかなような錯覚に陥いった経験をされた方も多く居られると思います。

 

実はその点(作品)が大切なのです。

点と点の繋がり、点そのものの延長が作家の人生そのものだと理解をしています。

 

可視化された点である作品から私達は表現者の全てを探りたいとの衝動にかられます。

可視化された点である作品がそうであるように願います。

 

※明日から21日・22日は田中聡子写真作品集「東京轍」の印刷立ち会いためブログはお休みさせて戴きます。

 印刷所は板橋区にあります凸版印刷・二平工場で行われます。

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2017年9月19日 オリジナリティーとは。

私達は多くの作品を見たり、写真集を見たり致します。

トークショーで作家やキュレーターの話を聞くこともあります。

様々な方法や事柄からアートを学び身につけます。

 

多くの事を体験し学び身に付けることはとても大切なことであり、そうしないと自身のオリジナリティーも生まれてこないと考えるからであります。

学習をして行く中で強く影響を受ける作品、作家と出合うことが大切だと思います。

作家に作品に刺激を受け、影響を受けることは必然であり大切なことと考えます。

その上で自身はなぜこの作品に作家に刺激を受けたのかと、分析をすることを忘れてはいけません。

 

刺激や影響を受けて分析をしないまま、作品を作り続けると自然と作品が似通って来ます。

とても恐ろしいことです。

良くワークショプが終われば作風はその先生に似通っている話は良く聞く話です。

私達は誰のために作品を作っているのかと言う原点に常に立っているこが大切です。

モノマネだけに留まり、その作家、その作品を超えて行くことは不可能に近いからです。

もはやオリジナルな作品とは言いがたいものと言わざるを得ません。

 

学び、体験をし、刺激を受け、影響を受けた分だけ、脱皮することを求められ脱皮した分だけ自身のオリジナリティーは確立されて行くと考えます。

 

「学び体験をし、刺激を受け、影響を受ける」ことを「分母」と致しますと「分子」は自身の「思考力、思考回路、美意識、意志」などなど自分自身を形成するものと考えられます。

「分子」を形成するには「分母」を大きく脹らまし豊かなものにしなければ、「分子」そのものは形成されないのではと考えます。

可視化された作品には「分母」は事実上見えませんが、表層に現れた「分子」(作品)にはオリジナリティーが現れているものと信じます。

始めから、何もなきところからオリジナリティーな作品など有り生ません。

存在も致しません。

 

オリジナリティーな作品は、学び・刺激を受け・影響を受け、脱皮してこそ可視化されたものと信じます。

 

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20217年9月15日 写真を見た!!。「平敷兼七展」

昨日、今、写大ギャラリーで行われている「平敷兼七展」を見に行った。

久しぶりに「写真を見た!!」と思った。

実は一昨日、写真家・山下恒夫さんが夕方にギャラリー冬青にこられた。

その折に今、写大ギャラリーで「平敷兼七展」をされているとお聞きし早速昨日、見に行った。

第一回目は約1時間位掛けて平敷兼七さんの作品を見終えた。

ギャラリーのドアーを開け階段を居りかけたが何となく気になり、またギャラリーに戻り作品を拝見した。

二回目の行動です。

 

見終えてギャラリーのドアーを開け階段を居り一階のロビーに来たとたん、見落としていないかと気になり三度、ギャラリーに戻った。

三回目の行動です。

こんな行動は私には余り無い。

 

タイトルは「平敷兼七展」沖縄、愛しき人よ、時よ。

1960年時代〜70年時代、各大學のキャンパスは安保一色だった。

多くの大學は荒れ休校になっていた。

多くの写真家、写真を学ぶものも学生運動にカメラを向けた時代。

写大に入学された平敷兼七さんは一人郷里り戻り沖縄の離島を中心に写真を撮り続けられた。

この時代(安保一色)だからこそ、沖縄の人々の生活を写真にのこすべきであると生涯のテーマを見つけられたと記されていた。

以降も一貫して沖縄で写真を撮り続けられ享年61歳で他界さる。

 

この度の写大ギャラリーの「平敷兼七展」は1970年〜80年代に撮影された、東京拍江市にある沖縄出身大學生のための寮「南灯寮」を合わせて展示してある。

 

平敷兼七さんのレンズの向こうの被写体は多くは人に向けられている。

ファインダーから覗からた被写体を切り取るのではなくどこまでも自然体である。

平敷兼七さん自身が被写体化しているように感じた。

 

無理が無い。

狙いが無い。

虚威が無い。

力み(りきみ)が無い。

ただ目の前の時間や出来事などなどの被写体を記憶、記録に残す、残しておきたいとの思いだと見受けられたが・・・。

 

素晴らしい被写体との関係性。

被写体の方々と言葉が行き通っている。

シャッターチャンスが素晴らしい。

子供の好奇心と大人の探究心が交差された平敷兼七さんの作品。

 

ギャラリーに入った途端に写真だ!!。と思った。

平敷兼七さんの作品に言葉は入らない。

 

多くの人に見て欲しい。

 

場所=写大ギャラリー

会期=10月29日迄。

時間=10時〜20時迄。

 

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